百五十七話 突撃、確保

「うぎゃあ」

「うわあ」


 後方にいた僕のところにも戦う声が聞こえてきた。

 もしかしたら肉弾戦になるかもと軍務卿は言っていたけど、本当になってしまった。


「リズにスラちゃん、怪我人がいっぱい出るかも。僕達も治療の準備をしよう」

「うん!」


 豪華な屋敷の前で、後方支援部隊が簡易ベッドを用意している。

 冒険者のお姉さん達も、周囲の警戒に入った。

 すると、直ぐに切られた兵が運び込まれてきた。


「リズ、怪我人が来たぞ」

「うん、治療するよ」


 怪我した兵が運ばれてきた。

 リズが治療をすると、直ぐに前線に戻っていく。

 怪我人が次々とくるけど、僕達の治療もあって戦闘不能になる人は殆どいない。


「くそう、このガキが!」

「ふっ」

「ぐわあ」


 隙をつくつもりでこちらに切り込んでくる人もいるが、あっさりと冒険者のお姉さんに制圧された。

 お姉さん達も、初めて会った時と比べたら遥かに強くなっている。

 相手の兵は、厳重に拘束した上で死なない程度に治療をしておく。

 バザール伯爵側も、最初は何とか抵抗していたが次第に数に押されていく。

 どうやら屋敷の方まで撤退したようだ。


「よし、これから屋敷に突入する。アレク君達は、屋敷の庭に待機していてくれ」

「「はい」」


 僕達もジェイド様の指示で、門の前から屋敷の庭に居場所を変えた。

 凄いな、この庭。

 至るところに彫刻品が飾ってある。

 お金の無駄遣いが凄いな。


「よし、突入だ!」

「「「行くぞ!」」」


 おっと、屋敷の玄関が豪快に破られた。

 兵が勢いよく中に入ってくる。


「お兄ちゃん、二階から狙ってくる」

「殺さない程度に、僕達も反撃しよう」

「うん」

 

 二階から僕達の事を弓で狙って来るのがいるので、僕はショートスタンで反撃する。

 リズはライトバレットで、スラちゃんはアースバレットで攻撃する。

 攻撃しながら周りの状況を確認すると、どうも二階に敵は集まっているようだ。

 それとは別に、地下っぽい所に怪我した人の反応が沢山ある。

 もしかしたら、捉えられた違法奴隷の人かもしれないな。


「あ、窓際に誰かいるよ」

「もしかして人質をとっているのかも」


 二階の窓際から少し離れた所に、刃物を女性に突きつけている太った人がいる。

 豪華な服をきているから、あれが当主なのかもしれない。

 うーん、ここからでは僕もリズも狙うことができないぞ。


「スラちゃん、二階に侵入してあの太った人をやっつけられる?」

「おお、任せろって言っているよ」


 スラちゃんはやる気満々で、屋敷の壁を登りあっという間に二階に到着した。

 窓の細い隙間もスルスルと入っていく。


「うぎゃー!」

「確保」


 暫くすると、間抜けな叫び声が二階から聞こえてきた。

 それを合図に、残った兵も全て捕縛されたみたいだ。

 うん、探索しても他の敵は見つからないぞ。


「アレク君、二階に来てくれ。直ぐにこいつを王都に送るぞ」

「はい、今すぐ行きます」

「リズも行くよ」


 僕とリズは、軍務卿に呼ばれて建物の二階に向かう。

 完全制圧しているのか、バザール伯爵の私兵っぽい人は全員拘束されて、外に運ばれている最中だった。

 二階の部屋に着くと、軍務卿とジェイド様と何人かの兵に加えて、作戦が上手く行ってドヤ顔のスラちゃんがいる。

 ジェイド様の肩に乗っているプリンが、少し悔しそうなアクションをしている。

 スラちゃんの足元では、猿ぐつわ付きで拘束されている太った貴族がフガフガと何か言っている。

 刃物を突きつけられた人は侍従で、怪我もなく無事だった。


「ははは、良い所をスラちゃんに取られたな」

「丁度二階の窓の所から何かしているのは見えたんですけど、位置的に攻撃できなくて。なのでスラちゃんに頼んでみました」

「そいつの足元にゆっくり忍び込んで、触手を尻に突き刺した瞬間は爆笑物だったぞ」


 スラちゃん、とんでもない倒し方をしたな。

 思わず僕も笑いそうになった。


「あ、この屋敷の地下にケガした人が十人位います」

「ふご!」

「ふむ、こいつの反応を見る限り違法奴隷で間違いなさそうだな」

「ふごふご……」


 あ、違法奴隷が判明したからか、急にバザール伯爵が気落ちしたぞ。

 隠していたものが見つかったからかな?

