第百二十話 伯爵夫妻どの戦い

「やあ、サトー。随分と早かったようだね」

「あの数の魔獣では、俺達は止めようもないさ」


 二階に上がると、外のバルコニーに繋がる通路にビルゴがいた。

 ビルゴの前には、二人の武装した人が。

 一人は闇の魔道士。もう何回もやりあっているから間違いようがない。今日も、真っ黒なローブに杖を装備している。

 もう一人は身長の高い筋肉隆々の武人で、盾と片手剣を装備している。着ている鎧の装飾も派手なので、かなりの位の人だと推測される。

 それよりも気になるのが、バルコニーに設置されている物だ。

 豪華な台座の上に、禍々しい水晶玉のような物が設置されている。

 紫色のいやな光を出しているあたり、マトモな物ではないだろう。


「おやおや、流石はサトー。直ぐに黒のオーブに気がつくとは」

「名前からして、とても嫌な感じのするものだな」


 ビルゴが目ざといという感じで、俺の視線に気がついたようだ。

 あのオーブにどんな効果があるかは、今の時点では全くわからないな。


「サトーよ、こちらも見てもらいたいな。勇猛果敢な騎士として有名なランドルフ伯爵に、稀代の魔術師として名を馳せたランドルフ伯爵夫人だ」


 ビルゴが、俺達の目の前にいた二人を紹介した。二人は夫婦だったのか。

 ランドルフ伯爵の方はシルバーの髪をオールバックできめているが、虚ろな目をしていて、顔にも表情がない。

 そしてビルゴは、伯爵夫人のフードを外した。

 茶色いウエーブのかかった髪をしている壮年の女性だ。こちらも目は虚ろで、感情が感じられない。


「アルス王子、ビアンカ殿下。あの二人は、ランドルフ伯爵夫妻で間違いないですか?」

「ああ、間違いなくランドルフ伯爵だ」

「妾も、小さい頃に夫妻に会ったことがあるのじゃ」

「そうですか。できるなら殺しはしたくないですね」


 中々難しいミッションだぞ。今の所ランドルフ伯爵夫妻が魔獣化していないが、この後どうなるかわからないが。

 少なくとも、現時点ではビルゴに操られているのは確かだ。


「では早速始めようか。ああ、屋敷の中にはまだ人がいるから屋敷を壊さないようにな」


 おいビルゴ、その追加情報はいらないぞ。

 そう思っている内に、ランドルフ伯爵が一気に距離を詰めてきた。


 ガキン。


 何という馬鹿力だよ。咄嗟に魔法障壁を張ったけど、踏ん張りきれずに後ろに吹き飛ばされた。

 そこを更に追撃してくるランドルフ伯爵。

 くそ、速さも物凄い。

 アルス王子がランドルフ伯爵に切り掛かり、ランドルフ伯爵が引いた瞬間に体勢を立て直す。

 何とか回避できたけど、いつまでも回避し続けるのはしんどいぞ。

 続けざまに伯爵夫人から、広範囲の魔法が放たれる。

 何とかみんな魔法障壁を張って防いでいたが、このままでは防戦一方だ。


「アルス王子、中々しんどい相手ですね」

「ああ、夫婦だからコンビネーションがバッチリだ」


 アルス王子も倒すのは容易でないと思っている。

 オリガさんが伯爵の攻撃を防ぎ、その隙にリンさんが切りかかろうとしても、すぐさま伯爵夫人が魔法でけん制してくる。

 二階の廊下が広くないから、同時攻撃も難しいし魔法もうまく放てない。

 特に立体的に動くミケなんかは、まともに戦えていない。

 

