百五十八話 悪政の後始末開始

 屋敷の捜索を行いつつお昼になったので、後方支援部隊が中心になって昼食を作っていた。

 

「はあ、何だか戦いよりも精神的に疲れました」

「とはいえ、これも領主になるための勉強じゃ。ここまで酷い事はないがのう」


 ジェイド様と宰相が食事を食べながら話をしている。

 確かに今回は戦闘よりも精神的な疲れの方が大きいかも。

 僕もリズも昼食を食べながら話を聞いていたら、周りから人が集まりだした。

 軍務卿が、老人に話を聞いてみた。


「ご老人、いかがなされた?」

「へい、兵士様。ここの所物流が滞っていて、儂らも満足に食事にありつけないでおります。できましたら、食事を恵んで頂けると有り難いのですが」

「なんと、街までそんな状態か。王都からの物資が届くまでは後三日はかかるぞ」


 昨日の内に商務卿と農務卿が手配した物資の輸送が始まったが、到着まで暫く時間がかかる。

 この老人の発言に、宰相もジェイド様も落胆の色を隠せない。

 通りは活気がなく市場に品物が殆どないのが気にかかっていたが、まさかそこまで酷いとは思わなかった。

 ちなみに御用商人の所には、豪華なものしかなく食料品はないという。


「おじいさん。冒険者ギルドから街にお肉とか卸してはいないのですか?」

「それが領主様と冒険者ギルドが対立をして、冒険者ギルドの活動が無理矢理押さえられてしまっているのです。教会も同じです」

「それじゃ、魔物討伐とかはどうなっていますか?」

「主要街道は何とかなっていますが、地方の方はどうなっているか見当もつきません。教会も機能していないので、怪我人や病人も沢山います」

「軍務卿、これってマズイですよね」

「ああ、街道は兵が狩っているから表面上はなにも起こっていないとなっているのかもな」

「うちで保護した母子は、たまたま運が良かっただけかも」


 と、ここで宰相が話に入ってきた。


「ここは冒険者ギルドを使うことにするぞ。勿論、討伐資金はバザール伯爵が溜め込んだ物から払わせる。商人も動かして、お金と人を動かさないとならないぞ」

「では、手分けして動きましょう。商人を辺境伯領に連れていき、物資の購入をさせましょう」

「今日は炊き出しも必要じゃ。それも辺境伯領からバザール伯爵の金で購入させよう。ギルドと教会には、儂も向かおう」

「調理にも街の人をあてて、お金を支払いましょう」


 方針が決まったので、先に辺境伯様の所にジェイド様と軍務卿が向かって話をつけてきた。

 それと併せて、宰相がギルドと教会に交渉に向かった。


「まさかそこまで酷いとは。違法奴隷もそうだが、住民も餓死する所だぞ」

「父上、バザール伯爵領がここまで住民が飢え苦しんでいることに心が痛みました。辺境伯領はなんて豊かなのだろうと、改めて思いました」

「うむ、私もそう思う。しかし、今は一刻を争う。物資の手配は私も行うとする。我が領の商人にも声をかけよう」

「父上、有難う御座います」


 取り敢えず食料品を受け取り、僕とジェイド様は先に帰った。

 直ぐに受け取った食料品を後方支援部隊の人に渡して、街の人と調理を開始している。

 その脇では、リズとスラちゃんが街の人の治療を始めていた。

 冒険者のお姉さんの内、魔法使いのお姉さんも治療が使えるので、リズと一緒に治療を始めている。

