第百十六話 ルキアの喜びと軍務卿の怒り

 ランドルフ伯爵領からの兵の異変には、ブルーノ侯爵側とバスク領側にいた子ども達も気がついていた。


 ルキアが指揮をとるブルーノ侯爵領では、ララとリリとレイアが魔獣の中の人間の存在に気がついていた。


「ルキアお姉ちゃん、敵の兵隊さんの中に無理やり悪者にされている人がいるよ」

「リリも分かった。二十人くらいいるよ」

「他の兵隊さんは悪者だね」


 ララ達がルキアに言うが、今は激戦の最中。

 しかも魔獣に変えられてしまっている以上、どうやって見分ければいいのか。

 ルキアは悩んでいたが、以前バルガス領の時に聖魔法で魔獣から人に戻った事も覚えていた。

 

「お姉ちゃん、きっと大丈夫だよ。状態異常回復の聖魔法なら戻せるよ。ララも手伝うよ」

「そうだね、まずはやってみよう」


 ララも聖魔法を使えるので、ルキアを手伝うと言ってきた。

 ルキアとララは、現在戦闘を行なっている場所へ聖魔法を放った。

 

「「セイントヒーリング」」


 光の渦が辺りを照らす。

 状態回復魔法なので、味方にかけても全く問題ない。

 問題は敵の魔獣兵がどのような変化を起こすかだが、果たして上手くいくかどうか。


「おい、急にこいつらの動きが止まったぞ」

「こいつなんか魔獣から人間になったぞ」

「姉さんがさっき使った魔法だ。スゲー効果だ」


 ダメ元で放った聖魔法だけど、効果は絶大だった。

 魔獣の兵は動きを止め、何人かは人間に戻っていた。

 その様子に、ブルーノ侯爵側の兵は驚いていた。


「ふう、ぶっつけ本番だったけどうまくいったね」

「流石ルキアお姉ちゃん。ばっちりだったね」

「人間さんに戻ったよ」

「魔獣のままの人は悪人だから、倒しても大丈夫」


 ララ達もうまくいった事を喜んでいた。

 こうなれば、後は行動するだけだ。


「人間に戻った者は直ぐに保護せよ。魔獣はそのまま討伐せよ!」

「「おー!」」


 ルキアは直ぐに指示を出し、人間に戻った人を保護していく。

 ララ達が見込んだ通り、人間に戻ったのは十八人だった。

 すぐさま保護された人は捕虜として扱われ、後方部隊へと運ばれた。

 そして残った魔獣のままのものは、動く事ができない為に難なく兵によって倒されていく。

 殆どの魔獣が駆逐されたところで、一人の男がルキアに向かって拍手をしていた。


「いやあ、流石はルキア様だ。指揮能力もお見事ですな」

「ビルゴ!」

「いやいや、そんなに睨まないで下さい。美人顔が台無しですよ」


 ひょうひょうとした感じで現れたのはビルゴだった。

 ルキアはすぐさまビルゴに向かって魔法を放った。

 しかし、魔法はビルゴをすり抜けていく。

 ブルーノ侯爵領のお屋敷で現れたのと同じ、幻影の姿だった。


「やはり」

「この姿で現れるのも二回目なので、直ぐに分かりましたか。こちらもサトーの相手をしないといけないので、そう時間がないですよ」


 ビルゴが手を上にかざすと、魔獣が現れた。

 その魔獣に、ビルゴは注射器を使って何かを投与した。

 すると突然魔獣が震えだし、ドンドンと大きくなり筋肉も発達していく。


「ふむ、いきなり強力な薬を投与するよりも、一度魔獣にしてから薬を投与したほうが効果が高いな」

「ビルゴ、また人体実験か」

「これは人聞きが悪い、兵器開発とでも言ってくれ。では、私はこれで失礼するよ」


 ビルゴは三メートルを超える魔獣を残し、笑いながら幻影を消し去った。

