百三十三話 華の騎士

「お兄ちゃん、早く王城に行こう!」

「分かったよ、だから手を引っ張らないでよ」


 皆で冒険者体験をする日のリズのテンションは、朝から高かった。

 あっという間に朝食を食べ終え、ぱぱっと着替えを済ませる。

 いつもこのくらいできればいう事なしなんだよね。

 ほら、リズの後ろでチセさんも侍従のお姉さんもクスクスしているぞ。

 待ち切れないリズに急かされて、僕は早めに王城にゲートを繋いだ。


「「「遅いよう!」」」


 王城についたら、これまたルーカスお兄様にルーシーお姉様とエレノアが、バッチリ着替えを済ませて今か今かと待っていた。

 皆騎士服でいて、腰には剣も下げていた。

 おおう、リズ以上にやる気満々だぞ。

 やはりというか、その後ろではビクトリア様とアリア様にティナおばあさまが苦笑していた。

 というか、何でティナおばあさまも、赤を基調としたパンツスタイルの騎士服に着替えているの?

 髪の毛もポニーテールにして、やる気満々だ。


「私も同行する事にしたのよ。こう見えて、剣は中々の腕前なのよ」

「おお、おばあちゃんカッコいい!」


 もうね、リズとスラちゃんが大興奮しているよ。

 ティナおばあさまが腰に下げたレイピアを抜いて、高速の突きを披露したのだから。

 確かにとんでもない剣のスピードだな。


「では、ビクトリア様とアリア様。行ってきます」

「気をつけてね」

「ゆっくりしてきていいわよ」


 ビクトリア様とアリア様と侍従に見送られて、僕の屋敷にゲートを繋いだ。

 すると、辺境伯様とイザベラ様が待っていた。

 チセさんに視線で確認をすると、どうも僕達が王城に向かった後に辺境伯様のイザベラ様を呼んでくれた様だ。


「これはこれはティナ様。なんとも勇ましいお姿で」

「うふふ、孫に良い所を見せたくてね」

「久々に華の騎士復活ですわね」

「「「「「華の騎士?」」」」」


 あれ?

 イザベラ様がティナおばあさまの事を華の騎士って呼んだぞ。

 僕も含めて、子ども達はハテナ顔になっている。


「ティナ様はね、昔王族なのに近衛騎士でもあったの。華麗な剣捌きから、華の騎士って言われていたのよ。男女問わず、ティナ様に憧れる人は多かったわ」

「「「「すごーい!」」」」


 おお、ティナおばあさまにそんな過去があったなんて。

 皆して、ティナおばあさまに駆け寄って、凄い凄いって言っているよ。

 でも、ここで時間を取られる訳にはいかないので、先ずは冒険者ギルドに行く事に。


「ティナおばあさま、昼食はどうしますか?」

「勿論、ギルドの食堂で食べるわよ。ふふふ、実はとっても楽しみにしているの。最近はできていないけど、近衛騎士の時は良く遠征時にその土地の物を食べたものよ」


 ティナおばあさまの一言で、今日の昼食はギルドの食堂で決定。

 ギルドの食堂は普通に美味しいけど、確か辺境伯領の産物をいっぱい使っていると聞いた事がある。


 という事で、皆でギルドに歩いて行きます。

 何で馬車じゃないかって、それはいつも僕達が歩いてギルドに向かっているので安全だと判断したっぽい。


「あら、アレク君にリズちゃん。今日は大勢ね」

「うん、今日はおばあちゃんとお兄ちゃんとお姉ちゃんも一緒なんだ」

「あらそうなの、じゃあ頑張らないとね」

「うん!」


 とまあ、街の人もこんな感じで普通に声をかけてくる。

 しかも、既にリズが王族だっていう事は街の人の常識になっているし、リズのおばあちゃんにお兄ちゃんとお姉ちゃんも王族か貴族って事は分かるはず。


「とっても良い街ね。私達の事も気さくに声をかけてくれるわ」

「そうですね。街の人も僕達の事も何となく分かっているみたいですが、それでも普通に接してくれますね」


 ティナおばあさまとルーカスお兄様も、この街の雰囲気の良さを感じてくれている様だ。

 リズはというと、エレノアとルーシーお姉様と道草で何かお菓子を買っていて、おまけまで貰っていた。

 今回も一緒についてきたジェリルさんは帝国に行った際にこんな感じだったので何となく慣れていたけど、初めて付いてきた近衛騎士は街の人の対応にびっくりしていた。


 実は近衛騎士にとって、びっくりしたのは街だけじゃなかったのだ。

 それはギルドについてから、もっとびっくりする事になった。

 

