第百十八話 ランドルフ伯爵嫡子の成れの果て

 一方で屋敷の門を破壊して屋敷内に突入したサトー達は、門番や屋敷で働いている人も見当たらない異常な庭を通り過ぎて、屋敷の中に入り込んだ。

 玄関ホールに入ると、まさに異様ともいえる光景が繰り広げられていた。


「た、助け……」

「うがー」

「いやあー」


 女性の悲鳴が、玄関ホールに響き渡る。

 醜い魔獣と成り果てている者が、メイド服をボロボロに引き千切られた若いメイドを強引に犯していた。

 魔獣は満足したのか、犯したメイドをおもちゃの様に隅に投げ捨てた。

 メイドは体中を殴られたのか、顔や腹などのいたるところがあざになっていた。

 メイドが投げ捨てられたところを見ると、他にも犯されたと思わしき女性がいた。

 皆酷い扱いを受けており、四肢の欠損がある者や目の玉をほじくり出されているものもいる。


「フシュー。おや、そこにいるのはエステルか」

「まさか、ダイン?」

「グヘヘ、婚約者とあろうものが私の顔を忘れるなんてひどい話だ」


 前に話に聞いた事があるが、あれがエステルの婚約者であったランドルフ伯爵嫡男のダイン?

 人間ではなく既に魔獣の姿になっているけど、何とか人間の時の記憶を持ち喋ることができている。品性というものは全く感じ取れない。


「エステルよ、わざわざ俺の元にやってくるとは」

「ダイン、私はお前を倒しにここに来た」

「ははは、次代の世界の王になる俺を倒すだと。中々面白い事をいうな。グヘグヘ」


 ダインと呼ばれた魔獣は、恍惚とした笑みを浮かべながらエステル殿下に笑いかけていた。

 あまりの異様な雰囲気に、俺ですら寒気がする。


「エステル殿下、あのダインって男はかなり狂ってますね」

「いや、学園にいた時からあんな感じだ。世界の王になると常に言っていたよ」

「あれ? そうなんですか?」

「前にあった時もそんな事を言っていたな」

「うむ、周りの人から失笑されても誇らしげに語っていたのじゃ」


 てっきり魔獣化して思考がおかしくなったと思ったが、昔からだったんだ。

 アルス王子とビアンカ殿下も、呆れたように失笑していた。

 まあ、エステル殿下のダインを害虫を見るような視線を見れば良くわかる。

 バスク領でダインの話をしたときに、物凄く嫌っていたのも頷ける。

 できれば一度人間の姿の時にあってみたかった。確かオークみたいだと言っていたな。

 さて、ダインとエステル殿下が対峙している内に、メイド達をこちらに避難させないと。


「タラちゃん。あのメイドに糸を引っ掛けて、こちらに持ってこれるかな」

「大丈夫だよ」


 タラちゃんがそーっとメイドに近づき、糸を引っ掛けてこちらに運んでくる。

 結構ずりずりいっているけど、絨毯がいい物で滑りもいいから怪我しないだろう。

 しかし、ダインはエステル殿下と言い争っているのに夢中でこちらに全く気が付かない。

 本当に馬鹿なんだろう。


「いっしょ。ふう、もう大丈夫だね」

「よし、まずは生活魔法で体をきれいにしてと。回復魔法にかけてポーションも飲ませたいけど、今は意識ある人だけだな」

「妾も手伝おう」


 タラちゃんが運んでくれたメイドをキレイにして回復魔法をかける。

 ポーションを飲ませるのと、怪我の場所の保護はタラちゃんとビアンカ殿下にも手伝ってもらった。

 俺の実力では欠損部位の回復はできない。

 この辺は、ルキアさんと治療方針を決めないと。

 そしてメイドの怪我の部位を確認すると、ある特徴があった。


「ビアンカ殿下、この傷は刃物でつけられた物ではないですね」

「何かにかじられた跡にも見えるぞ」


 ということは、このメイド達の怪我はまさか。

 ここでようやく、ダインがメイド達がこちらに移動したことに気がついたようだ。

 メイドがいないとダインが気づいたときの間抜け面は、かなりの傑作だった。


「あ? 何でそいつ等がお前のところにいるんだ」

「ダイン。お前が喋っている間にずっと運んでいたのだけど。それに気が付かないとは、随分と間抜けね」

「くそー、俺の食料を返せ!」

「は? 何だって!」


 エステル殿下とアルス王子が驚愕の表情をしているが、俺は予想通りだった。

 あのダインは、魔獣化してから人間を食べてやがったんだ。


「この体になってから普通の食事では満足しなくてな。色々試したんだよ」