 魔獣は、雄叫びを上げてこちらに近づいてくる。

 悪人とはいえ元は人間なのに、こうなると救うこともできない。


「ルキアお姉ちゃん、こっちにくるよ」

「おっきい」

「何だか怖いよ」


 子ども達も、その魔獣の醜い姿に怯えている。

 既に二本足で歩く以外、人としての痕跡が残っていない。

 魔獣に対して兵が切りかかったり魔法を放ったりしているが、中途半端な攻撃では全く効果がない。


「ルキアの姉さん。こいつはどうしますか?」

「私が対応します」

「大丈夫ですか?」

「まあ、見ててください」


 この魔獣は私が倒さないと。

 ルキアはそう思い、制御の腕輪を外した。

 今まで抑えられていた魔力が、一気に解放される。


「おお、お姉ちゃんが光っている」

「凄い魔力だよ」

「もう大丈夫だ」


 早くもレイアは大丈夫と確信していて思わずルキアは苦笑していたが、意識を魔獣に戻した。

 ルキアはムチをだせる魔法剣の柄を取り出し、二本のムチで一気に魔獣を拘束した。

 魔獣は暴れて拘束を解こうとしているが、ムチは意志があるかの様に魔獣に絡みついて離れない。

 ルキアは続けざまに、聖魔法を唱えた。


「セイントバレット、インフィニティ」


 光の弾丸が、ルキアの周りに無数に出現した。

 魔獣は獣の本能で光の弾丸が危険だと判断したようだが、相変わらず二本のムチが絡みついていて全く動かない。


「くらいなさい!」

「グオー!」


 魔獣に向かって、無数の光の弾丸が炸裂する。

 回避することもできない魔獣は、全身に光の弾丸を浴びる事になった。

 魔法の数もさることながら、魔力を圧縮した弾丸はとんでもない威力となる。

 これだけの光の弾丸を全身に浴びて、魔獣が無事であるはずがない。


 ドーン。


 光の弾丸が撃ち終わりムチの拘束が解かれると、魔獣の成れの果てが大きな音を立てて地面に倒れた。

 ルキアの放った魔法の凄さに、皆唖然としていた。


「うおー、ルキアお姉ちゃん凄い!」

「物凄い魔法だよ」

「私もあんな魔法使いたいな」

「ルキアの姉さんスゲー! あんな魔物を簡単に倒しちまったよ」

「流石は次代のブルーノ侯爵だ」

「ルキア様バンザーイ!」


 ララが叫んだのを皮切りにして、次々に驚嘆が漏れていく。

 皆がルキアを囲んで、その魔法に称賛を送っていた。

 ルキアは照れくさそうにしていたが、このブルーノ侯爵領を守れて良かったと誇らしげに感じていた。


 一方、バスク領ではうさぎ獣人のミミとリーフが異変に気がついた。


「おじちゃん、魔獣の中に何人か人がいるよ」

「あ、やっぱりー? わたしも魔力の波長が人間に近いと感じたのがいるよー」

「何だって!」


 軍務卿は、ミミとリーフの報告に耳を疑った。

 兵に襲いかかるのは、どう見ても異形の者。

 魔獣は薬物によって変えられたと知っているが、どうやって判断すべきか。


「うーん。聖魔法使える人がいればなー」

「ミミ、使えるよ」

「本当に?」


 ミミが聖魔法を使えると言ったが、一体どのようにするんだ?


「おじちゃん、肩車して」

「ああ、分かった」


 突然ミミが肩車をすると言い出したので、軍務卿は言われるままにミミを肩車する。


「うっしょ。それじゃあ準備するよ」

「な、何だこの魔力は?」


 軍務卿は驚愕した。

 ミミが魔力を集め始めたらしいが、とんでもない魔力が集まっているのがわかる。

 