 軍務卿は、直ぐに兵に確認に向かわせた。


「ちなみに俺達が踏み込んだ時、こいつは御用商人と話し合っていた所らしい。今、その御用商人の店舗にも捜索させに行ったぞ。あと、こいつの夫人や関係者も捕縛したから、後で纏めて王都に送ろう」

「ふぐ」


 あーあ、悪事が完全にバレたからか、バザール伯爵の顔色が真っ青で汗まみれだ。

 もう、さっさと退場してもらいましょう。

 王城にゲートを繋いだら、待ち侘びていたと言わんばかりに宰相が颯爽とやってきた。

 そして部屋の中や窓の外の調度品を見て一言。


「かなり溜め込んでいる様じゃな。まあ、全て没収になるだろうよ」


 ばたり。


 あ、バザール伯爵が気絶しちゃった。

 精神的リミットを超えたのかも。

 王城から兵がやってきて、気絶したバザール伯爵を担架に乗せて連行して行った。

 このタイミングで、調査を行なっていた兵から報告があった。


「地下牢に違法奴隷と思わしき女性を発見。現在一階に運んでおります。しかしながら、全員酷い怪我を負っています」

「なんと酷い事じゃ。アレク君にリズちゃんの出番じゃな」

「「はい」」


 どっちにしろ次に王城に連れて行く人も一階にいるので、一旦ゲートを閉じて皆んなで一階に向かった。

 一階に着くと、冒険者のお姉さんも違法奴隷になっている人を運ぶのを手伝っていた。

 その間に僕は王城にゲートを繋ぎ、関係者が次々に連行されていく。


「どうして私が捕まるのよ! いますぐ解放しなさいよ」


 バザール伯爵夫人と思わしき豪華な宝石を身につけたおばさんが、喚き散らしながら連行されていった。

 

「何で僕が捕まるんだよ」

「ぶっ殺すぞ!」

「「「はあ……」」


 そしてバザール伯爵の息子が連行されていく。

 年齢は十歳と八歳くらいだろうか。

 うん、とんでもない罵声を浴びせているなあ。

 宰相と軍務卿とジェイド様も、子どもが見せた醜態に思わずため息をついている。

 どういった教育をすれば、あんな子どもに育つのだろうか。


 急いで王城に連行する人は運び終わったので、ゲートを閉じて治療開始だ。

 助け出された人は全部で九人。

 全員女性で鑑定の結果、全員未成年だった。

 中には十歳にも満たない子もいた。


「宰相閣下、全員賞罰はありません。しかし、怪我に加えて衰弱もしています」

「違法奴隷確定か。何とも罪な事を」


 宰相が思わずポロリとこぼした言葉が全てだろう。

 全員鞭で打たれたり殴られた様な痕があった。

 もしかしたら乱暴な事もされたかもしれない。

 

「これは何回か回数をかけて治療しないとダメだね」

「うん、お姉さん達が傷だらけで可愛そう……」


 リズもスラちゃんもプリンもしょんぼりするほど、全員の怪我は重かった。

 合体魔法を使って体の傷は治っても、心に負った怪我は治らないかもしれない。

 

「軍務卿、この女性はどうしますか?」

「事情を聞かないといけないが、この状態では酷だろう。治るまで預かってくれないか?」

「もしかしたら男性恐怖症を負っているかもしれない。私からも頼む」

「分かりました。二階の客室が空いているので、そちらに運びます」

「母上とソフィアにも、直ぐに様子を見に行かせよう」


 軍務卿とジェイド様からの要請もあり、違法奴隷にされていた人は一旦僕の屋敷で預かる事になった。

 直ぐに僕の屋敷にゲートを繋いで、侍従のお姉さんに事情を話して部屋を準備してもらう。

 そして、順番に女性を運んで行った。

 全員気絶しているけど、治療のお陰か顔色は良くなっている。

 その間にジェイド様は辺境伯様の屋敷に行って、イザベラ様とソフィアさんに事情を話していた。

 イザベラ様とソフィアさんは、数人の侍従と共に直ぐに僕の屋敷に来てくれた。

 先ずはこれで安心だ。


「当面は家宅捜索を行わないとならないな。この街の様子も調査しないとならないし、思ったよりもやらかしてくれた」

「民の痛みを何とも思わないばかりか、民を食い物にしていたとはな。奴は厳罰にしないとならない」


 軍務卿と宰相が話をしていたけど、バザール伯爵の犯した罪は大きい。

 しかし、貴族なら贅沢は当然と思っているから、本人は全く悪いとは思っていないかもしれないな。

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