「おう、アレクにリズじゃないか。今日はいっぱいだな」

「そうなの。おばあちゃんにお兄ちゃんとお姉ちゃんと来たんだ」

「うん? リズは王族だったよな? って事はそこにいる女性は、まさかあの華の騎士では?」

「おお、そうだよ。よく分かったね」


 ギルドについたら、ギルドでいつも会う冒険者のおっちゃんが話しかけてきた。

 リズと話をしていたら、どうもティナおばあさまの事に気がついた様だ。

 話を聞いていた多くの人が、僕らの周りに寄ってきた。

 一体何だろう?


「おお、本当だ。華の騎士様だ。俺は王都で見た事があるぞ」

「あ、あの、華の騎士様、握手してくれますか? 華の騎士様は、私の憧れだったんです」

「あらあら、握手くらいならいくらでも。私の方こそ、いつもアレク君とリズちゃんの事をありがとうね」

「アレクとリズは、この街全員のアイドル的な存在ですから」

「しかし、これでアレク君とリズちゃんの強さの秘密が分かったぞ」

「ああ、華の騎士様の孫なら、小さいのにあんな強さでも納得だ」


 おお、ティナおばあさまが男女関係なく多くの冒険者に囲まれて握手を求められている。

 何人かの冒険者は、僕とリズの方も見て強さに納得している。

 僕もリズの強さの秘密にはちょっと疑問だったけど、ティナおばあさまが凄いなら納得するな。

 そして、ルーカスお兄様達はこの騒ぎに巻き込まれない様に、カミラさん達と冒険者登録をするために受付に向かって行った。

 そして、更に騒動は続く。


「ジン、こっちだよ」

「カミラ、新規冒険者の護衛って言っていたけど、一体誰だ?」

「あれ? レイナには全部伝えたけど?」

「今回は訳あって詳細は黙っていたの。ジン、今日の護衛はあの人よ」

「あの人って。あれ? もしかしてティナ様じゃ……」

「正解よ。因みに、ルーカス殿下とルーシー殿下にエレノア殿下も一緒よ」

「ええ!」


 受付の方で何だか騒いでいるなと思ったら、ジンさんがこっちを見てかなりびっくりしていた。

 どうも、ジンさんはティナおばあさまの事を知っている様だぞ。

 そして、ティナおばあさまもジンさんに気がついた様だ。


「あらジンにレイナじゃない。こっちに来なさい」

「ティナ様、久しぶりです」

「ティナ様、お久しぶりに御座います」


 しぶしぶといった感じで、ジンさんはレイナさんに引っ張られてティナおばあさまの前に連れてこられた。

 久しぶりって事は、二人ともティナおばあさまの事を知っていたんだ。


「おばあちゃん、ジンさんの事を知っているの?」

「勿論、レイナは公爵家の娘だからその繋がりでジンとも会っていたのよ。冒険者をやることもね」

「そうなんだ!」


 おお、ジンさんがタジタジになっているぞ。

 というか、レイナさんは公爵家の娘さんだったんだ。

 でもカミラさんが宰相の孫娘だから、繋がりがあってもおかしくないな。

 そして、話がおかしい方向に流れていく。


「そういえば、ジンとレイナはいつ結婚式を挙げるの? レイナのお母様も気にしていたのよ」

「えっと、それは……」

「平民と貴族の娘とは結婚できないって言っていたけど、Aランクになって名誉貴族になったのだから問題ないはずよね?」

「いやあ、その……」

「公爵も喜んでいたのよ。貴族じゃないけど結婚は認めると決めていたのに、独力で名誉貴族になったって」

「その……」


 ジンさんが、ティナおばあさまに問い詰められていてタジタジになっている。

 そして周りにいた冒険者によって、ジンさんは更に追い詰められていく。


「そういえば、ジンはいつもAランクになってからレイナと結婚するって公言していたよな」

「ジンがAランクになったのって、確か去年の春頃だよね」

「私てっきり直ぐにレイナと結婚するものだと思っていたわ」


 ジンさんは完全に袋のネズミ状態だ。

 レイナさんも、ちょっと不審な目でジンさんを見ていた。

 ジンさんは観念したかの様に、とある手紙をティナおばあさまに渡した。