「おじちゃん、合図したら兵隊さんを下がらせて」

「ああ、分かった。兵に告ぐ、広域魔法を放つので合図をしたら下がる様に」

「「「はっ」」」


 集まっている魔力からするととんでもない魔法だが、何故こんなに小さな子どもがここまでの魔法を使えるのか軍務卿には疑問だった。


「おじちゃん、準備できた」

「よし、兵よ下がれ」

「「「はっ!」」」


 色々考えていると、ミミが魔法の準備ができたという。

 いかんいかん、思考を切り替えないと。

 軍務卿は頭を切り替え、兵に号令し前線から下がらせる。

 その瞬間を見逃さず、ミミは魔獣に向かって聖魔法を放った。


「ジャッチメント!」


 光の渦が魔獣を飲み込む。

 魔法の威力は、軍務卿の予想の遥か上だった。

 何という凄まじい威力だろう。

 数秒の光の奔流が消えると、あたりには倒されている魔獣と人間に戻った者がいた。


「よし、人間に戻った者は直ぐに保護せよ。魔獣にも念入りにトドメをさすように」

「「「はっ」」」


 軍務卿は急いで部隊に指示を出して、まずは人間に戻った者の確保をする。

 確かに子ども達が言った通りに、六人程魔獣から人間に戻っていた。ダメージを受けているが、まだ息はある。

 対して魔獣のままなのは、殆ど息がない。

 何という高威力の魔法なんだろう。これ程の魔法を使えるのは、宮廷にも数えるほどだ。

 と、ここで突然冒険者風の男が現れた。


「あー、お前はビルゴ!」

「おやおや、これはサトーと一緒にいる妖精様ではないですか」


 リーフが叫んだが、成程あれがビルゴか。

 曲者と言われているが、確かにひょうひょうとしている。

 と、ビルゴは軍務卿の肩に乗っているミミに気がついたようだ。


「おや、軍務卿の肩にいるのはラビット一号ではないでしょうか」

「その名前で呼ばないで!」

「はは、嫌われてしまったようですね」


 初めてミミが感情をあらわにした。しかしラビット一号とは一体なんだ?


「軍務卿、疑問に思っていますね。その子はモルモット、いわゆる実験体ですよ」

「言わないで、何も言わないで」

「うさぎ獣人だからラビット一号ってわけですよ。はは、不良品と言われて破棄されたと聞いていたがまさかここにいるとはね」

「いやー、もう喋らないで」

「貴様、もう黙れ!」

「おや、軍務卿ともあろう方が感情的になっていますね。これは良くない」


 アルス王子やサトーが闇ギルドをあれだけ毛嫌いする理由が、軍務卿は今更ながら良く分かった。

 闇ギルドは、人を人として見ていない。

 更にいうと、人神教国を信じるものと信じない者とで分けている。

 だから平気で人体実験を行ったり、不良品や破棄といったモノ扱いをする。

 軍務卿の肩で肩車をしているミミが泣きながらビルゴに訴えていたが、逆に面白いものをみた感覚で笑って喋っている。

 こいつらは人間じゃない。悪魔だ。


「我らも忙しいのでね。軍務卿にプレゼントを差し上げて帰るとしよう」

「てめぇ、待ちやがれ」

「それではごきげんよう」


 ビルゴは魔獣を一体召喚し、こちらを馬鹿にしたようにしながら消えていった。

 魔獣が一段階大きくなったかと思ったが、そんな事は些細な事だった。


「ふん!」


 風のように孫のヴィルが魔獣に近づき、突きを繰り出した。

 ヴィルの突きは、体内を直接攻撃する。

 例え鎧や分厚い皮で覆われていても、全く意味をなさない。

 ヴィルに攻撃された魔獣は、こちらを攻撃することなく倒れた。


「おじい様、僕は生まれてはじめてこんなに人を憎いと思いました」


 こんなに怒気をまとった孫を見たのは初めてだった。

 余程、ミミの事に対して闇ギルドに怒りを持っているのだろう。

 リーフもドラコの嬢ちゃんもかなり驚いている。

 だが、軍務卿も孫の気持ちは理解できた。


「ヴィルよ。あやつは人ではない、既に悪魔に成り下がっている」

「はい、おじい様」

「どんな形であれ、生まれた以上は平等に王国の民だ。もうこれ以上、人神教国に王国の民を傷付けさせるわけにはいかない」


 軍務卿は、今まで一国家として人神教国をみていたが考えを改めることにした。

 あれは我が国の侵略者だ、断じて許すわけにはいかない。


「周囲を探索し、残党を滅せよ。王国兵の意地にかけて、探し出すのだ」

「「「はっ!」」」


 軍の士気も高い。それもこれも人神教国に対する怒りがあるのだろう。

 軍務卿は肩車をしていたミミを抱っこの様に抱き直し、未だに嗚咽しているこの小さな少女をあやしながら、これからの人神教国に対しての軍の対応を考え始めた。

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