 剣士とシーフのお姉さんは、宰相と兵と共に冒険者ギルドに向かっている。

 教会は話がついた様で、シスターが調理と治療の手伝いにきていた。


「お貴族様、商人の準備が出来ました」

「よし、ではアレク君頼めるかな?」

「はい!」


 商人の代表がジェイド様に準備できたと話しかけてきたので、僕は辺境伯領の商店街にゲートを繋いだ。

 すると、辺境伯様と軍務卿が待っていたのだが、一緒に結構な人数の冒険者も控えていた。

 冒険者があつまっている理由は、辺境伯様が教えてくれた。


「アレク君、この冒険者は元々バザール伯爵領で活躍していた者だ。話をしたら、直ぐに村へ魔物の討伐をしてくれると言うことだ」

「アレクとリズが俺らの故郷の為に頑張っているのに、俺らが頑張らないわけにはいかないぜ」

「あのクソ領主に引導を渡してもらったらしいからな。こっちが恩返ししないと」

「商人の護衛も任せな。それこそ、俺たち冒険者の仕事だ」


 おーっと威勢良く声を上げている冒険者の人々。

 中には商人と知り合いの人もいて、早速色々と話をしている。

 商人も色々と買い付けているし、冒険者ギルドから応援の職員もきてくれた。

 この職員も、元はバザール伯爵領の冒険者ギルドで働いていたという。

 流石は辺境伯様、この短時間で色々と話をつけてくれたらしい。

 早速バザールの街にゲートを繋ぎ、冒険者とギルドの職員に商人が向かっていった。

 

「辺境伯様、今日は色々と有難う御座います」

「これは領主としての役割だ。気にすることはない。アレク君も気をつけて」


 辺境伯様に見送られながら、僕と軍務卿もバザールの街に戻った。


「ほほ、これで街も動き出すぞ。明日はまだ様子見が必要だが、暫くすれば落ち着くだろう」

「宰相閣下。街の統治はどうしますか?」

「暫くは王城から役人を派遣する。それこそ、各分野の専門家を派遣しなければならないだろう。それぐらいこの街は酷い状態じゃ」


 炊き出しも治療も一息ついて宰相と話をしたが、当分は代わりの領主を置く所までいかないという。

 

「こうして、たまには現場を見なければならぬ。王城にこもりきりでは、色々と目が曇るものだ。アレクもよく覚えておくように」

「はい、忠告有難う御座います」

「まあ、アレクは冒険者でもあるから心配はしておらんがな。ほほほ」


 宰相が言ったことはとても重要な事だと思った。

 ジェイド様も非常に為になったと言っていたし、僕もとても良い経験になった。

 

「屋敷と御用商人の家宅捜索は、明日も行う。治安維持の為に軍も暫くここに残るだろう。宰相と一旦王城に帰って、今後の方針を詰めることになった」

「分かりました。ジェイド様はどうしますか?」

「私はここに残るよ。野営も経験済みだし、現場保存もしないとならないからね」

「アレク君とリズちゃんは、明日朝王城に来てからバザールに向かうとしよう」

「分かりました。屋敷にいる違法奴隷の人の様子もみたいので、今日は帰ることにします」


 僕は宰相と軍務卿を王城に送り届けてから、屋敷に戻った。


「「ただいま」」

「あら、お帰りなさい」

「大変だったね。さあ、中に入ってね」


 もう夕方になっていたけど、イザベラ様とソフィアさんはまだ屋敷に残ってくれていた。

 食堂に行って、違法奴隷の人の様子を聞く事に。

 