 ダインが不気味な笑みを浮かべながら喋りだした。


「だか、男は駄目だ。筋張って食えるもんじゃない。ガキも駄目だ、脂肪が多すぎる。若い女が一番だな」


 ダインはよだれを垂らしながら、指折り数えていた。

 もう獣以下に成り下がり、欲求が止められないのだろう。


「人間の体は脆くてな。こうして新しく生まれ変わったんだ。エステルも味見してみたいなあ、よだれが止まらないよ。ああ、たまらん。もう我慢できない」


 ダインは体の中から溢れ出る欲望が止められないのか、遂にエステル殿下に襲いかかってきた。

 だが、エステル殿下は音もなく剣を振るっていた。


「もう黙れ」


 エステル殿下か叫んだ時には、既にダインの頸が体から離れていて、巨体は床に倒れていた。

 勝負は一瞬で終わったかと思ったが、エステル殿下はダインを警戒したままだった。

 何と頸を失ったダインが、ゆっくりと起き上がったのだ。

 そして歪な頭が、首の切断面からはえてきた。


「おや、驚いてないな」

「貴様は既に化け物だから、何があっても驚かないよ」

「エステル! 俺を化け物とは何だ。貴様を喰ってやる!」


 化け物と言われたことに対してダインは激昂し、再度エステル殿下に襲いかかってくる。

 しかし、エステル殿下は冷静に手足を切断しダインの動きを止める。

 ダインは痛みで何かを叫びながら、手足を再生させていく。


「うぎゃあ、痛い。ぐぞ、エステル殺すうー、殺してやる!」


 既に思考回路がグチャグチャになっているダインは、ただエステル殿下を襲うだけになっている。

 それでもエステル殿下は、冷静にダインの体を切り裂いていく。しかも一度に何箇所も切ることはなく、一箇所ずつ切り刻んでいく。

 エステル殿下がダインの体を一箇所ずつ切り刻んでいくたびに、ダインは醜い悲鳴を上げている。


「お前に無惨に傷つけられ、殺された人の痛みが分かるか」

「知るか! 俺は世界の王になるんだ。雑魚どもの命なんて知るもんか!」


 それでもダインは、エステル殿下に向かって自分が偉いんだと叫び続ける。もう手のつけようもない自己主義で貴族主義なのだろう。

 度重なる再生によってダインの体は醜くなり、もはや肉の塊が動いているとしか見えなかった。

 ここでエステル殿下は、武器を剣から魔法剣に持ち替えた。

 魔法剣に魔力を込め、刃が黄色く光り輝いている。


「そろそろ終わりにしよう。お前の声を聞くのは、もう耳障りでしかない」

「エルテェルゥ、武器を変えただけでいい気になるなあ!」


 ダインは気がついてないのだろう。自身の攻撃がエステル殿下に全く当たっていないことを。

 本能だけで暴れるダインに対して、なお冷静なエステル殿下が切りかかっていった。

 エステル殿下はダインの両足を切り捨てる。

 そしてうつ伏せに倒れたダインの背中に魔法剣を突き刺し、一気に魔力を流し込んだ。


「グギャア、何をす……ギャァァァ!」


 体内に強制的に魔力を流し込まれてたまらずダインは大きな叫び声を上げ、その声が玄関ホールに響き渡るが、それでもエステル殿下は魔法剣に魔力を込めるのを一切やめない。

 一分位したところで、エステル殿下はようやく魔法剣をダインから抜いた。

 ダインはプスプスと焦げたような黒い煙を体のいたるところから出しており、辺りには肉の焦げたような臭いがしていた。

 それでもダインは、何とか立ち上がろうとする。

 まるでゴキブリみたいな生命力だ。


「エステ……、殺……」


 エステル殿下は魔法剣を乱舞する。

 ダインの頸をはね、体を細切れにする。

 そしてダインの方を振り返る事なく、俺の方に歩いてきた。

 ダインは再生することなく、物言わぬ肉の塊となっていた。


「サトー」

「エステル殿下、お疲れ様」


 俺はエステル殿下を生活魔法でキレイにしてやり、そのまま抱きしめた。

 エステル殿下もギュッと俺に抱きついて、おれの胸の中で少し泣いていた。

 ダインと対峙していたとき冷静にしていた分、感情が漏れたのだろう。

 まさかダインがあんな非道な事をしているとはエステル殿下も思ってもなく、だいぶショックだったのだろう。

 俺は暫くの間、エステル殿下の頭を撫でながら抱きしめるのだった。

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