 すると、ティナおばあさまは手紙を全部読むとカミラさんをこっちに呼んだ。


「カミラ、読んでみなさい。面白い事が書いてあるわ」

「何々? ジンへ。うちの孫娘も貰ってくれないか。宰相より。はあ? おじいちゃん何て手紙をジンに送っているのよ!」

「ちょっと、ジンこれどういう事?」

「ここに書いている通りだ。確認の為に宰相宛に手紙を送っても、その通りだと帰ってきた。その後、ゴブリン騒ぎと一連の調査で確認できていない」

「ジン、そういう事は早めに相談しないと」

「そうだよ。ジンに何かあったと思ったよ。そうじゃないって分かったから良かったけど」

「ごめん......」


 うーん、いくら宰相からの手紙とはいえ、レイナさんにもカミラさんにも相談していないのはまずいな。

 とはいえ、レイナさんはジンさんが結婚を切り出さない理由が分かってホッとしていた。


「それじゃあ、来週の第三の日に皆で王城に向かいましょう。そこで宰相を含めて話し合いましょうね」

「「はい」」


 ティナ様の提案に、レイナさんとカミラさんが元気よく返事をした。

 勿論、ジンさんは強制参加だ。

 という事で、この話は一旦終了。

 ルーカスお兄様達の冒険者登録手続きも終わったので、森に向かうことに。

 いつもの薬草採取の人達と向かっているのだが、さっきのジンさんの話を聞いたおばちゃん達が、ジンさんに説教中だ。


「ジン、何でもかんでも一人で抱え込まないの。何でレイナちゃんに相談しなかったのよ」

「第三者に相談しても良かったのに。相手が相手だから、領主様も話を聞いてくれたはずだよ」

「はい……」

「おばちゃん達もこの辺で。流石にジンも反省しているわ」


 おばちゃん、もう止めてあげて。

 ジンさんは、おばちゃんの追及にかなりのダメージを受けていた。

 流石にジンさんの事をレイナさんがフォローしてくれたよ。


「さて、森に到着したわけだが、いきなりお客さんがお出迎えだね」


 森に着いて現れたのはイノシシタイプの魔物だった。

 カミラさんの合図で早速攻撃態勢に入る。

 ジンさんは、今日はちょっと使い物にならないな。

 と、ここでティナおばあさまがキラッと剣を抜いて構えた。

 ティナおばあさまの剣はレイピアだ。

 そして、イノシシを見て一言。


「久々にイノシシ肉が食べられそうね」


 既にティナおばあさまの頭の中では、目の前のイノシシはお肉扱いらしい。

 そして、ティナおばあさまに気がついて突進してきたイノシシをヒラリと避けると、すれ違いざまにレイピアを一閃。

 一瞬でイノシシを退治した。


「「「「スゴーイ!」」」」

「ふふ、ありがとうね。まだまだ腕は衰えていなかったわ」


 リズ達はティナおばあさまの腕前を見て大興奮。

 僕も思わず大きな拍手を送っていた。

 他の近衛騎士が連携して倒したイノシシを、イノシシが油断していたとはいえ一瞬で倒すのだから。

 華の騎士の二つ名は伊達ではないということか。


「ティナ様のお手を煩わせてしまい申し訳ありません」

「ふふふ、このくらいはなんて事ないわ。孫に良い所を見せられて良かったわ」

「「「「カッコよかった!」」」」


 ティナおばあさまに向けて、リズ達が抱き着いていた。

 その間に、ティナおばあさまと近衛騎士が倒したイノシシをスラちゃんとプリンが血抜きをしている。

 このイノシシは、勿論倒したティナおばあさまと近衛騎士の取り分だな。


 周りの危険も無くなったので、早速薬草採取を開始する。

 実はルーカスお兄様達以外にも初心者の冒険者が混じっていたので、リズだけでなく僕も薬草採取の採り方を教えていた。

 因みに今日の初心者は元気な十歳くらいの男の子三人組。

 アレクのおばあちゃんって凄いなって、ティナおばあさまの事を大興奮で褒めていた。


「あ、これが薬草だよ」

「本当だ。他の草と少し違うね」

「これを集めて、十個を一つにするんだよ」

「だからこの薬草セットを使うのね」

