第百四十四話 ギース伯爵家の残された人

 俺はエステル殿下と手分けし、助けられた人を屋敷の外に運んだ。

 といっても救出できたのは僅かに四名。

 殆どの屋敷の使用人が殺害されてしまった。

 犯人は屋敷の部屋の一室に閉じ込めて、駆けつけてきたギース伯爵領の騎士に監視してもらっている。

 殺害された人も庭に運び出されているが、余りの多さに目眩がしてくる。

 ちなみにヘレーネ様は、お兄さんの赤ちゃんを抱いている。

 抱きながら、屋敷の方をぼんやりと見つめていた。

 と、ビアンカ殿下とマリリさんがこちらに走ってきて俺達に合流した。


「サトーよ待たせたのう」

「いえ、こちらもやっと落ち着いた所ですから」

「この惨状をみれば、何が起こったか直ぐにわかる」

「領主が誘拐されて直ぐに襲撃されたようです。即死の人が多く、殆ど助けられませんでした」


 俺とビアンカ殿下は、シーツを被せられた数多くの遺体をみてやるせない気持ちになった。

 ここでビアンカ殿下は、赤ちゃんを抱いているヘレーネ様に気が付いたようだ。


「サトーよ、あの赤ん坊を抱いている女性は?」

「ヘレーネ様です。エステル殿下とリンさんの同級生ですね。抱いている赤ちゃんはヘレーネ様のお兄さんの子どもです。お兄さんと奥さんは殺害されていましたが、奥さんが必死に赤ちゃんを守りました」

「そうか、よくこれだけの中で生き延びたものだ」

「正直ヘレーネ様も危ないところでした。あと一歩遅かったらどうなっていたことやら」


 俺とビアンカ殿下は、エステル殿下とヘレーネ様に近づいた。

 

「ビアンカちゃん、お疲れ様」


 エステル殿下は、ヘレーネ様の事を後ろから抱きしめていた。

 悲惨な目にあった親友をどうにかしたいのだろう。


「ビアンカ殿下でおられますか?」

「ああ、そうだ」


 ヘレーネ様は泣き腫らした顔でこちらを見ていた。

 襲われた為か、少し青みがかった長めの髪はぐちゃぐちゃになっていたが、それでも懸命にこちらを見ていた。


「お父様とお母様は殺されたのですね」

「ああ。恐らく誘拐された直後に殺害されておる」

「そうですか、何となく分かっていました」


 兄の状況に自分が襲われた事を思うと、両親に何があったか想像に難くないのだろう。

 既に涙も出ない顔で、こちらに話し始めた。


「この惨状を起こしたのは、ゴレス侯爵家とブラントン子爵家にマルーノ男爵家ですね」

「ああ、そうじゃ。人神教国との繋がりのある書類も見つかったし、何よりやつらの騎士がいる」

「何となく分かってました。父は昔からあの三家は危ないと常日頃言っておりました」

「妾達も、まさかここまで実力行使に出るとは思ってもなかったのじゃ」

「それは私達も同じです。昨日不穏な動きがあったので、王都に向けて早馬を出しました。それが今朝になって、いきなりあんな事に……うぅ」

「ヘレーネ……」


 エステル殿下が、ヘレーネ様の肩にそっと手を置いた。

 エステル殿下が呼び捨てで呼ぶ人なんて初めてだから、余程仲が良かったのだろう。


「オギャー」


 ここで赤ちゃんが、グズりだした。

 それを見たマリリさんが、ヘレーネ様から赤ちゃんを受け取った。


「うーん、お腹がすいたのとおしめが濡れているの両方ですね。今すぐ準備しますね」


 マリリさんはマジックバックから、赤ちゃんのお世話道具をテキパキと準備し始めた。

 

