第百十七話 闇ギルドの研究所

「うわ、なんだこれは」

「そこら中グチャグチャですね」

「まるで強盗にでもあったかのようです」


 研究所に入ったリン達が目にしたのは、荒らされていた室内だった。

 昼なのに室内は薄暗く、入口の扉は施錠されていなかった。

 室内は書類がそこら中に引っ張りだされて、あたり一面に散らばっている。

 床には、ポーションの精錬に使用するガラス瓶の破片も散乱していた。

 そのためか、室内には薬臭い臭いもしていた。

 室内の書類の散乱具合から、誰かが何かを探した後に見える。

 オリガとマリリが、散らばっている書類の中から一枚の紙を拾い上げた。


「これは、薬草に毒草のリストですね」

「恐らく、様々な薬を作るためのサンプルかと」


 どんな薬を作っていたかは、専門家による書類の精査が必要だ。

 書類自体はそれ程多くなかったので、手分けして集めて回収していく。

 と、ここで別室を捜査していた騎士より報告があった。

 

「リン様、別室で研究員と思われる人物が倒れていました。殆どは事切れていましたが、まだ息のある者もおります」

「わかりました、オリガさんとマリリさんは直ぐに向かってください」

「「はい」」


 リンは、オリガとマリリを現場に向かわせた。

 リンは戸棚から、日記みたいな本を見つけていた。

 何故か、その本の事がとても気になった。


「何これ。精子に卵子、人工生命体に強化魔獣の成長経緯。まるで何かを意図的に作り出した履歴だ」


 本を開けてみた見たリンは、その内容に驚愕していた。


「これは、精子が天使族で卵子が悪魔族。生まれた双子を出荷だと。ララちゃんとリリちゃんの事ではないのか?」


 隣の本に書かれていたのは、生まれる子どもの血統といつ違法奴隷として送るかの内容だった。

 もしかしてここは薬物生成工場でもあるが、違法奴隷も送り出していたのでは?

 リンは急いで本を回収し、オリガとマリリの元に向かった。


「オリガさん、マリリさん。お待たせしました」

「リン様、一人だけですが助ける事ができました」

「そうか、この惨状の中でよく生きていた」


 あたりには血の臭いが漂い、白衣をきた遺体が転がっている中、壁に寄りかかっている女性にマリリが回復魔法をかけていた。


「ふう、回復魔法に加えてポーションも飲ませたので危機は脱しました」

「それは良かった。貴重な生存者ですから」

「今は気絶していますが、さっきまで意識がありました。隣の部屋に子どもを匿ったから保護してくれと。オリガが子どもを見つけて、騎士と保護しました」


 恐らくその子どもというのは、さっきの書類にも書いてあった違法奴隷だろう。

 子どもを商品の様に扱うなんて、やはり闇ギルドは人ではないとリンは改めて思った。

 そして研究員を殺害して、証拠隠滅を図ろうとしたのだろう。

 不要になったらすぐ切り捨てる、闇ギルドらしいやり方だ。

 リンが周りを見渡して顔をしかめていると、オリガがリンの元にやってきた。


「リン様、子どもに危害は加えられていません。ただ、十人を超えていて手が足りないです」

「こればかりは仕方ないですね。子どもがいる場所は安全ですか?」

「はい、安全に問題はありません」

「分かりました。騎士を一人護衛に配置して、研究所の捜査が終わったら保護しましょう」

「分かりました」


 一人生きていた研究員の事もあり、護衛をつけてリン達は捜査を続ける。

 殆どの部屋を捜索したが、書類が散らばっているだけで他には何もなかった。

 そして、最後に残った部屋の前にリン達はたどり着いた。

 関係者以外立入禁止の貼り紙がしてあり、見るからに怪しい部屋だった。

 中には人の気配が感じられた。

 リン達は気づかれないように、ハンドサインで合図して突入することにする。

 三、ニ、一。


 ドン。


 騎士がドアを蹴破って、リン達は室内になだれ込む。

 室内には、なにかの溶液で満たされたガラス容器が数個並んでいた。

 動物実験でも行っていたのが部屋の奥には檻があり、中には動物の死骸らしきものが転がっていた。

 その中を一人の研究者らしき男が、こちらの様子も気にすることなく一心不乱にメモを取っていた。

 痩せ型で髪はボサボサ、メモを取る様子は狂気に満ちており、一目で普通の人ではないと判断できた。

 その男性に向かって、オリガが叫んだ。


「騎士団だ。お前を捕縛する」


 しかし、男は聞こえていないのかこちらを無視しているのか、メモを取る手をやめていない。

 オリガが再度男に向かって叫んだ。


「おい、お前。聞こえているのか!」


 それでも男は、一向にメモを取る手をやめない。

 流石に怒ったオリガが、男の手を取り書くのを無理やりやめさせる。


「うん、何だね君は。わたしは忙しいのだ、邪魔しないでくれたまえ」


 男はオリガに抑えられた腕をほどこうと暴れるが、オリガの方が圧倒的に力が上なので拘束を外すことはできない。

 直ぐにオリガは、騎士と共に研究者を後ろ手に拘束する。

 

