第3話 鉄道試運転開始
勝の役職は、鉱山頭兼鉄道頭である。
政府の鉄道部門責任者ということになるのだが、勝は現場に行って作業に入った。
多くの反対はあるものの、実は明治二年十一月十日に既に鉄道敷設計画は正式に決定しているのだ。
正式決定したのに、なおも反対を続ける人が多数いる状態だった。
勝は明治二年の鉄道敷設計画正式決定を聞き、「この国に鉄道路線を敷くことが我が使命」と決め、以後、明治四十三年に亡くなるまで、大臣の座にも就かず、鉄道の道を走り続ける。
明治三年三月には、汐留の一角に第一杭が打ち込まれた。
これが今も東京新橋にある0哩標識である。
勝は鉄道部門責任者という立場にあったが、まだ二十代の若者であり、いつも現場に足を運んで、気さくに部下にも声をかけた。
「どうだ、順調に進んでるか?」
「はい、横浜のほうは……」
勝の問いに部下がちょっと困ったような表情を浮かべる。
鉄道敷設のための測量は、六郷川を境にして、東京・横浜の両端から行われた。
横浜のほうは高島嘉右衛門の多大な協力もあり、順調に進んでいる。
しかし、東京側の測量は困難を極めた。
地形の問題だけではなく、兵部省が測量の邪魔をしてきたのだ。
鉄道反対論を唱え、鉄道用地の引き渡しを拒むだけでなく、実際の工事まで邪魔して来る兵部省にあきれながら、勝はお雇い外国人モレルの協力を得て、とにかく工事できるところから手をつけた。
横浜側は野毛浦海岸から測量が始まり、順調に進んでいる。
途中、神奈川宿のある青木町までの間に平沼湾という入江があって大回りになるので、距離短縮のために、近くの伊勢山を切り崩して埋め立て地とした。
これが現在、横浜みなとみらいのそばにある高島町である。
その名の通り、厳しい条件の横浜側築堤工事を一手に請け負った高島嘉右衛門の名前から付けられた町名だ。
「よし、出来るほうからどんどん進めて行こう」
勝は兵部省との交渉を伊藤と大隈に任せ、横浜側の鉄道敷設に力を注いでいった。
工事と同時に、勝は数々の改革も行った。
まずは作業の服装である。
明治になっても、すぐに服装が変わったのではなく、羽織袴に陣笠という服装で、鉄道作業が行われていた。
羽織では作業に向かないため、勝は筒袖股引といった洋装に近い服装で作業が出来るよう取り計らった。
また、日本人の鉄道技術者を育てるため、共にイギリス留学をした山尾とモレルと協力して工学寮という養成機関も設立した。
モレルのように日本の発展に尽くしてくれる外国人もいたが、工員の外国人の中には日本人に無駄な作業をさせたり、下に見るものもいた。
それでも、日本には技術も無ければ、鉄道敷設に使える道具も、資材を作る知識もなく、外国に頼るしかない。
日本最初の鉄道敷設は、建設計画立案も測量も設計も、はては列車の運行計画や運転・保守などもすべて外国人技術者がやっていたのである。
鉄道建設現場の現場監督や実務を担当指導する木工や鍛冶工などの職員までみんな外国人なのだ。
その状況を勝は変えたかった。
モレルはお雇い外国人でありながら、とても日本のことを考えてくれた人で、勝に日本人技術者の養成機関を作ることを勧めた。
それだけでなく、鉄道を管轄する行政機関の設置を提言するなど、日本人だけの手で日本の鉄道を作ることが出来るよう、尽力してくれたのである。
病気がちだったモレルは惜しくも鉄道開業前に病死したが、今も横浜の外国人墓地に眠っている。
モレルの提言はモレルの死後も生き続け、工学寮は後に工部大学校になり、現在の東京大学工学部の前身の一つとなる。
また、明治十年には大阪に工技生養成所も開設され、明治十三年にはこの養成所の卒業生が京都~大津間の鉄道建設工事に活躍する。
滋賀県大津市と京都山科の間にある逢坂山トンネルは、この養成所で学んだ日本人技術者だけで、外国人技師に頼らずに初めて日本人だけで作った記念すべきトンネルなのである。
勝は自らがイギリスで学んだ技術を現場に伝え、服装を変え、養成所を作り、鉄道に関する諸規則の整備にも尽力し、日本の鉄道が技術も資材も道具も国産ですべて用意できるようになるよう、明治初期の時期に種を蒔いたのである。
横浜側の工事は順調に進み、横浜~神奈川間がまず開通した。
そして、明治四年の夏には、横浜~川崎間を鉄道が試運転出来るまでになったのである。
勝や伊藤の先輩であり、長州派の兄貴分である木戸孝允は、開明的な人で、鉄道の必要性を理解しており、横浜~神奈川間が開通した時点で早々に試乗しに来た。
「素晴らしいな、鉄道は」
大隈らと共に試乗した木戸は鉄道の素晴らしさを讃えた。
だが、同時に秀麗な顔に憂いを浮かべた。
「この素晴らしさを西郷や大久保がわかってくれるといいのだが……」
西郷・大久保という薩摩の二人が鉄道建設に未だ反対していることに木戸は心を痛めていたのである。
その答えは翌月に出ることになる。
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