第19話 味方と敵とメイク

「いきなりですか?」

最初に声を出したのは俺たちを俯瞰して見ている恋咲先輩だった。

「はい。あいつが取り込むともっともメリットのある選択肢を潰しておく」

咲ヶ原が自陣以外にも味方を作るとして安住くんは最適すぎる。

戦況を2対1にも出来るし、もし咲ヶ原自身が当選しなかったとしてもまだ安住くんが勝つ可能性が残る。安住くんを生徒会長に据えて裏で操ればいいだけだ。あいつならしかねない。

「一理あるかもね」

俺が深く頷くとそれを見て恋咲先輩の反応より先に真夏先輩は賛同してくれた。

「安住くんと徒党を組んで戦います」

はなから俺は個人戦で戦うつもりはない。

同盟。徒党。さっきの話は逆の立場にも出来る。

俺が安住くんと手を組めば1対2だ。

その数で勝負する方がいい。

佐藤さんが挙手をした。

「じゃあさ、どっちかが生徒会長の立候補を降りるってこと?」

確かに。生徒会長が2人いた前例はない。副生徒会長も別枠で募集しているのでどちらかが副生徒会長になれるわけでもない。

「まあ、そうなる可能性が高いですかね」

曖昧な返事に恋咲先輩が言葉を被せる。

「あなたは生徒会長をしたいんじゃないのですか?咲ヶ原さんを倒すことに注力しすぎでは?」

「もちろん、生徒会長にはなりたいです。でも、それと同じぐらい咲ヶ原を倒したい気持ちがあるのも事実です」

「・・・」

沈黙が蔓延した。

「どちらかが降りるとかは後でちゃんと考えます」

その場しのぎの言葉。でも、今は安住くんとコンタクトを取ることのほうが重要だ。

「まあ、うん。わかった。とりあえずそれで行こう」

真夏先輩もひとまず納得してくれたようだ。


次の日。安住くんの本拠地を俺は一人で訪れていた。

目の前にいる安住くんに俺は挨拶する。

「こんにちは。田中柊磨です」

「あ、安住仁です。よろしくお願いします」

背丈は俺より少し低いぐらい。キューティクルのある髪質で少し茶髪。マッシュルームヘア。思ったより小柄だ。そして腰が低い。一回会釈をすればいいのに、小刻み三回ぐらい続けた。生徒会長に立候補する人だからもう少しどっしりと構えている人だと勝手に思っていた。

こんなやつが真夏先輩の質問に対して「勝手にしてください」とか本当に言ったのか?

というか、安住くんのことを知っている人は学年でどれぐらいいるのだろうか。俺もなかなか影が薄いはずだが、安住くんも明らかに目立つ方ではないように思う。

この戦い、思ったよりも咲ヶ原の勝ち戦な気がしてきた。

明らかに基盤が一人だけ違う。咲ヶ原はある程度認知もされているし、組織を動かす力と技量もある。

焦りを含みながら俺は提案をした。

「それで、単刀直入に言わせてもらとチームを組まない?」

「チーム?」

安住くんは明らかに戸惑っている。

「ほら、このまま3人で潰し合ってもチームとして圧倒的に体力があるのは咲ヶ原じゃん?どっちにしろ咲ヶ原が勝つようになる。だから3人でいくより、俺と組んで2人で咲ヶ原に勝ったほうがいいと思わない?」

目一杯の笑顔を作って俺は安住くんにゴリ押しする。一歩引いたら負けな予感がしていた。

「確かにそうだけど、どうかな・・・。僕は自分の実力で生徒会長になりたくて」

「それは俺も同じだよ。でもぶっちゃけ、このままだと絶対咲ヶ原が勝っちゃうって安住くんもわかってるんじゃない?」

触れられたくないところかもしれない。でもこれが現状であることに変わりはない。馬鹿正直に選挙活動をしても咲ヶ原に勝てるビジョンが見えない。

「・・・うん」

「二人で組めば、もっと強くなれる」

一応返事はしたが安住くんはまだ悩んでいるようだ。

「弱い者の底力見せてやろうぜ」

ダメおしの一言。

「いや、でもやっぱ・・・」

そこで言葉は途切れた。安住くんは腕を組んでじっと考える。

そして言う。

「ごめんなんでもない。やろう。僕もそっちの方がいいと思う」

心の中でガッツポーズをした。契約成立だ。

「ありがとう!」

俺は安住くんと握手をした。安住くんも俺の勢いに気圧されながらも笑ってくれる。

実質的に俺の敵は咲ヶ原のみとなった。

それから俺と安住くんはとりあえず目安箱を設置した。1週間ほど待ってそれを2人で開封する。

中には15枚ほど2つ折りにされた紙が入っていた。2人でそれを1つずつ開いて読む。グラウンドにもう1つ照明を設置してくださいとか部活動の時間制限をもう少し緩和してほしいですだとか切実な願いもあれば、保健室の先生の連絡先を教えてくださいとか冷やかし半分の紙もあった。