 リンは男が書いていた文字を見たが、全く判別できなかった。

 少なくとも、この国の文字ではなかった。

 取り急ぎ、デスクの上の書類を回収する。

 しかし後ほど、意外な所で内容が判明することになる。

 と、ここで男が何か喋ってきた


「ふふ、何かを探しているのなら既に手遅れだ。既に薬などは闇ギルドが持っていっている。子どもは利用価値がもうないし、邪魔だから放置しているがな。あははは」


 男は暫くの間笑っていたが、急に静かになった。

 そしてブツブツ言い始めた所で、急に雄叫びを上げた。


「うおー!」

「きゃー」

「うわー」

「オリガさん!」


 拘束していた縄を引き千切り、オリガと騎士を突き飛ばした。

 奥歯に何かを仕込んでいたのか、薬を飲んだようだ。

 これは、バルガス領で魔獣になった男の時と同じだ。

 研究員の男は、あっという間に魔獣に変わっていく。


「オリガさん、大丈夫ですか?」

「大丈夫です。油断してました」


 リンは、突き飛ばされたオリガと騎士の所に駆けつけたが、怪我はないようだ。

 魔獣はゆっくり立ち上がって、こちらを見ている。

 しかし、今まで対峙した魔獣と何かが違う。


「ふう、実験は成功したようだな。少しずつ薬を服用すれば、魔獣に変わっても意識を保てるのか。ははは、また研究材料が増えてしまったよ」


 今まで魔獣化したものは本能のままに暴れていたが、今目の前にいる魔獣は人間の言葉を喋っている。

 自らの体を実験材料にするとは、本当にこの男は狂っている。


「おや? そのスライムは。はは、そんなところにいたのか」

 

 突然魔獣が、マリリの抱いたタコヤキを指さしていた。

 何やら事情を知っていそうだ。


「もう一匹のスライムはどうした? 最弱生物の強化実験の失敗作だから、適当に廃棄したはずだかな」

「な、タコヤキを廃棄? お前は正気か?」

「正気も何も、不良品は廃棄する。当たり前の事じゃないか。貴様らも不良品の剣とかを廃棄する。同じ事だよ」

「物と命のあるのは違う」

「はは。お嬢さん、違わないよ。命があろうがなかろうが、不良品は不良品さ。あははは」


 マリリの訴えを無視して独自の理論を展開するが、よく考えたら違法奴隷だって商品扱いしていた。

 こいつらは、人間じゃない。

 人間の皮を被った邪悪なものだ。


「冥土の土産に教えてやろう。ここは人工母体も兼ねている。様々な種族のハイブリッドを作っていたよ。まあ、お前らのせいで計画はストップしたがな」


 更に研究員は、こちらが聞きもしない事をべらべらと喋りだした。

 やはり魔獣化すると、理性は落ちるらしい。


「リン様、もう十分でしょう」

「ええ、どうせ尋問しても手がかりを吐くことはないでしょうし。何より、ここにいることが目障りです」


 リンとオリガは制御の腕輪を外した。手加減なんて必要ない。

 

「やあ」

「せい」


 魔獣の両腕を魔法剣で切り裂く。

 だが、何故か両腕は直ぐに再生した。


「無駄だよ。改良型は再生能力も抜群でね」


 手が触手の様になり、リン達を襲ってくる。

 しかし普段は研究員の為か攻撃の精度が低く、リン達は難なく触手を切り落としていく。

 そして再生される触手を切り落としていくうちに、段々と再生される触手が短くなってきた。


「くそ、再生能力が落ちてきたか」

「やはり、再生能力も無限ではないですね」

「このくらいなら、いくらでも攻略できます」


 研究員が悔しがるが、リン達はこのくらい織り込み済みだ。

 再生能力が落ちている事は、途中からとっくに分かっていた。

 そこにマリリが薙型タイプの魔法剣を発動して、リン達に割って入った。


「ちょっと試させて貰っていいですか?」

「ええ、わたしも同じ事を考えてましたから」


 マリリは氷属性を帯びた魔法剣を発動させていた。

 リンは炎属性の魔法剣を発動させようとしていたので、丁度良かったといえる。


「はあっ」

「うがあ、何故腕が再生しない?」


 こちらの推測通りだった。

 傷口を凍らせると、再生しようにもできないらしい。

 恐らくリンの炎属性の魔法剣でも、火傷した傷口になるので同様の結果になるはずだ。

 更にタコヤキが魔法を唱え、研究員の下半身を氷漬けにした。


「くそ、動けない。これでは逃げられない」


 リン達もタコヤキも、隙あれば研究員が逃げ出そうとしていたのも把握していた。

 しかし、あえて魔獣の攻略方法を探るためにここまで動けるようにしていた。

 もう、これで良いだろう。

 リンは炎属性の魔法剣を発動し、剣を構えた。

 それを見て、研究員は自分の身に何が起きるか把握したようだ。


「うあ、やめてくれ。殺さないでくれ。頼む、やめてくれ」


 研究員は動けない体を何とかしようとしたが、どうにもならなかった。

 絶望の顔色になり、殺さないでくれと懇願し始めた。

 しかし、リンの心の中は既に固まっていた。


「貴様は、同じ様に助けてと懇願した人を助けたか?」

「そ、それは」

「私達も人だ。むやみに殺生はしたくない」

「そうだろう。だから、助け……」

「だか、貴様は別だ。既に人間ではない。今まで貴様に殺されたり命を弄ばれた者の恨みを、その身で思い知りなさい!」

「ヒィィ」


 ざしゅ。


 リンの一撃により、魔獣と化した研究員の頸がドサリと床に落ちた。

 リンの脇では、オリガとマリリが冷静に残心を決めている。


 一分程警戒をしたが、魔獣は再び動き出すことはなかった。

 ふうとリンは息を吐き、次の行動を指示した。


「研究所の外に、囚われていた子どもと助かった研究員を運びましょう。研究員の遺体と魔獣の回収は、その後にしましょう」

「はい」

「分かりました」


 既に物言わぬ亡骸となった魔獣を見つめながら、リンはこれで終わりではなくこれから闇ギルドに人神教国との戦いが始まるのだと感じていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る