第百四十九話 反逆者の護送

「あ、お兄ちゃん。飛龍が飛んできたよ」

「本当だね」


 翌朝、朝食を食べた後の今日の活動の準備をしている所に、飛龍が三頭やってきた。

 ちなみに軍務卿が乗ってきた飛龍は、朝一で国境へ戻っている。


 飛龍が庭に降り立つと、背中から何人かの人が降りてきた。

 親子らしき人が、ヘレーネ様の婚約者の家のアイザック伯爵かな?

 執事とメイドさんは、ギース伯爵の王都の関係者だろう。

 そしてもう一人、ビックリする人がやってきていた。

 エステル殿下がその人を指さして思わず叫んでいた。


「ライラックお母様!」

「エステルちゃん、おはよう」


 そう、陛下の側室でもあるライラック様だった。

 いきなりの大物登場に、周りの人が固まっている。


「ライラックお母様。何故にここへ?」

「それは私の兄の娘が、ノアちゃんのお母さんだからなのよ。兄とお義姉さんは、娘が殺害されたと聞かされてショックで倒れてしまったの」


 成程、兄の代理というわけか。そりゃ娘が殺害されたとなれば、気が動転するよな。

 しかしライラック様が代わりに来るとは思ってもみなかった。

 ちなみにライラック様のご両親は既に亡くなられているので、ライラック様のお兄さんが現当主だという。

 そしてその傍らでは、ヘレーネ様が同年代と思わしき男性に抱きついて泣いている。

 あの人が婚約者のダニエル様か。

 その脇では、執事とメイドさんがハンカチで涙を押さえている。

 ライラック伯爵と思われる男性は、軍務卿と色々話をしていた。


「ライラック卿、遠いところまでわざわざすまない」

「こちらこそ軍務卿には礼を言わなければならない。殿下などがおらなければ、正直ヘレーネ嬢だけでなくギース伯爵領が全滅し人神教国にのみ込まれていただろう」


 確かに魔物の溢れもあったので、ギース伯爵領だけでは対処できなかっただろう。


 一行はそのまま仮の安置所に向かうと言うことなので、俺とエステル殿下が付き添いで行くことに。

 ちなみにビアンカ殿下とスラタロウにレイアは、防壁作成の為にでかけている。

 ノア様は、マリリさんに抱っこされて庭を散歩中。

 飛龍に興味を持ったのか、近くによってきゃあきゃあ言っている。

 この子は中々の大物になりそうだな。


「うう、シェリー。何て酷いことに。ノアが可哀想」

「旦那様、奥様。どうしてこんなことに」

「こんな酷い有様とは。何という仕打ちなのだろうな」


 ライラック様は、ノア様のお母さんの棺を見て嗚咽が止まらない。

 執事とメイドさんはギース伯爵夫妻の遺体を見て涙を流しており、アイザック伯爵はギース伯爵が受けた暴行の跡を沈痛な面持ちで見ていた。

 ちなみにバカ当主三人組は未だに安置所に置かれていて、時々関係者から浴びせられる非難の視線に顔を反らしていた。

 バカ当主三人組に対する尋問は行われていたが、ひたすら黙秘をしているといる。

 この期に及んで黙秘とは、かなりの見上げた根性だ。


 三人を王都に護送するので、飛龍に乗せる準備を行うことに。

 三人を安置所から連れ出して、改めて専用の拘束をする。

 猿轡をとっても未だに無言で、こちらを睨みつけているだけだ。


「ゴレス、未だに何も言わぬか。学園の同級生がこんなことをして、儂も心が痛い」

「……」

「ふう、もはや何も言わぬか。次にお前と会うのは裁判だな」


 軍務卿は頭をかきため息をついて、諦めた目でゴレス侯爵を見ていた。

 かつての同級生が、まさかこんな大事件を起こすとは思っていなかったのだろう。


「連れて行け。王都でも監視を厳重に行うように」

「「「はっ!」」」


 三人の護送準備が完了したので、軍務卿が行くように命令を出した。

 その瞬間に、今まで黙っていたゴレス侯爵が突然叫びだした。


「この国はもう終わりだ! この後直ぐに、我が領と人神教国から魔物と魔獣が押し寄せる。王都からも国境からも軍は間に合わん。我がこの国の王になれないのなら、こんな国なんぞ滅んでしまえばよい!」


 目を見開き口からつばを飛ばしながら、軍務卿に向かって叫んでいる。

 一気に喋ったから、息があがってゼイゼイと言っている。

 そんなゴレス侯爵に向かって、周囲から冷たい目が注がれた。


「なんだそんな事か。そのくらいどうにでもなるわ」

「強がりを言って。昨日の襲撃で多くの騎士が死んでいるだろう。魔物の溢れにも、どれだけの戦力を注ぎ込んだ事だか」


 ゴレス侯爵はガバガバ笑っているが、それでも軍務卿は涼しい表情だ。

 そこにライラック様も軍務卿の隣にきて、厳しい目つきに普段の朗らかな感じとは違う威厳のある口調で話し始めた。


「ゴレス卿。ここには救国の聖女サトーもおるし、数々の魔獣を討伐した英雄のリンドウ卿もいる。昨日の魔物の溢れも、殆どをリンドウ卿と僅か三人の従者で食い止めている」

「は? 何だそれは?」

「理解できておらぬようだのう。昨日卿を捕えた小さな猫獣人の女の子に白いオオカミ、そして馬二頭。これで全てを抑えたのだ」

「そんな、まさかそんなわけが」


 ゴレス卿は信じられないと、喚き散らすが、ライラック様が言ったのは事実だからなあ。

 スラタロウとタコヤキの広域魔法もあったけど、あれは殆どオマケみたいな物だし。

 そして軍務卿が更に追撃する。


「更にここには、ランドルフ領の魔獣討伐で活躍したブルーノ侯爵家の獣人部隊もいる。軍の小隊もいるし、全く問題ないだろう」

「そんな、そんな……」


 ゴレス侯爵はガックリとしてしまった。

 何だか白髪が一気に増えたような気がする。

 他の二人も、顔が真っ青になっている。

 人神教国に唆されて、この国の王になるつもりだったんだろうな。そして自身が囚われても直ぐに助けがくると思っていたのだろう。

 もう色々と遅いけど。


「では改めて王都に連れて行け」

「「「はっ!」」」

 

 呆然とした三人をつれて、飛龍は王都に飛び立った。

 さて、せっかくゴレス侯爵が情報をくれたのだから、こちらも色々と準備しよう。

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