第百四十一話 領主邸での惨劇

 俺とエステル殿下は急いで領主邸に向かう。

 領主邸の門では、兵士が複数倒れていた。

 胸を刺されていて、血の池があたりにできている。


「ちくしょう、全員死んでいる」

「サトー、この傷は普段剣を使ってる奴の仕業だ。正確に心臓を貫いている」

「となると、奴らは傭兵を雇ったのか?」

「分からない。けど急がないと」


 俺とエステル殿下は頷いて、急いで領主邸の中に入る。

 と、中から女性の悲鳴が聞こえてきた。


「いやー、止めて。近寄らないで!」

「へへ。どうせ死ぬんだから、楽しませてくれよ」

「いやー」


 どうも中に押し入った連中が、家人を襲っている様だ。

 エステル殿下が、堪らず悲鳴の聞こえた部屋に向かって走り出した。

 一階のホールから聞こえているみたいだ。

 俺も急いで後に続いていく。


 バン。


 閉じられたドアをエステル殿下が蹴破ると、中では複数の男が貴族令嬢を犯そうとしている所だった。

 その様子を見たエステル殿下は、怒りが頂点に達したようだ。


「貴様ら、一体何をしている!」

「何だお前らは!」

「うわあ」


 エステル殿下が男達に切りつけ始めた。

 あ、頭に血が上って完全に殺しにかかっている。


「タラちゃん、急いで奴らを拘束して」

「分かった!」


 エステル殿下が貴族令嬢を犯そうとしていた男を全て殺してしまう前に、他の男をタラちゃんに拘束してもらう。

 エステル殿下が切った男も、命があるものは適当に回復魔法をかけて拘束していく。

 腕を切断された者は、止血だけしておこう。

 最終的に十二人の男を拘束し、二人が殺されたようだ。

 まあ、こんな事しているのだから、ろくなやつじゃないだろう。


「はあはあ」


 エステル殿下も途中で気がついたか、致命傷は最初に切った二人だけで、後は手足の切断にきりかえていた。

 俺は急いで毛布を出して、貴族令嬢にかけた。

 ドレスはボロボロで下着も引違れていたので、とても人様に見せられる姿ではない。

 顔を殴られていたのか大きなあざがあり、他にも多数のあざや切り傷があった。

 急いで聖魔法をかけて治療をしていく。

 エステル殿下も剣をしまい、貴族令嬢に声をかけた。


「大丈夫か、ヘレーネ」

「え、あ、エステル様?」

「そうだ、助けにきた。間に合って良かった」

「エステル様? エステル様! うわーん」


 どうもこの子が、エステル殿下とリンさんの同級生らしい。

 ヘレーネと呼ばれた女性は、駆けつけたのがエステル殿下だとわかると、抱きついてわんわん泣いていた。

 治療したときに体のあちらこちらを骨折していたのが分かったが、本当に間に合って良かった。

 ここでヘレーネ様がハッと何か気が付いたようだ。


「エステル様、お父様とお母様が賊に連れられて!」

「今、仲間が人神教会に向かっています」

「あと、上の階にお兄様と奥様と赤ちゃんが!」

「何だって?」

「エステル殿下、俺が見てきます。そいつらの監視もお願いします」

「ああ、任せてくれ」


 上の階にヘレーネ様のお兄さんがいるというので屋敷の捜索を開始したが、屋敷の中は悲惨な状況だった。

 扉という扉が壊され、中にあったものは手当り次第に引っ張り出されている。

 屋敷の中にいた人は軒並み切られていて、殆どが心臓を一撃されていた。

 僅かに生き残っていた家人の治療を行いながら二階を捜索すると、とある部屋で若い男女が血を流して倒れていた。

 急いで駆けつけて見たものの、出血量が多く既に事切れていた。

 特に男性の方は手足が不自然に曲がっているので、さっきの奴らに拷問を受けていたようだ。

 女性の方は体を丸めた形で事切れており、背中に複数の刺し傷があった。

 ふと、女性のお腹のところから小さな声が聞こえてきた。


「あぅー」


 女性に抱かれる形で出てきたのは、小さな赤ちゃんだった。

 まだ首が座ったばかりだろう。まだ小さな赤ちゃんだ。

 この女性は、必死に我が子を守っていたのだろう。

 

 ドタバタ。


 後ろから足音が聞こえてきた。

 赤ちゃんをだきながら剣を構えて警戒していると、現れたのはエステル殿下とヘレーネ様だった。

 ヘレーネ様は着替えたのか、別の服をきていた。

 俺は二人に向かって首を横に振った。

 その瞬間にヘレーネ様が崩れ落ちた。

 

「お兄様、お姉様。うぅ……」

「ヘレーネ」


 ヘレーネ様は、顔をおおい嗚咽が止まらない。

 そんなヘレーネ様を、エステル殿下が抱きしめていた。


「あぅー」


 いきなり両親を失った赤ちゃんが、とても不憫でならない。

 腕の中にいる赤ちゃんを眺めていると、エステル殿下が衝撃的な事を伝えてきた。


「サトー、さっきの奴らは貴族の騎士だったよ」

「はあ! 何だって?」

「ふえーん」

「ああ、よしよし。エステル殿下、一体どういう事ですか?」

「前に人神教を信仰していて軍でも困ったのがいると言ったけど、そいつらの家の奴だったよ」

「アルス王子も軍務卿も悩んでいましたね。うん? やつらだともしかして複数の貴族家ですか?」

「ああ、三つの貴族家だ。ギース伯爵領とは小領地の貴族を挟んだ北側にある。ギース伯爵領まで約三日、王都までは約四日の距離だな」

「ということは、このテロ行為もいきあたりばったりではなく、計画されたものですね」

「そう考えるのが妥当だろうね。あーあ、お父様に何で伝えればいいかなやむよ」

「ビアンカ殿下とかが戻ってきたら、急ぎ対応しましょう」


 俺は二階の窓から外の様子を眺めながら、この騒乱が暫くは続くと予感していた。

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