裕揮−4
「もう注文した?」
哲志がメニューを見ながら誰にともなく言った。
「これからです。何、飲みますか?」
有司くんがそれを受け取り、答える。
「う〜ん」
哲志が悩みながら、チラッと俺の方を見た。俺は大丈夫、とばかりに「どうぞ」と言って頷く。どうぞ、俺に構わず、飲んで結構ですよ。
哲志はそれを受け、「お二人は何、飲まれますか?」と有司くんと瑞希くんに水を向けた。
「僕たちは大体、いつも生ですね」
「じゃ俺もそれで。裕揮は?」
「……メロンソーダかな」
「えっ?!」
哲志が店員を呼び出すためのボタンを押すのと同じタイミングで、有司くんと瑞希くんが二人一緒に叫んだ。
「もしかして裕揮くん、このあと仕事だった?」
有司くんが心配そうに言う。
「いや……ただ単に、お酒飲めないだけ」
「ええっ!」
またしても二人が一緒になって叫ぶ。なんか、この二人はいちいちリアクションがシンクロしていて面白い。
「言ってくれれば、居酒屋じゃなくて別の店にしたのに」
瑞希くんが申し訳なさそうに言った。
「いや、大丈夫。居酒屋、好きだし」一葉の料理を思い出すし。
「料理、旨そうだな」
哲志が俺たちの会話を無視して、メニューをガン見していた。
その後、みんなで乾杯をし、適当に料理を何皿か頼んだあと、哲志が、いきなり、切り出す。
「俺たちって傍から見てそんなにカップルにみえる?」
そうだった。今日は、それを訊くのが目的だった。
有司くんたちは、不意をつかれたように、口をつけようとしていたジョッキを元に戻すと、「そうですね。みえました」有司くんが答えた。
「どの辺が?」
哲志が枝豆の先っぽを指でつまんでくるくる回しながら、更に詰めていく。ああ、なんかヤバい雰囲気。この人は、自分が納得するまで、とことんやる人だ。
「う〜ん……」有司くんは箸を置いて腕を組むと、目を閉じ本気を出して暫く考え、そして目を開けると「そこはかとなく?」と言った。
「はい!もう、いいじゃん」これ以上は駄目だ。俺は哲志が駄々っ子モードになる前に話を打ち切った。
「ねぇねぇ、裕揮くんたちの馴れ初め教えてよ」
瑞希くんが何かを察したのか、咄嗟に話題を変えてくれた。
変えてくれたはいいが、その話題もできれば避けて欲しかった。出会いから俺たちのあいだで起こったことを全部話したら、ドン引かれること間違いなしだ。
「裕揮が以前、俺の会社で働いてたんだよ」
哲志がいきなり大人モードにシフトチェンジして答えた。ああ、なるほど。そこから話せばいいのか。って随分、端折ったな。
「へえっ、裕揮くん会社勤めしてたの?なんの仕事?」
瑞希くんが身を乗り出しで訊ねた。
哲志は、スーツの内ポケットから名刺入れを出し、「申し遅れました。我が社ではこういった業務を取り扱っております。何かありましたら是非ご用命を」と名刺を一枚取り出しうやうやしく両手で持つと、瑞希くんに差し出した。
「えっ?代表取締役?ソフトウェア開発?皆川さんってIT社長なの?」
「ははっ、そんな風に言ってもらえると恰好よく聞こえるけど、下請けの下請けのちっちゃい会社だよ。裕揮はそこでエンジニアとして働いてたんだ」
「やめろよ、エンジニアだなんて。見習い中に辞めたようなもんなんだから」
俺は本気で照れて訂正する。
「社長と見習いって、なんかエロいっすね」
少し酔いが回ってきたのか、有司くんがニヤニヤしながらまぜっかえし、瑞希くんに横腹を思い切り肘で突かれていた。
「今度は瑞希くんたちの番だよ。二人はどんな馴れ初め?」
哲志がさっきからずっと同じ枝豆を指でもて遊びながら、片肘に頬を載せて訊ねる。実は哲志は、知らない人が作った料理を食べるのがあまり好きではない。
「僕たちは、高校の寮で出遭って、僕のガチ目惚れでした」
有司くんが堂々たる態度で言った。
「ガチ目惚れ?」
「ガチで一目惚れです」