「ははは、随分と戦うのに苦労しているな。俺から追加でプレゼントをやろう」


 こちらをあざ笑うかの様に、ビルゴが笑いながら追加の魔獣を召喚した。

 くそ、こんな時に限って嫌な追加だ。

 だが魔獣も通路が狭いから、中々こちらにくることもない。

 そうか、無理に相手にあわせる必要もないな。

 馬鹿だよ、最初からこうすれば良かった。


「タラちゃん達は壁に移動し、天井から攻撃を。サファイアは吹き抜けに移動して、空中から魔獣を攻撃して」

「「「了解です」」」


 タラちゃん達が三次元に攻撃を始めて、魔獣が一気に駆逐されていく。


「ふむ、なら妾も動くか。ミケ、ついてこれるか?」

「もちろんだよ、ビアンカお姉ちゃん。スラタロウも一緒に行こう!」


 ここで、ビアンカ殿下とスラタロウを抱いたミケが、身体強化で一気に動く。

 何と壁を走って、俺達と反対方向に移動する。

 そこを領主夫人の魔法が襲ってくるが、マリリさんとタコヤキが領主夫人に魔法を放ち牽制する。


「ナイスじゃ、マリリよ。ミケよいくぞ」

「任せて!」

「くそ、これでは今度はこっちが動けん」


 ビルゴが地団駄を踏むのが聞こえそうだ。

 スラタロウの後方からの援護を受けて、ビアンカ殿下とミケが伯爵夫人に襲いかかる。

 これでこちらも、伯爵の対応に専念できる。

 と、ここであることに気がつく。


「あれ? リンさんにエステル殿下。いつの間に制御の腕輪を外したのですか?」

「私は研究所の時に」

「さっきのダインの時だよ。もしかして、サトーはまだ制御の腕輪をつけているの?」


 リンさんもエステル殿下も、とっくに制御の腕輪を外していた。

 よく見ると、ミケもビアンカ殿下もアルス王子も腕輪を外している。

 もしかして制御の腕輪をつけているのは俺だけ?

 急いで俺も腕輪を外す。

 すると、体の中から力が暴走し始めるのが分かった。


「うお、何だこの力は?」

「何だ? 急にサトーの動きが変わったぞ」


 ビルゴもびっくりしているが、俺が一番びっくりしている。

 格段に動きが良くなったのが分かる。

 だが、まだ体の中で魔力が暴れている感じがする。


「マリリさん。広域魔法を」

「はい、いくよタコヤキ」


 マリリさんに広域魔法魔法を放ってもらい、伯爵が防御体制に入った隙に一気に切りかかる。


 ガキン。


 剣と剣がぶつかる音がするが、互いに鍔迫り合いになる。

 よし、力でも伯爵に負けていない。

 そして、さっきのマリリさんの攻撃であることが判明した。

 一度伯爵から離れ、俺はナイフを三つ投げた。

 伯爵と伯爵夫人と一緒にビルゴへも。

 予想通り、ビルゴもナイフを回避した。


「くそ、何故分かった?」

「さっき魔法を回避したのが見えたのでな。だったら確信に変えるまでと思った訳だ」


 この場にいるビルゴは、幻影ではなく実体だ。

 なら、一緒に攻撃を仕掛けるまでた 。

 魔獣を討伐しおえたタラちゃん達も加わり、一気に攻撃を仕掛ける。

 魔法の飽和攻撃に加えて、打撃も放つ。

 今度は伯爵側が、防戦一方に変わった。

 それを見て、ビルゴが動いた。

 

「くそ、やむを得ん。出力を上げるか」

「ビルゴ何をする気だ?」

「もちろん、サトーを殺す気だよ!」


 胸から魔道具らしき物を取り出し、スイッチを入れた。

 ふと、バルコニーが何やら光りだしたと思ったら、あの黒いオーブとやらから出ている紫色の発光が一段と強くなった。

 ヤバい予感がする。


「退避! 防御を」

「もう遅い!」

「「「ギャァァァ!」」」


 黒のオーブから、敵味方関係なく黒の雷撃が放たれた。

 俺はとっさに魔法障壁を張れたが、他の人は間に合わなかったり、魔法障壁を張れたが吹き飛ばされた人が当たって結果的に黒い雷撃を浴びたりしていた。

 残っていた魔獣も一緒に雷撃を浴びて倒れていたが、こっちも大損害だ。

 皆辛うじて生きているが、ダメージがあって直ぐには動けない。

 そこに、ゾンビの様に立ち上がる伯爵と伯爵夫人。


「どうやらまともに動けるのはサトーだけのようだな。だが、完全に形勢逆転のようだ」


 ビルゴが笑いながら叫んだ。

 くそ、このままではこちらが全滅するぞ。

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