哲志−13

 一人で寝るには広すぎるベッドに身を沈め、ふうと息を吐きながら全身の力を抜く。

 疲れた……浅はかな自分に疲れた。俺は裕揮の言うとおり、金さえばら撒けば人の人生を良い方向に持っていけると思いこんでいた、しょーもない人間だ。おまけにイケメンに弱く、色仕掛けで、ころっと騙される。

 とんだ『あしながおじさん』気取りだ。もう裕揮相手に取り繕うのもバカバカしい。どうせ俺はエロオヤジだよ。

 嫌な感情で頭が溢れ返りそうになった頃、リビングの方の照明がフッと消えた。

 帰るのか……。そう思って、ごろりと寝返りをうち、リビングに背中を向けた。もうすぐ玄関の開く音がして、俺はどろりとした後悔の気持ちの中、一人、取り残される。そしてそのうち眠りについて、俺は情けない俺のまま、否が応でも明日を迎えるのだ。そう思いながら目を閉じていると、俺のすぐ真後ろで、鳴るはずのない床がミシッと音をたてた。

 俺は振り向いて、上着を脱ぎながらベッドに潜り込んでくる裕揮を、自然に迎え入れていた。

 すぐ側までやって来た裕揮の体を抱き寄せ腕の中に包む。もしかして、今日の俺を、このまま終わらせないようにするため来てくれたのかい?と性懲りもなく都合のいいことを考える。裕揮は何も言わず、俺の胸に顔を埋めたまま、じっと動かないでいた。

 俺は自分の顔をずらして裕揮と目を合わせると、そっと唇を合わせ「いいの?」と訊ねた。

 自分からせまっておいて、いま一度、意思確認してしまうあたり、やっぱり俺はヘタレな人間だ。

「今更かよ」

 裕揮が眉をひそめるのを見て、そのとおりだな、と苦笑する。本当に何もかも、裕揮の言うとおりだ。

 俺が体を起こしてスウエットを脱ぎ始めると、裕揮も自分で自分の服をさっさと脱いで床に投げ捨てた。さっき、俺を罠にかけたときのような恥じらいなど微塵もない。

 大した演技力だったな、と俺はまた苦笑して、裕揮の上にまたがる。そして、さっき見つけたおへその右上にある小さな傷に、指を触れさせた。

「んっ……」

 手が冷たかったのか、裕揮がビクッと動いて声を漏らした。

「裕揮……これ、おまえを虐待してた男にやられたのか?」

 さっき訊ねかけたことを、やっと訊ねると、暗がりの中で、裕揮がハッとする気配がした。

 そこにあるのは、紛れもなく、火のついた煙草を押し付けられた傷だ。

「それは……」

 裕揮が言いかけて、一旦、言葉を切る。そして片方の腕で顔を覆って表情を隠すと、「それは……お母さんに……」

 その言葉に、俺は大きく息を飲んだ。おまえは、実の母親にまで……。

 ため息だととられないよう、吸い込んだ息をゆっくりゆっくり吐くと、俺はまるで壊れ物に触れるかのように、そっと裕揮の傷に口づけた。少しでも癒やしになるといい、と願いながら。

 それから、俺は出来るだけ優しく、慈しむように裕揮を抱いた。裕揮が怖がってやしないだろうかと、何度も何度も顔を確認した。裕揮はずっと目を閉じていたけれど、時折、んっ、と声を出し、はあっと吐息を漏らして、行為が終わるとすぐに俺から体を離し、床に散らかった服を拾って着始めた。

「待て。まだ、このまま、側に居てくれ」

 俺は、慌てて後ろからその腕を掴んで引き止める。

「……終電がなくなるから」

「送って……」いくから、と言いかけて、さっき酒を飲んだことを思い出した。

「泊まっていけばいい」

 俺が言い直しても、裕揮はまるで何も聞こえていないかのように俺の手をゆっくり振りほどき、上着まで羽織り終わると、俺に背を向けたまま「おやすみなさい」小さな声でそう言って、部屋を出ていった。そして、リビングの向こうで玄関がガチャリと開いて、静かに閉じる音がした。


 次の日の朝、逸る気持ちでオフィスへ入っていった俺は、塚本くんと何やら話をしている裕揮の姿を真っ先に目で捉えた。

 良かった。あのまま姿を消されたらどうしようかと、今の今まで気が気じゃなかった。だけど裕揮の人生をどうこうする権利は俺にはもう、無い。いや、最初から無い。俺が裕揮を操ることなんか出来ない。

 俺は社長室のドアを開けて中に入り、パタンとドアを閉めると、鞄をデスクに置いて椅子に腰掛け、ふうっと目を閉じる。

 たとえこのまま明日ふらっと彼が姿を消そうがどうしようが………………って、消されてたまるか!

 あれだけのイケメン、誰が離すか!俺は下心ありまくりの俗っぽいエロオヤジだ!悪いか!

 俺は鞄からスマホを出すと、裕揮のトーク画面に、『今週の土曜日、必ずうちに来い。社長命令は絶対、守ること』と打ち付けた。よし、送信っと。

 ふうっ。そうだ、これが俺だ。俺らしい。

 これでいいんだ。

 俺はスッキリとした気持ちになって、パソコンを開き仕事モードに入った。

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