「酷い扱いを受けていた様ね。心も体も傷ついているわ」

「体の治療はできるけど、心がどこまで治るかは分からないわ。いずれにせよ、少し時間が必要ね」

「長い目で見ていくしかないですね。話は出来そうですか?」

「何人かは大丈夫よ。アレク君なら大丈夫と思うわ」

「念の為に、私も同席するわ」


 僕はリズとソフィアさんと共に二階に上がった。

 二階は客室で、一部屋にベッドが二つから三つある。

 その中で、比較的年長者がいる部屋に入った。

 二人は最初僕とリズを見てびくっとなったけど、子どもだと分かって直ぐに落ち着いた。

 応急手当しか出来なかったので、体には鞭で叩かれた後が残っている。

 お姉さんの一人は片目を失っているのか、包帯で片目を覆っていた。


「ほら、日中に話していたこの屋敷の主で王族の二人よ」

「僕はアレクです。そのままベッドで休んでいて下さい」

「リズだよ。この子はスラちゃんとプリンだよ」

「あ、話に聞いていた王族の方ですか」

「私達を助けて頂き、ありがとうございます」


 お姉さんは、僕とリズにペコっとお辞儀をしている、

 これからの事を離さないと。


「皆さんは、この屋敷で暫く療養して頂こうと思います。事情を聞きたいのはやまやまですが、焦ってはいけないと思います。そもそもバザール伯爵領が大変な事になっているので、事情聴取まで手は回らないと思います」

「ありがとうございます。しかし、どうやって治療するんですか?」

「お兄ちゃんとリズが治療するよ。スラちゃんとプリンも一緒にやるんだ」

「実際にみてもらった方が早いかと」

「はあ」


 なんだかお姉さんは僕とリズが治療を行う事を信じられない様だ。

 更に相棒はスライム二匹。

 でも実際に体験してもらえば分かるはず。

 僕とリズは、スラちゃんとプリンと共に魔力を溜め始めた。

 そして目を怪我しているお姉さんに向けて、合体の回復魔法を放った。

 目だけではなく全身に傷を追っているので、結構な魔力を持っていかれたが上手くいった様だ。


「え! うそ、そんな事が」


 もう一人のお姉さんが、治療を受けた女性の体の傷がみるみるうちに治っていくのを驚愕の表情で見ていた。

 ソフィアさんが女性の目に巻かれていた包帯を外すと、女性はぽろぽろと涙をこぼし始めた。


「目が、ちゃんと見えます。ありがとう、本当にありがとう」

「ちゃんと見える様になって良かったね」


 リズは、スラちゃんとプリンと共に女性の目が治って喜んでいる。

 目が治った女性は体についた傷も確認しているが、全て治っていてまた涙を流していた。


「すみません。今日は魔力を沢山使ったので治せるのは一人だけです。これから日数はかかりますが、皆さんを治していきます。ただ、心に負った傷までは治せないので」

「体の傷が治っただけでも、だいぶ心が軽くなりました。ちゃんと効果はありますよ」

「それは良かったな。お姉さん、ごめんね。明日帰ってきたらちゃんと治療するからね」

「いえいえ。これだけの傷が治るのが分かっただけでも、私達は希望が持てました」


 治療を待つ事になったお姉さんも、だいぶ表情は明るくなった。

 また明日会うと約束して、僕達は一階に降りて行った。


「お帰りなさい。あら、だいぶ疲れているわね」

「合体魔法を使って治療したので。でも、治療したら表情がだいぶよくなりました」

「女性だから、肌に傷があるのはとても嫌な事なのよ。治ると分かれば、気持ちも楽になるわ」


 食堂ではイザベラ様がまだ待っていてくれた。

 僕達の報告を聞いて、ほっとしていた。


「結婚式の準備がだいたい終わっていて良かったわ。二、三日前だったら大変でしたわよ」

「それは申し訳なかったです」

「大丈夫よ、アレク君。ウェディングドレスもベールも出来上がっているし問題ないわ。それに、将来の領主夫人として今回の事はとても良い経験になったわ」

「それはジェイド様も言っていました。領主になるにあたって、とても大きな財産になったと言っていました」


 もしかしたらジェイド様とソフィア様だったら、結婚式を延期にしてでも今回のバザール伯爵領の対応にあたったかもしれない。

 恐らく結婚式は延期にはならないと思うけど、僕からは二人とも迷いは無いように見えた。

 イザベラ様とソフィアさんは今日はここで帰って、明日は屋敷の侍従が手伝いに来てくれるという。

 結婚式の準備が何もないって事はないだろう。

 僕とリズのその後はというと、魔法を沢山使ったのでお風呂に入って夕食を食べたら直ぐに眠くなった。

 今日は一日疲れたと思いつつ、ベッドでリズと共に眠りについた。

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