第二十九話 室町幕府の秩序
武田軍が、東側より送り込まれた
西側から侵攻した徳川軍は、お
徳川家康は直ちに
国の支配を『既成事実』とするためだ。
浜松は、元々の地名を
「曳馬という地名は……
馬を
退却を連想させる言葉ではないか!
縁起が悪い!」
家康の主張に、家臣たちは
「縁起の悪い名前には感じませんが。
気にし過ぎでは?」
「言葉の力を甘く見ているぞ!
普段から退く、などと申せば……
「……」
「わしは、不退転の決意でこの国を制圧したのじゃ。
『退く』などという言葉を絶対に使ってはならん!」
「はあ……
では、どんな名前がよろしいので?」
「うーん。
さっき、海岸に松林があるのを見掛けたぞ?
浜にある松……
浜松でどうよ?」
家臣たちはますます
「え?
浜にある松だから、浜松?
いくらなんでも芸が無さ過ぎでは?」
「何を申すかっ!
民の視点で考えよ。
しかも
浜松じゃ!
浜松にしようぞ!」
「……」
家臣たちは、反論するのも面倒になった。
やや強引に浜松という名前が誕生した。
それにしても。
織田信長が命名した、
家康には信長のようなセンスがないのかもしれない。
◇
家康を前にして、明智光秀はこう言っていた。
「天下人に
第一に、約束を守ること。
第二に、弱き者を守ること。
第三に、友を選ぶこと。
第四に、秩序を守ること」
だと。
第四の秩序は、非常に
秩序を守るためならば……
約束を破ることも、弱き者を見捨てることも、友を敵とせねばならないこともあるからだ。
◇
家康は、光秀が何を言いたいのか測りかねていた。
光秀は構わず話を続ける。
「家康殿。
まずは、『事実』をはっきりさせようではござらぬか」
「事実?」
「武田軍が北条の大軍を全て引き受けたからこそ……
お
「……」
「多くの血を流さずに済んだ家康殿が、
一方で北条の大軍を相手に多くの血を流した信玄殿が、
これは公平なことに見えるだろうか?」
「光秀殿。
それがしは、信玄と密約を交わしていたのです」
「どんな?」
「
東側を武田が、西側を徳川がそれぞれ分け取りとすることを」
「家康殿。
そんな単純な話で『決着』できると、
「そ、それは」
「大井川は……
その権利をどう分けるかの具体的な話し合いは?」
「……」
「武田軍と徳川軍が『力を合わせて』制圧に成功すれば、大井川あたりを境に分け取りとする。
この程度のことを取り決めただけでは?」
「その通りです」
「要するに。
信玄殿との密約は……
互いに納得するまで十分に話し合った上で交わしたものではなかった。
家康殿が、己の都合の良いように解釈しているだけだと」
「……」
事実を理路整然と詰めていけば、どう見ても家康の方が分が悪そうだ。
◇
「光秀殿。
お忘れでしょうか?
それがしは、信長殿を通じて室町幕府へ届け出ております」
「存じている」
「このような返答がありました。
『遠江国は元々、足利将軍家一門の筆頭が治める国であった』
と」
「
幕府軍の『主力』を務める
「その通りです。
「……」
「『室町幕府の秩序』で考えれば……
今川家も、武田家も、遠江国を我が物とする正当性などないではありませんか」
◇
ここで。
室町幕府の秩序について知っておくために……
足利将軍家一門の筆頭・
畠山家の先祖は、鎌倉幕府の
武勇の誉れ高く、しかも
これほどの立派な人物を殺害した時政は激しく非難され、息子の
実の父親を追放した義時は……
重忠と親しかったのもあり、畠山家を何とか存続させようと尽力する。
目を付けたのは鎌倉幕府を開いた
「足利家から養子を迎えて畠山家の当主とすれば、由緒ある家として生き残れるだろう。
と。
こうして畠山家は、足利家一門の仲間入りを果たした。
後に足利
畠山軍は足利家一門として
これに敗北した鎌倉幕府の
「おのれ!
畠山!
裏切り者!
全員呪い殺してやる!」
義時の末裔たちがどれほどの恨みを残して
畠山家を存続させた義時自身も……
後に、自身の末裔が畠山家によって
歴史は何がどう転ぶか分からない。
◇
もう一つ。
足利将軍家一門の筆頭として、
やがて今川家に遠江国を奪われ、配下の
織田信長が京の都へ上洛して室町幕府の秩序を回復させると、状況はさらに悪化する。
幕府が斯波家を切り捨て、織田家を足利将軍家一門の筆頭へと引き上げたからだ。
「斯波も!
畠山も!
今や落ちぶれて見る影もない。
役に立つどころか、足手まといではないか。
足利将軍家一門の『恥さらし』どもが」
斯波家と畠山家と切り捨てた幕府は、こう命令を下す。
「織田家に
幕府軍の主力を務める
武衛家の務めを果たすために、斯波家から国を奪った奴らを討伐せよ。
一つは
もう一つは
こうして織田信長に、朝倉家と今川家を討伐する役目が与えられた。
◇
家康と光秀の会話に舞台を戻す。
「役目を与えられた信長殿は、それがしにこう話された。
『わしは朝倉家を討って
家康殿は今川家を討って
と」
「……」
「光秀殿。
遠江国を治める『正当性』は、それがしにこそあるのです」
「家康殿!
そのように正当性ばかりを突き詰めていけばどうなる?
北条との
家臣たちへの
争いは激化するぞ?
いずれは信長様も、室町幕府の秩序を守るために信玄殿と戦わねばならなくなるではないか!」
「……」
「織田家と武田家で
どれほどの血が流れるか考えたことはおありか!」
「……」
「それだけではない!
信長様の愛娘の身に危険が及んでも仕方ないと
「申し訳ない……」
「なぜ信玄殿と納得するまで十分に話し合わなかった?
己の都合ばかりを優先するから、余計な争いが起こるのだ!」
【次話予告 第三十話 徳川家康、先祖から受け継いだ信念】
徳川家康は……
織田信長を通じて室町幕府からこう命じられていました。
「遠江国を、奪った奴から取り返せ」
と。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます