第百四十二話 人神教会とワース商会の制圧

「何と人神教会の敷地内にワース商会の建物があるとは」

「ワース商会の建物は、新しいというか仮の建物のようですね」

「商会の建物を急造したのじゃろう。まるで商会というか、ならずものの溜まり場じゃ」

「では、それぞれ持ち場を制圧したあとは教会に集合で。その後に領主邸に合流しましょう」

「「了解!」」


 走りながら話をしていたビアンカとリンは、それぞれの持ち場に分かれて言った。

 この時は、まだ別の貴族の騎士が人神教国に混ざっているとは予想していなかった。


 リンは扉が開きっぱなしになっていた玄関から、ワース商会に踏み込んだ。

 中でゴロツキが酒を飲んでいた。

 リンはこんな時によく酒なんか飲めると思ったが、よく見ると何人かゴロツキにしては小綺麗で立派な剣を下げていた。

 とても不自然な光景に、リンは違和感を感じていた。

 リンはゴロツキに向かっていき、捕縛を開始した。


「バスク名誉男爵である。大人しく縄につけ」

「あ、王都からの騎士か? ちっ、予定よりも早くきやがった」

「相手は三人だ。さっさとやっちまうぞ」


 ゴロツキは二十人はいた。一斉に剣を抜いてリンたちに襲いかかってきたのだが、リンにその剣が届くことはなかった。

 スラタロウが音もなくすすすとリンの前に進んでいき、強力なエリアスタンを放った。


「「「うぎゃーあ!」」」


 ゴロツキは急に放たれたエリアスタンを防ぐことができず、まともに魔法を受けて動けなくなった。

 スラタロウがエリアを生かさず殺さずの威力で放ったので、ゴロツキは当分の間動くこともできないだろう。


「ふう、流石はスラタロウ。見事な魔法制御だ。ポチ、コイツラを糸で縛ろう」

「かしこまりました」


 リンとガルフとマルクは、スラタロウと共に動けなくなったゴロツキを縛り上げていく。

 縛り終えたリンたちは、商会の中を調べ始めた。

 商会はやはりカモフラージュで、中には武器が大量に置かれていた。

 この武器を何に使うかと考えただけで、リンはゾッとする思いだった。

 念の為にポチに糸で武器を縛ってもらい、直ぐに使えなくした。

 そんな中、ガルフがある書類を見つけた。

 

「リン様、こちらを。どうやら武器の出どころです」

「確かこの貴族は、以前軍でも人神教を信仰して揉め事を起こしていたはず。となると、更に大事を計画していたのか」


 リンは思わず天を見上げた。

 完全なる国家反逆の証拠を掴み、事の大きさを再認識せざるを得なかった。

 畳み掛けるように、マルクから追加の情報がもたらされました。


「リン様、やつらの荷物から貴族の紋章付きの剣が出てきました。どうやらこいつらは、その書類にあった貴族の騎士のようです」

「これはただ事では済まないぞ、私は人神教会に向かう。引き続き捜索を頼む」

「「はっ」」


 リンは現場をガルフとマルクに任せて、急ぎビアンカのいる教会に走っていった。


 一方、人神教会に踏み込んだビアンカは、凄惨な現場に思わず息をのんだ。

 中には多数の騎士とゴロツキがおり、祭壇前には司祭の服を着た老人がいた。

 そして司祭と思われる老人の前には、血まみれで倒れている中年の男女がいた。

 手足がが折れ曲がっており、激しい暴行を受けたのが一目でわかる。


「おやおや、これは小さな騎士様。こんな所においで頂くとは」

「貴様は人神教会の司祭じゃな。ギース卿はどうした!」

「ご覧の通り、死を賜りましたよ」

「最初から殺すつもりで誘拐したのじゃな」

「いえいえ、丁寧に人神教会へお誘いしましたよ。まあ邪教徒に人権はありませんがな」


 クククと司祭が笑ったのと同時に、男らが一斉に剣を抜いた。

 しかし、ビアンカ達は全く慌てていなかった。


「フランソワいくぞ、サンダーウォール!」

「「「ぐわあー」」」

「ふっ」

「はあ!」

「ぐえ、化け物か」


 ビアンカとフランソワによる広域魔法で、男らは一気に戦闘不能となった。

 辛うじて魔法を防いだ者もいるが、オリガとマリリによってあっという間に無効化された。

 そんな中、司祭は黙って男どもが倒れるのを見ていた。


「そうか、貴様らが各地で我々の活動を邪魔しているやつらか」

「妾としては、ただ自国を守っているにすぎんのう」

「ふっ、儂らとお前らは水と油の様に相なれないものだな」

「戯言を、大人しく縄につけ!」

「おやおやこれは勇ましいお嬢様だ。だが既に遅い、森から数千の魔物や魔獣がこの街を襲うだろう」

「何?」

「儂もその一人になろうぞ。ははは」


 司祭は突然魔獣となり、雄叫びをあげながらビアンカ達を襲った。

 しかし魔獣の攻撃はオリガにより難なく防がれ、マリリの魔法により後方に吹き飛ばされた。


「ふっ」


 ビアンカは魔法剣を一閃し、魔獣の頸を落とした。

 魔獣は大きな音をたてて崩れ落ちた。

 

「ビアンカ殿下、ワース商会を制圧しました」

「リンか、こちらも終わったのじゃ」


 リンが人神教会の中に入ってきた。

 リンは祭壇の前の惨状をみて、状況を理解したのだろう。

 あえて何も言わなかった。


「誘拐された直後に殺害されておる。最初から殺すつもりだったのじゃ」

「分かっているとはいえ、改めて人神教国に怒りを覚えます」


 リンはギュッと拳を握りしめたが、頭をふって気持ちを入れ替えた。


「ビアンカ殿下、ワース商会で大量の武器を押収しました。例の軍で騒いでいた貴族が絡んでいるようです」

「妾も、そこに倒れている騎士を見て直ぐに分かったのじゃ。明確な国への反逆じゃな」

「この後はどうしますか?」

「妾は急ぎ領主邸へ向かう。マリリもついてこい」

「かしこまりました」

「リンはミケと合流を。どうも奴らは森から魔獣と魔物をこの街に向かって放つという」

「えっ、本当ですか?」

「この魔獣化した司祭の言うことだから、信用はできぬ。しかし、念には念を入れよう」

「分かりました。オリガさんとガルフさんとマルクさんで、ここの監視を行い、私とポチとスラタロウでミケちゃんの所に合流します」

「うむ、頼んだぞ。ミケの事だから魔獣如きではやられぬが、数が多いからのう。念の為に、妾のフランソワとタコヤキも連れていくのじゃ」

「ありがとうございます」


 リンは腕にスラタロウとタコヤキを抱き、両肩にポチとフランソワを乗せて走り出した。

 教会の中の男らの拘束も終わり、ビアンカも領主邸に行く準備ができた。


「よし、妾達も向かおう。オリガよ、後は任せた」

「ビアンカ殿下、お気をつけて」


 ビアンカは、マリリと共に領主邸へ向かって走り出した。

 この騒ぎがまだ終わらない事を理解すると、頭が痛くなる思いだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る