第百二十二話 託された想い

 さて、ビルゴとの決着がついたのだがまだ問題はある。

 しかも俺は未だに動けなくて、体の中を何かが動いているのが続いている。

 これって結構ヤバいのでは?

 と、ここで伯爵が伯爵夫人に何かをするように言ったようだ。


「おまえ、頼む」

「はい、あなた。エリアヒール」


 伯爵夫人は、広範囲の回復魔法を唱えた。

 その効果は凄まじく、黒のオーブからの雷撃を受けて倒れていた面々が不思議そうに起き上がっていく。


「これは、物凄い魔法だ」

「凄まじいのう、全快しておる」

「本当だ、もう痛くないよ。凄い凄い!」


 アルス王子とビアンカ殿下が、その回復魔法の効果に驚いている。

 ミケはぴょんぴょん飛び跳ねていて、伯爵夫人が楽しそうにミケを見ていた。

 しかし、俺は少し楽になっただけで相変わらず動くことができない。

 そんな俺の様子に、エステル殿下とリンさんが気がついたようだ。

 

「サトー、大丈夫?」

「サトーさん、しっかりして下さい」


 エステル殿下とリンさんが俺のことを起こしたが、未だに動くことができないでいた。

 そんな俺の所に、伯爵夫人がゆっくりと近づいてきた。


「これは黒のオーブの魔力を大量に浴びたせいですね。負の魔力に体が侵されています。このままでは機能不全に陥ってしまいます」

「機能不全? ねえ、どうすればサトーは助かるの?」

「お願い、サトーさんを助けて」


 伯爵夫人の言葉にエステル殿下とリンさんが驚き、涙を浮かべる。

 そんな二人の動揺した様子をみても、慌てることなく伯爵夫人は言葉を続けた。


「サトーさん。体の中に聖魔法か生活魔法を循環させるイメージで、魔力を流して下さい」


 伯爵夫人のアドバイス通りに、体の中に魔力を循環させていく。

 最初は少し魔力を流すだけでもきつかったが、段々と楽になってきた。

 そして、何故か聖魔法が使えるというイメージが俺の中にあった。

 回復魔法の要領で体に聖魔法を流すと、へその辺りに黒く淀んだ所がはっきりとわかったので、そこを重点的にして魔力を流していく。

 暫く魔力を循環させていると、完全に淀んだ所がとれたようだ。


「流石ですね、ちょっとしたアドバイスでここまで魔力操作をするとは。今まで体の中にあった負の魔力を消し去った分、かなり強力な聖魔法が使えるようになりますよ」

「本当だ、体が軽くなっただけでなく魔力がスムーズに流れていく」


 今まで制御の腕輪を着けていた分もあるが、魔力が溢れてくる様に感じる。

 どうも黒のオーブから受けた負の魔力を消し去ったことで、俺は何故か聖魔法に目覚めたらしい。

 と、ここで俺が驚いた顔をしていると、エステル殿下とリンさんが泣きながら俺に抱きついてきた。


「うわーん、サトー良かったよ」

「サトーさん、助かってよかった」

「心配かけてすまない」


 お互いに抱き合っていると、伯爵夫人はあらあらと口に手を当てて微笑んでいて、伯爵もワハハと笑っていた。


 さて、ここで気を取り直してお互いに話し合う。

 とはいっても回復したとはいえ、激しい戦闘で皆ボロボロだ。

 バルコニーに座って、話をすることになった。

 ちなみに俺の両脇には、エステル殿下とリンさんが不安な表情でくっついていた。

 膝の上では、ミケが座っている。

 また、俺の周りだけ人口密度が凄いことに。


「アルス王子、この度は我が領の危機を救って頂き本当に感謝する」

「私からもお礼を申し上げます。領民を救って頂きありがとうございます」


 伯爵夫妻は、揃ってアルス王子に感謝を述べていた。

 

「いや、今回は感謝するならサトーにだな。サトーが体を張って黒のオーブを機能停止にしなければ、伯爵夫妻だけでなく我々も全滅していた」


 アルス王子が感謝は俺にと言ってきたが、俺はただ必死にやっていただけなんだよ。


「以前に妻から聞いていたが、中々の剣の腕前だな」

「私は、この姿で会うのは初めてですね。うふふ、ブルーノ侯爵領でのお姿とても綺麗でしたよ」


 伯爵は俺の剣の腕前を褒めてくれた。それに対して、伯爵夫人は俺が女装してブルーノ侯爵領にいた事を知っていたようだ。

 女性から女装を褒められて、俺はかなり微妙な気持ちだ。


「アルス王子、我が息子と娘がご迷惑をおかけし申し訳ない。親として痛恨の極みです」

「エステル殿下も、息子の婚約者となりかなり苦悩したと思います。これも母親として何もできなかった為です」

「いえ、それに私はこの手でダインを手に掛けました」

「それは仕方ない事です。ダインは人としての尊厳を捨てました。叶うことなら、私の手で息子をどうにかしたかったのですが」


 伯爵夫人は、涙ながらにエステル殿下に謝罪していた。

 自分が息子を殺したかったが、それも叶わなかったのも悔しいのだろう。

 伯爵もギュッと唇を噛み締めていた。

 息子と娘の不甲斐なさに、親としての責任を感じているのだろう。

 

「今までの経緯は、我々の部屋に一切を記してある」

「私達は人一倍魔力抵抗が高く、魔獣の薬は効果ありませんでした。その代わりに従属の魔道具によって、半ば強制的に操られていました。ただ、一日にほんの僅かな時間ですが自我を取り戻していました。その時にできる限りの事を記しました」

「分かった、感謝する」


 伯爵夫妻がアルス王子に今までの経緯を記したものがあると伝えたが、何故直接伝えないのか。

 俺は疑問に思ったが、その答えは直ぐに分かった。

 突然伯爵が吐血したからだ。


「先ほどの回復魔法で治らないとは、もう時間がないのじゃな」

「流石は聡明と名高いビアンカ殿下、まさにその通りです」

「ビアンカ殿下、まさかそうなのですか?」

「ああ、これはどうしょうもない」

「私達はビルゴにこき使われていて、もう体が限界なのです。罪人として刑を受けることも、もはや叶いません」


 伯爵夫人の顔色も、相当に悪い。

 本当にもう、体が限界なのだろう。

 それでも苦しいところを見せないあたり、本当に立派な貴族の夫妻なのだろう。

 伯爵は服の中から、とある短刀を取り出した。


「アルス王子、ランドルフ伯爵の証を王国にお返しします。領と民を宜しくお願いします」

「うむ、確かに受け取った」


 伯爵はアルス王子に証を無事に返せたのをみて、ほっとしていた。

 そして、腰から剣を取り出し俺に渡した。


「サトーよ。刀が折れたのでは、この先闇ギルドや人神教国と戦うには不便だろう。この剣を使うが良い」

「そんな、こんな大切なものを受け取れません」

「我と対等に戦えた証だ。我は剣にはそれなりの自信を持っている。それにこの剣を抜けば、サトーに預けるその意味が分かるだろう」

「では失礼して。これは、まさか魔法剣ですか?」

「これはオリジナルに近い性能を持っている。正しい力を持っている物が使えば、この剣も本望だろう」

「では、有り難く頂戴します」

「うむ」


 伯爵は俺に剣を渡せて満足そうだ。大切に使わせて貰おう。

 ここで伯爵夫人も、手に持っていた杖を俺に渡してきた。


「実はこの屋敷の中に、末の娘がおります。私と主人の正しい心を受け継いだ、とても優しい子です。その子にこの杖を渡してください。あの子は私に劣らない素晴らしい魔法使いになります。サトーさん、娘の事を宜しくお願いします」

「分かりました。この杖を、お嬢様にしっかりとお渡しします」

「ただ、あの子は息子に襲われて手足を失っています。でも、今のサトーさんならきっと再生させる事ができるはずです。この屋敷のメイドもお助け下さい」


 何と、ダインは実の妹も襲っていたのかよ。

 しかし伯爵夫人は、俺ならきっと助けられると言っていた。

 どれだけできるか分からないけど、できるだけの事をやってみよう。


 伯爵夫妻はおもむろに立ち上がって、ひびの入った黒のオーブを手に取った。


「名残惜しいが、時間のようだ。人生の最期にこうやって楽しく話ができて、ランドルフ伯爵を王国に返せた。とても満足している」

「この黒のオーブは不安定な状態です。私達が上空で魔力を流して破壊します」


 そう言って、伯爵夫妻は手を取り合って空に飛び上がっていた。


「アルス王子、ランドルフ伯爵領と民をお願いする」

「承知した」

「皆さんもお元気で」


 これで別れだと言うのに、伯爵夫妻は晴々とした笑顔だった。

 俺もみんなも、思わず目頭が熱くなる。

 その間も伯爵夫妻はどんどんと上空に上がっていき、その姿が小さくなっていった。


「すまないな、最期につきあわせてしまって」

「死ぬときは一緒だといったじゃないですか。こうして一緒に行けるのは幸せです」

「そうか、それは良かった。では、いこうか」

「はい、あなた」


 上空に上がった夫妻が全く見えなくなった時、上空で大爆発が起きた。

 伯爵夫妻がひびの入った黒のオーブに強制的に魔法を流し、爆発させ破壊したのだろう。

 こちらまでくる爆風に一瞬目を背けたが、皆再び上空を見上げた。


「うわあ、虹がかかっているよ」

「そうだね」


 粉々になった水晶玉に反射してできたのか、あるいは別の理由か。

 俺達は暫しの間、バルコニーから空にかかる虹を見つめていた。

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