「マリリさん、いつもお世話道具を持っているのですか?」

「私はできるメイドさんでもありますから。いつでも動ける様にしてますよ」

「メイドさんスゲー」


 マリリさんは俺と話をしている間にも、魔道具でお湯を温めている。

 その間に赤ちゃんのおしめを取り替えていた。


「ヘレーネ様、この子の名前は何ですか?」

「あ、えーっと、ノアです」

「ありがとうございます。ノア様、ミルクができるまで少し待っていて下さいね」

「あうー」


 マリリさんは手慣れた様子でノア様を抱っこしていた。

 その様子をみて、ヘレーネ様は少しホッとしていた。

 その時、街の外れの方から爆発音が聞こえてきた。

 そちらの方向を見ると、キノコ雲の様な煙が空に上がっていた。

 これは誰かやらかしたな。

 エステル殿下とビアンカ殿下も分かったのか苦笑いをしているが、そうとは知らないヘレーネ様は大慌てだ。

 よく見ると、作業をしていた騎士も手を止めて空の様子を見ていた。


「あの、エステル様? これは新たな襲撃ですか?」

「慌てないで、うちの誰かが魔法を使っただけだから」

「はあ、そうですか?」


 ヘレーネ様は理解が追いついていない様だ。

 と、ここで獣人部隊の一人がこちらに走ってきた。

 何やら全力疾走なのは気のせいだろうか?


「はあはあはあ、エステルのアネゴに報告です」

「だ、大丈夫ですか?」

「い、いえ、これくらい大丈夫だす」


 だすって、全然大丈夫じゃないじゃん。

 俺はアイテムボックスから飲み物を取り出し、獣人部隊の人に差し出した。

 一気に飲み干した所で、獣人部隊の人は報告を始めた。


「すみません、アニキ」

「いやいや、報告は落ち着いてやろう」

「すんません。では、報告します。森での魔物の溢れは、とんでもない魔法で吹き飛びました」

「魔物の溢れがあったんだ。でもミケや馬は、そこまでの大規模魔法は使えないはず」

「それが、リンのアネゴが連れてきた青と赤のスライムが魔法を使いまして」

「ああ、スラタロウにタコヤキか。それなら納得だ」


 ビアンカ殿下とマリリさんはこっちにいるし、マルクさんはあそこまでの魔法を使わないから、何となく予想はしていたんだよな。

 ビアンカ殿下もエステル殿下も、やっぱりといった表情になっている。


「その後やたら豪華な馬車が通ったので、リンのアネゴが捕まえました。何でも人神教国に逃げるとかなんとかで」

「はあ、あの三家で間違いないですね」

「そうじゃろう。このどさくさに紛れて、国外脱出を企んだのじゃろうな」


 何を考えているかは、後で尋問すればいいだろう。

 どうせろくな事を考えていないだろうし。


「街の様子はどうだ?」

「今の所は落ち着いています。ただ騎士や市民にも襲われた人がいて、怪我人や死者が多くいます」

「うーん、やはりそうか」

「今はアニキの従魔の白いネズミが、教会で治療にあたっています」

「ホワイト一匹だけか。ちょっと人手が欲しいな」


 どちらかというと、負傷者の対応の方がこれから大変な事になるだろう。

 人員を整理するか。


「悪いけど戻ったら、警戒の引き継ぎが終わるまでリンさんとシルとポチに残って貰って、後はその貴族を連れてこちらにくるように言ってくれ」

「わかりやした。直ぐに行ってきます」


 ありゃ、また全力疾走で行っちゃったよ。

 疲れて倒れなければいいが。


「ビアンカ殿下、とりあえずギース伯爵領は大丈夫ですね」

「うむ、援軍を頼まないとならないな。ルキアに頼んで、衛生班を早めに送ってもらおう」


 ビアンカ殿下は、早速陛下とアルス王子に送る文書を作り始めた。

 同じものをショコラの足につけて、ルキアさんに知らせる。

 と、ここでエステル殿下から助言が入った。

 

「ヘレーネ、確かヘレーネの婚約者ってダニエル君だよね。軍務関係のアイザック伯爵のところの」

「はい、そうです」

「ビアンカちゃん、ついでにお父さんに頼んでアイザック伯爵の所に連絡をしてもらおう」

「そうじゃな。このままでは、ギース伯爵領が成り立たぬ」


 エステル殿下の一言で、一文が追加された。


「よし、今兄上にも送った。証拠もそうふしたのじゃ」 

「ありがとうビアンカちゃん。ショコラ、お願いね」

「ピィ!」


 ビアンカ殿下が情報を送信するのを見計らって、ショコラがブルーノ侯爵領に向かって飛び始めた。

 俺も急いで治療の準備を始めよう。

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