あ〜…。哲志はチラと瑞希くんに視線を向けると、合点がいったように、「確かに瑞希くん、可愛いもんな。寮って男子寮だろう?ライバル多かったんじゃない?」と枝豆で瑞希くんを指す。その枝豆、やめろよ。
「はい。男子校でしたし。瑞希、途中で転校してきたんですけど、そのとき瑞希の可愛さに学校中がどよめいて、これはヤバいと思って速攻、告りました。玉砕しましたけど」
「玉砕?じゃあなんで今、付き合ってるの?」
「それは……」言いかけて、有司くんは瑞希くんの方を見て、「なんで、こうなったんだっけ?」と首をかしげる。
「なんでだろう。いつの間にか?」瑞希くんの方も要領を得ない。そして、「です」と有司くんが笑顔で無理矢理、締めくくった。
「ふ〜ん」
哲志が一瞬、納得いかないような顔を見せたが、なんとか笑顔をつくると、ようやく手に持っていた枝豆を口に持っていき、中身をぷつっと口に入れた。
その後、何故か哲志と有司くんの飲み比べ大会が始まり、焼酎のロックを10杯以上は飲んだところで二人の呂律が怪しくなって、そろそろお開きにしようか、と俺と瑞希くんで二人をたしなめた。
「哲志!哲志、帰るよ」
俺が下を向いている哲志に大声で叫ぶと、「ん〜?はい」と哲志がスーツの名刺入れとは反対側の内ポケットから財布を取り出して俺に渡すので、俺はその財布と伝票を一緒に持ってレジに向かった。
「あ、待って。俺たちの分!」
瑞希くんがぐったりしている有司くんを抱えながら叫ぶのを置き去りにして、「二人に払わせたなんて言ったら哲志に怒られるから!」と言ってサッサとレジに行って会計を済ませた。すみませんね、うちの子、駄々っ子なんです。
「なんか、ごめんね〜。こっちが誘ったのに」
店の外に出ると、瑞希くんが、肩に有司くんを抱えたまま申し訳なさそうに言った。
「ううん、全然。楽しかったよ」
俺は愛想よく答える。そうだ。意外と楽しかった。哲志が変なこと言い出さないか心配だったけど、こんなプライベートの話ができる人なんて俺たちの間には、そうそう居ない。閉ざされた狭い空間の中で、少し深呼吸ができる通風孔を見つけたような、そんな気分だった。
「じゃあ、ご馳走さまでした。おやすみなさい」
そう言って瑞希くんは、ほら有司、しっかり歩けよ!と足元のおぼつかない有司くんを叱咤しながら帰っていく。
「なんか、あんまり良くわからなかったな」
「うわっ!哲志、起きてたの?」
横を見ると、さっきは完全に潰れていたように見えた哲志が、ケロッとした顔をして立っていた。
「明日も早いしな。早く帰ったほうがいいだろ」
哲志が言いながら、歩き出す。あれだけ飲んで、ただの酔っ払ったフリとは、さすが伊達に歳は食ってないねえと言いたかったけど、やめた。
「良くわからなかったって、何が?」
「だから、俺たちがなんでカップルだってわかったのかってことと、あの二人も傍から見るとカップルに見えるのかってことだよ。あっちは、酔っ払った友だちを介抱する男友達に見えなくもないだろ?」
ほら、と振り向いて、もう遠くにいる有司くんと瑞希くんを顎でしゃくってみせる。
「まだ、そこ、こだわってたの?」
「いや、今日はそこが争点だろ」
「もう、いいじゃん。あの二人と仲良くすれば段々、わかるかもよ」
そう言って俺は、無理矢理、話を打ち切った。仲良くするかどうかは、どうでもいい。ただ、この話を早く終わらせたかった。
俺は気づいていた。俺たちがカップルに見える理由。今日、有司くんたちを見て、はっきりした。きっと歳の差のせいだ。
俺と哲志は間違っても、有司くんと瑞希くんのように、友だち、と言っていいような年齢差じゃない。かといって、親子というほど離れてもいない。その微妙な歳の差が、周りに、おや?という違和感を与えるのだ。
でもそのことを哲志が気にしていないなら、それでいい。
俺たちは、それでいいんだ。
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