第百四十三話 逃走者の捕縛

「ちょやー!」

「ヒヒーン」

「ブルル!」

「ハッハッハ、我に立ち向かうには弱いのだぞ」

「……何て強さだ」

「ああ、信じられない」


 俺は獣人隊の一人。

 仲間と共に街中を巡回して魔獣を倒していたが、森から魔物が溢れたと連絡が入り仲間と共に向かった。

 といっても他にもやることが多く他に人員を割けないので、俺ともう一人の二人で現地に向かった。

 街の中は魔獣のせいでかなり混乱していたが、魔獣を倒してこの街の騎士を救い始めたらだいぶ落ち着き始めた。

 今は教会を臨時の避難所として、怪我人の手当とかを行っている。

 あのホワイトというネズミが回復魔法の使い手なので、懸命に怪我人の治療を行っている。

 俺も治療を受けた事があるから分かるが、とてもネズミとは思えない凄い魔法使いだ。

 回復魔法に加えて風魔法も使いこなすので、今は教会を一匹で守っている。

 本当に頭が下がる思いだ。


 さて、俺達の目の前では森から大量の魔物が現れている。

 普通魔物が森から溢れたら、何百という兵と魔法使いが必要だ。

 冒険者も強制参加させられる程の事だ。

 しかも魔獣まで現れているのだから、更に難易度が上がっている。

 軍隊も大隊を出していいレベルだ。

 しかしながら、目の前にいるのは小さな獣人の女の子に馬二頭に大きな白いオオカミが一匹。

 たったこれだけの戦力で、目の前の魔物の溢れを食い止めていた。

 女の子が愛用の巨大なハンマーで次から次へと魔物を吹き飛ばし、時には巨大な魔法剣で魔獣を一刀両断にしている。

 前に手合わせしてもらったことがあるけど、だいぶ力を抑えてもらったんだ。

 今の力を出したら、俺なんか一瞬で殺されるだろう。

 馬は魔法障壁を展開して、魔物に突撃して吹き飛ばしている。

 しかも時々風魔法まで器用に使い分けている。

 馬があんなに強いなんて、正直反則だ。

 白いオオカミは縦横無尽に動き回り、魔物を駆逐していく。

 白い毛並みが返り血で真っ赤になっているが、全く気にせずに動き回っている。

 俺達に戦い方を教えてくれたいわば師匠的な存在だが、あの強さはありえない。

 もちろん討ち漏らしもいるから、それは俺ら二人と駆けつけたこの領の騎士で討ち取っている。

 しかし目の前の超人達は、既に千を超える魔物を討ち取っていた。


「おーい! 助っ人にきたよ」

「あ、リンのアネゴ。助かります」

「戦況はどう?」

「見ての通りです。俺らは討ち漏らしに専念しております」

「懸命だね、私も近づいたら巻き込まれそうだ」

 

 苦笑している助っ人にきたリンのアネゴも、かなりの強さを持っている。

 俺らが束になっても歯が立たない。

 そんなアネゴも苦笑するのだから、前の超人達は本当に強いのだろう。


「まあ、心配はしていなかったけど流石に驚くわ」

「ですよね。強さってなんだか考えさせられます」

「まああの子らは特別だからね。サトーさんも滅茶苦茶強いし」


 サトーのアニキはリンのアネゴとエステルのアネゴの旦那さん候補という。

 あの人も化け物だ。

 前に獣人隊全員で挑んでも、全ての攻撃を避けられた。

 無刀でリンのアネゴとエステルのアネゴに勝つ辺り、アニキも化け物と言っていいだろう。


「とはいえ、まだまだ数が多いね。スラタロウにタコヤキ、広域殲滅魔法で一気に倒そうか」


 リンのアネゴが抱えていた二匹のスライムを地面におろすと、スライムが魔法の準備を始めた。

 あれ? スライムって魔法使えるのだっけ?

