第十八話 英雄となる者の条件
「
こう言った上杉謙信に対し……
「武田信玄の面目を潰す?
一体、どういう意味なのですか?」
「景綱よ。
信玄は、
この
「存じております。
信玄に
「彼らの求めに応えなければ、どうなると思う?」
「率直に申し上げます。
謙信様が、侵略を見て見ぬ振りをする御方であるとの印象を持たれるでしょう」
「例えば。
我が兄は……
「『
それがしに加えて
「『侵略という
信玄を必ず打ち倒す!』
こう宣言したわしは……
信玄と三度も戦ったが、直接ぶつかったことはない。
国境の小さい城を巡って小競り合いを繰り返しただけよ」
「このままでは、非難を浴びるかもしれませんな」
「その通りだ。
『必ず打ち倒す、だと?
嘘を申すな!
直接ぶつかったことすらないではないか』
とな」
「今回は、何としても信玄と直接ぶつからねばなりますまい」
◇
2人の会話は続く。
「
3年前に、信玄が何の役職に就いたか覚えているか?」
「
「要するに……
正式な信濃国の『支配者』になったということだ。
わしは、幕府がその役職を信玄に与えることにあえて反対しなかった」
「なぜです?」
「今までの信玄は『攻め』に徹していた。
相手を徹底的に調べて弱点を見付け、それを突いて勝利を重ねてきた」
「そんなものは……
ただの『揚げ足取り』と変わりませんぞ。
弱点のない完璧な者など、どこにも存在しないのですからな」
「ただし!
『守る』立場になれば、そのやり方は通用しない」
「あ!
なるほど。
信濃守護の職に就いたことで、信玄は攻める立場から守る立場へ変わったと?」
「うむ。
信玄には支配者としての『責任』がある。
国を一つにし、民の平和で安全な暮らしを守るという責任がな」
「確かに……」
「ところで。
『英雄となる者の条件』とは、何か分かるか?」
「条件?」
「英雄とは……
『
面目を保つためなら地位を投げ出し、損得を度外視し、己の命ですら危険に
「だからこそ何事も『徹底的』に出来ると……」
「信玄は、何事も徹底的に行ってきた。
英雄に
「謙信様こそ英雄でしょう。
残念ながら、
高い地位に
何事も『中途半端』です」
「信玄は
「それならば……
確実に、信玄と直接ぶつかることが可能となりますな!」
「これで誰もが信じるはずだ。
『上杉謙信は、武田信玄を本気で打ち倒そうとした。
悪行を見て見ぬ振りなどしなかった』
とな」
◇
「謙信様。
具体的にはどんな作戦で臨まれるのです?」
「北から
まず
「善光寺に?」
「あの一帯は、
善光寺周辺に人とモノが『集中』しているからだ」
「重要な場所を敵に占拠されるのはゆゆしき事態。
信玄は必ず、大軍を率いて出撃するでしょうな」
「うむ。
武田軍出撃の報告が入り次第……
直ちに南下して、
「妻女山?
善光寺はどうするのです?」
「5千人の兵だけ置く」
「え?
たったそれだけ?」
景綱は、謙信の考えが読めない。
◇
「謙信様。
武田が大軍で
ひとたまりもありませんぞ?」
「景綱よ。
米山の戦いを思い出せ。
「重要……?」
「
信濃国で最も北の奥にあるからだ。
その『入口』に、妻女山がある」
「なるほど!
その入口に
善光寺平へのモノの流れを止めることができると!」
「
善光寺平に住む民の生活の『補給』は断たれよう」
「おお!」
「そして……
生活の補給を断たれた民の不満は、支配者たる信玄へと向かう。
『なぜ敵の占拠を黙って見ているのか?
信玄は、支配者としての責任を全うしていない!』
とな」
「追い込まれた信玄は、武田軍を率いて妻女山に攻め上がるしかありません。
一方の我ら上杉軍は、山を駆け下った勢いで信玄に強力な一撃を与えられましょう。
見事な策かと存じます!」
「景綱よ。
「はっ」
「信玄に強力な一撃を与えた後は……
勝利したとしても、絶対に追撃してはならん。
その足で
「え?
信玄を打ち倒すのではないのですか?」
「信玄を打ち倒すことなどできん!」
「なぜです?」
「英雄を甘く見てはならん。
打ち倒すまで戦えば、確実に『長期戦』かつ消耗戦となる」
「……」
「
そこに
将たる者、常に『短期決戦』こそ心掛けるべきであるぞ」
「はっ」
◇
2万人の大軍で出撃した武田軍。
信玄は、はたと困り果てていた。
「謙信め!
「父上。
このままでは、民から犠牲者が出てしまいます。
上杉軍に妻女山を降りさせる策が必要でしょう」
信玄の息子・
「良い策があるのか?」
「
善光寺と妻女山のほぼ中間にあります」
「善光寺にある上杉軍の
「
補給を断たれることを恐れ、上杉軍は慌てて妻女山から降りるのではないかと」
「よし!
直ちに茶臼山へ向かうぞ!」
何の障害もなく茶臼山に布陣した信玄。
妻女山を
「謙信よ。
善光寺が危険に
さっさと山を降りよ……」
と。
◇
ところが!
謙信は、全く動かない。
動く気配すらない。
信玄の焦りは
「善光寺平に住む民が孤立して10日以上が経っている!
わしは、信濃守護たる責任を全うしていないも同然ではないか!」
家臣の一人が反応する。
名前を
「それがしに、一つ策がございます」
「何じゃ?
早く申せ!」
「この
「海津城に入る……?
なぜ?」
「『道』があるからです」
「道だと?」
「信玄様。
海津城を、なぜ『あの場所』に築いたのかお忘れでしょうか?」
「そうか!
思い出したぞ。
真田に与えた領地の
そしてわしは、真田郷と海津城を安全に『結ぶ』軍用の道[現在の県道35号線に当たる]を作って補給を盤石なものとした。
その軍用の道を、民の生活に必要なモノを流すのに使えばいいのか!」
「
幸い海津城には、
民の生活に必要なモノを優先しても支障はありますまい」
「よし!
ならば、海津城に向かう。
急げ!」
補給を『重視』していたことが幸いした。
軍用道路を開放することで、善光寺平に住む民を救ったのである。
信玄の
◇
「さすがは信玄。
やるではないか。
これで、おぬしと直接ぶつかることは不可能となったが……
妻女山を占拠しただけでも戦果としては十分だろう。
あとは、いつ退くかだな」
一部始終を見ていた謙信は、『撤退』のタイミングを計り始めた。
運命の9月9日が刻々と迫っている。
【次話予告 第十九話 川中島合戦の正しい解釈】
定説によると……
武田信玄は『啄木鳥の戦法』を採用したようです。
奇襲と挟み撃ちの2点がポイントですが、結論から先に言うとどちらもできません。
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