第百二十一話 ビルゴの最期

 伯爵夫妻は何とか立ち上がっているが、先程の黒のオーブからの雷撃のダメージもありかなりボロボロだ。

 それでも自分の意志と関係なく、ゾンビの様にこちらに向かってくる。


「ビルゴ、伯爵夫妻はもうボロボロだぞ」

「ははは、だからどうした? 意識がなかろうが、お前らを殺す命令をやり遂げるまでは止まることはないぞ」

「狂ってる。お前らは本当に狂ってやがる」

「だからどうした? いくら綺麗事を言っても、最後まで立ってなければ意味はないんだよ。伯爵夫妻を止めるなら、お前が伯爵夫妻を殺すんだな」


 くそ、なにかの強力な暗示がかかっているのか?

 目の前の伯爵夫妻は手足が折れている為か、歪な歩き方をしながら俺に向かってくる。

 その後ろで、ビルゴが俺に向かって高笑いをしている。

 何かこの場をどうにかする方法はないのか?

 俺はふと思ったことを試すために、複数のナイフを取り出し伯爵夫妻とは別の方向に向けて投げた。


「おや? どこにナイフを投げたかと思えば、黒のオーブにですか。無駄ですよ、黒のオーブには強力な結界が張られていますからね」


 俺は、ナイフをバルコニーに置いてある黒のオーブめがけて投げつけた。

 黒のオーブに当たりそうになったナイフは全て弾かれ、黒のオーブが置かれている台座にはナイフが刺さっていた。

 ビルゴの言った通りに、黒のオーブには強力な結界が仕組まれているようだ。

 だが、俺は見逃さなかった。

 俺が黒のオーブにナイフを投げた瞬間、ビルゴが慌てていた事を。

 やはりあの黒のオーブを破壊すれば、伯爵夫妻は止まるだろう。

 後は、どうやって破壊するかだな。


 俺は伯爵夫妻に対して刀を構え、刃に魔力を流し始めた。

 ビルゴは俺の攻撃内容に気がついたようだ。


「はは、バスク領で見せた魔法障壁をも破壊する技ですか。確かにその技なら、いくら強いとはいえ確実に伯爵夫妻を殺害できるだろう」


 どうやらビルゴは、俺が空間切断剣で夫妻を殺すと思っているようだ。

 ビルゴはこの技の威力を知っているので、俺にニヤけた笑いをしている。

 魔力を十分に刀に溜めた所で、俺はショートワープを使った。

 ビルゴは、目の前から俺が消えてかなり焦っていた。


「なっ? どこに消えた」

「ここだよ」

「おい、やめろ!」


 俺がワープしたのはバルコニー、黒のオーブの直ぐ側。

 ビルゴが止めようとするが、俺は構わず黒のオーブを切りつけた。


「ぐぁ、何という魔力の暴走だよ」

「やめろ!」


 ビルゴが叫んでいるが、構わず黒のオーブに刀を突き刺す。

 黒のオーブにかけられた障壁自体は直ぐに破壊できたが、本体を傷つけ始めた瞬間、黒のオーブが凄まじい魔力暴走を始めた。

 念の為に俺の体にかけていた魔法障壁なんぞ関係なしに、暴走した魔力が俺の体を流れていく。

 あまりの魔力に体が千切れるような激痛をあげているが、それでも俺は構わず刀に魔力を込める。

 黒のオーブにヒビが走って、それが段々と大きくなってきた。

 

 バキン。


「しまった」


 あと少しで黒のオーブを破壊できるというところで、刀が魔力の衝撃に耐えられず折れてしまった。

 俺は魔力暴走で受けたダメージの為に立つことができず、その場にドサリと倒れ込んでしまう。

 体の内側をドス黒い物が駆け巡っていて、気を抜いたら意識を話しそうだ。

 歯を食いしばって何とか立ち上がろうとするが、体が全く動かない。


「ふう、思わず冷や汗をかいたよ」


 ビルゴが額の汗を拭いながら、剣を構えて俺に近づいてくる。

 いかん、魔力を操ることすらできない。


「しかし、黒のオーブの破壊には失敗したようだな。ご苦労な事だ」

「くそ」

「安心しろ。お前を殺したら直ぐに仲間も殺してやるよ。あの世で仲良くやるんだな」


 ビルゴの背後には伯爵夫妻が続いていた。

 これは俺は完全に詰んだな。


「ではサトー、さようなら」


 ビルゴは剣を構えた。そして俺を殺そうと振り下ろそうとして……

 その剣を振り下ろす事ができなかった。

 

「ギャァァァ。腕が、腕が。意識はないはずなのに何でだ!」


 伯爵が剣を振り下ろし、ビルゴの腕を剣ごと切断した。

 突然の伯爵の攻撃にパニックを起こすビルゴに対して、伯爵夫人が魔法を唱えた。


「グギャア! これは一体何だよ!」


 伯爵夫人が放ったのは何度も見た雷撃魔法だったが、黒い色ではなく普通の黄色だった。


「ビルゴ、よくもここまでやったな」

「あなたの事は、絶対に許しません」


 倒れ込んだビルゴに叫んだのは、ビルゴに操られていたはずの伯爵夫妻だった。

 先程の様に淀んだ目をしていなく、強い意志の目でビルゴを睨みつけていた。

 ビルゴは突然の伯爵夫妻の攻撃に、バルコニーの床の上に倒れて狼狽えるだけで何もできていない。


「そのものが黒のオーブを機能停止にしたことで、我々にかけていた暗示が解かれたのだ」

「私達を魔獣化できない代わりに、よくも長い間操ってくれましたね」


 伯爵夫人が再び手をかざすと、再度雷撃がビルゴを襲った。

 積年の恨みが溜まった、かなり容赦ない一撃だ。


「ギャァァァ、ギャァァァ!」


 ビルゴは受けた雷撃の凄さに、体をビクンビクンと震わせている。

 伯爵夫人の雷撃が止まると、ビルゴはよだれを垂らして体を痙攣させており、失禁もしてかなり醜い姿と晒していた。

 そこに剣を構えた伯爵が、ビルゴを睨みつけていた。


「我がランドルフ伯爵領の民を害した罪、今ここで償ってもらおう」

「た、たしゅけ……」


 伯爵は、迷いなくビルゴに剣を振り下ろし頸をはねた。

 ビルゴは最期に何かを言おうとしていたが、それは叶う事はなかった。

 

 王国の多くの領を大混乱に陥れた闇ギルドの幹部、ビルゴ。

 執拗にサトーを殺害しようとしたその最期は、この男らしい惨めな終わり方だった。

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