 そんな事を思っていたら、リンのアネゴが前で戦っている超人達に声をかけた。


「ミケちゃん、シル、スラタロウとタコヤキが魔法を放つから。合図したら後ろに下がってね」

「はーい」

「いい加減飽きてきたから、ちょうどよいのだ」


 この戦いを飽きるってどんだけと思っていたら、スライムの魔法の準備ができたようだ。

 ぷるぷる震えてリンのアネゴに伝えていた。


「ミケちゃんにシル、あと馬も。準備できたから下がって」

 

 リンのアネゴの合図で前線が下がった瞬間、目の前で大爆発がおこった。

 爆風がこちらまできているので、思わず腕で爆風を遮り飛ばされない様に踏ん張った。

 あ、騎士の何人かが爆風で飛ばされている。

 その様子を、平然としながらリンのアネゴは見つめていた。

 爆風がおさまると、目の前には巨大なクレータが出来ていて、あれだけいた魔獣や魔物が消し飛んでいていた。

 周囲の森の一部まで吹き飛ばされていた。


「流石はスラタロウとタコヤキの魔法ね。討ち漏らしがいるかもしれないから、辺りの探索をしてね」

「あ、はい」


 同僚が気の抜けた返事をしていたが、気持ちはよく分かる。

 まさかスライムが魔法使うなんて思わないし、使ったら使ったであんなでたらめな威力だったのだから。


「リンお姉ちゃん助かったよ。数だけいたから退屈だったんだ」

「我も魔法で吹き飛ばせばよかったのだぞ」

「「ヒヒーン」」

「まあ、あの魔物のレベルだと私でもどうにかなったかもね」

「リンお姉ちゃんなら楽勝だよ!」

「うむ、大丈夫だろう」


 おいおい、あの数の魔物を楽勝とか一体どうなっているんだ?

 馬も混じって朗らかに雑談している目の前の超人達が、とても恐ろしい。

 と、目の前の超人達が急にある一点に視線を向けた。

 どうも、さっきの爆風に巻き込まれた馬車のようだ。

 まるで貴族が乗るような、豪華な馬車だ。

 あれ、目の前の超人達からとんでもない気迫が出ているぞ。


「お姉ちゃん、あの馬車に悪者が乗っているよ」

「恐らくこの戦闘のどさくさに紛れて、人神教国に逃げようとおもっていたのかな?」

「といっている割には二人共気がついていたのだろう?」

「「ヒヒーン」」


 不敵な笑みを浮かべながら、馬車に向かってあっという間に走っていく超人達。

 ちょ、行動が早すぎる!

 俺も急いで後を追う。


「ちょっと何するんだ!」

「俺たちを誰だと思っている!」

「今すぐこの糸を外すのだ!」


 馬車についたら、リンのアネゴの肩に乗っていたアルケニーがあっという間に中にいた人達を拘束していた。

 馬車を引いていた馬は、超人達の無言の圧力にビビってブルブル震えている。

 その気持ちはよく分かる。俺も超怖いもん。

 さっきの魔物の溢れが、まるでウオーミングアップだったのかというような感じだ。


「さて。どこに逃げますか、お三方。まあ、全て把握してますけど」

「この人達、とっても悪い気配がするね」

「我の鼻でも嫌になるほどの、悪い匂いがするぞ」

「「ブルル」」

「「「ヒイイ」」」


 貴族の当主らしき人はさっきまでいきがっていたが、今は震えて思わず漏らしている。

 分かる、分かるぞその気持ち。目の前で放たれている殺気が尋常じゃない。

 俺だって気を抜けば、思わず漏らしそうになるよ。

 ドラゴンだってビビる殺気だろう。

 リンのアネゴが、おもむろにこちらに振り向いた。

 ヒイイ、とってもいい笑顔だ。


「すみません。領主邸に行って、サトーさんに逃走しようとした貴族を拘束したと伝えてくれますか?」

「イエスマム、直ぐに行きます」


 俺は直ぐに領主邸に向かって走り出した。

 断る選択肢なんてない。

 というか、あの現場から離脱できるのが嬉しい。

 俺は全力で領主邸に向かった。

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