「薬草採取って楽しいね」


 リズが先頭になって、ルーカスお兄様やルーシーお姉様とエレノアに薬草採取を教えていた。

 次々と薬草が見つかるので、とても楽しそうにしている。

 ティナおばあさまは、リズ達の様子を楽しげに見つめていた。

 今日は周りの警備もバッチリなので、僕も薬草採取に専念できた。

 いつも通りに、午前中で規定量の薬草が採取できた。

 ルーカスお兄様もルーシーお姉様も、勿論エレノアも沢山薬草が採れてニコニコだ。

 皆でギルドに帰って、採取した薬草を引き取って貰った。

 ルーカスお兄様やルーシーお姉様、それにエレノアにとって初めてお金を稼いだのでとっても嬉しそうだ。


「どうだったかな? 仕事は色々とあるけど、お金を稼ぐ大変さが分かった?」

「はい、とても良く分かりました」

「良い勉強になりました」

「大変だったけど楽しかった!」


 カミラさんの問いかけに、回答は違えどそれぞれ手応えはあったみたいだ。

 お金を稼ぐ大変さが分かれば、きっと上に立つ者として将来の為になるはずだ。


 そして、ティナおばあさまと近衛騎士が倒したイノシシの魔物を解体に出した。

 特におばあさまが倒したイノシシに、解体のおじさんはビックリしていた。


「おい、このイノシシ殆ど傷がないぞ。相当高度な剣術でないとこうはならないぞ」

「それね、リズのおばあちゃんが倒したの。一瞬で倒したんだよ!」

「そういや、華の騎士様がそうだっけ。それなら納得したぞ。一頭優先でやるから、先にメシでも食べてこい」

「はーい」


 リズの説明だったけど、解体のおじさんはイノシシの倒し方に納得してくれた様だ。

 因みにこのイノシシは、ティナおばあさまの倒した物だけ解体を頼んで、近衛騎士が倒した物は買い取りになった。

 近衛騎士は思いがけない臨時収入にとても喜んでいた。

 そして皆が待っているテーブルに到着。

 既にテーブルの上には、料理が並んでいた。

 

「お待たせしました」

「おう、先に食べているぞ」


 ご飯を食べて若干テンションが回復したジンさんに迎えられた。

 ルーカスお兄様もルーシーお姉様もエレノアも、ギルドの食事を美味しいと食べている。

 しかし、一番堪能しているのはどう見てもティナおばあさまだった。


「うーん、こういう皆で食べる料理って良いわね。王城の上品な味も良いけど、こういう料理も良いわ」


 うん、物凄く遠慮なくパクパクと食べている。

 毒見とかしていないので、近衛騎士がちょっと焦っている。

 何だか普段の王城で見る姿とは全然違うぞ。

 大衆料理だから毒なんか入れようもない気もするけど。

 一種のストレス発散な感じにも捉えられそうだ。


 食事が終わったら、解体が済んだイノシシ肉を受け取って僕の屋敷に戻ります。

 森に入って汚れたって事なので、ティナおばあさまを含めて皆でお風呂に。

 実はティナおばあさまやルーカスお兄様とルーシーお姉様とエレノアは、この屋敷に来たことがあります。

 その上、既に空いている部屋を勝手に自分専用の部屋にしてしまったのだ。

 まあ、屋敷が大きくてまだ部屋が空いているから良いのだけど。

 なので、着替えもバッチリ常備してあります。

 お風呂から上がると、今度は近衛騎士の人とカミラさん達が交代でお風呂に入ります。

 カミラさんは、早速さっきのジンさんの手紙の事でおじいさんである宰相に抗議するらしい。

 なので、今日はティナおばあさま達が帰る時に一緒に王都に行くそうです。


 さて、僕達はお風呂から出たら皆でお昼寝タイムなのですが、毎回僕の部屋で寝る事に。

 そして、いつもミカエルも一緒に寝ています。

 ティナおばあさまは、僕の部屋で僕達が寝ているのをいつもニコニコと見ています。

 今日はストレス発散できたのか、ティナおばあさまはいつも以上にニコニコとしていました。

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