「こうしてみると、まだまだ学校っていうのは不十分なんだね」

安住くんはこくりと頷く。

会話が続かない。俺が安住くんと同盟を結んで1週間が経っているのにいまだに彼のキャラを掴めていない。かなり不思議な人だ。

「安住くんはさ、この学校で何をしたいの?」

安住くんは俺の目を見ずに言った。

「今はそんなことを答えてる時間は無いよ」

この人との距離の詰めかたがわからなすぎる。明らかに俺との間に一線を引いている。せっかく同盟を結んだのに。

安住くんは俺の様子を気にも留めずに意見が書かれた紙を機械的に並べている。

「とりあえずこの要望の中でもし当選できたら実現できそうなものを選んで、それを元に公約を考えよう。そして演説の場を設けて同盟を発表しよう」

「そ、そうだね・・・」


「はあ」

この数日間でどっと疲れた。今日は久しぶりに部活動に来ている。

部屋には華菜先輩と2人。華菜先輩は静かに読書に勤しんでいる。

最近ろくに部活動ができていない。部室に置かれたクッションを抱えながら俺は唸った。でも、読書に集中もできないのだ。

いま手に持っているのはせっかく華菜先輩からおすすめしてもらった本なのに。勘違いしないでほしいが俺は別に本が好きとかそう言うのではない。ただ、おすすめされたから読んでいるだけだ。

あと、俺は華菜先輩に矢田柊花の件を聞こうと思ったがやめておいた。今は選挙に集中したい。それに俺にとって片手間で聞ける話でもなかった。落ち着いてからゆっくり聞く。

集中出来なくなった本を一度机に置いた。

ふと、窓に反射された自分の姿を見る。

ぼさっとした髪の毛。冴えない顔。

「華菜先輩、僕の見た目ってどう思いますか?」

「え?」

読んでいた本をぱたっと床に落としてしまう華菜先輩。

「な、何急に」

「いや、なんとなく?」

華菜先輩は、髪を意味もなくいじりながら答える

「か、かっこいいと思うけど・・・」

「ありがとうございます。でも、そういうお世辞はいいですよ」

「本心だし・・・」

こんなだらしない見た目の俺に果たして人はついてくるのだろうか。よくよく考えてみれば、真夏先輩はすごく綺麗な見た目をしている。それでいて笑うと愛嬌のある顔になるからずるい。

学校の顔として他の場所に行ってもなんら恥ずかしくない。悔しいが咲ヶ原も小綺麗なルックスだ。

それに比べて俺は。

「なんか改善したほうがいいところとかないですかねー」

「ちょっと待って」

ゴソゴソと自分のバッグを漁りだす華菜先輩。中から出てきたのはピンク色のポーチだった。それを持って華菜先輩は俺の横に座ってくる。

「顔貸して」

俺の返事を待たずに華菜先輩は両頬を手で包んできた。なんだかとてもドキドキする。輪郭を確認されているのか。突如キスでもされるのかと思った。

それから前髪をのれんのように挙げられる。

「うーん・・・」

なんとなく察した。

多分華菜先輩は俺にメイクをしたいのだろう。メイク1つで俺の見た目が劇的に変わることはないと思うが・・・。

言葉を挟みたかったが華菜先輩は夢中になっていて俺の視線に気づかない。俺はこんなに真っ正面から至近距離で華菜先輩の顔を見たことがなかった。

華菜先輩の吐息が顔に当たる。

よくよく見たら目元にメイクが施されている。長く少しくるんと上がったまつ毛。すごく綺麗な瞳。

「華菜先輩って、メイクとかするんですね」

「え?」

その距離、わずか10cm。驚いて俺を見た華菜先輩とばっちり目があった。

俺の心臓は早くなる。なぜか視線を外すことができなかった。

どれほど見つめあっていたのかわからない。とても長い気もするし、一瞬であった気もする。

「いや、綺麗な目してるなって思って」

華菜先輩に鼓動が聞こえないように俺は言葉を被せた。

俺の頬を触っていた腕が落ちる。華菜先輩の耳元がみるみる赤くなり、とうとう視線が逸れた。

「じょ、女子だから普通」

華菜先輩の反応を見て、俺もなんか恥ずかしくなった。さっきまで触られていた頬が少し熱い。

「ん、無駄口叩いてないで目瞑って」

誤魔化すように華菜先輩はポーチからメイクセットを取り出す。俺は言われるがままに目を閉じて、華菜先輩に全てを委ねた。

色んな道具を使って肌全体から目元、まつ毛までメイクを施されたが俺には何がなんだかさっぱり分からなかった。

それから櫛で髪を溶かされてヘアアイロンが始まる。華菜先輩は楽しそう。

数分後。

「男子のメイクは初めてだからあんま自信ないけど

、こんな感じ?」

少し緊張しながら俺は渡された手鏡を覗く。

その姿は俺じゃないみたいだった。

ぼんやりした印象だった目元がはっきりくっきりとして少し凛々しくなっている。自分で言うのもなんだがちょっとカッコいい。全体的な肌艶も見違えるようだし、ボサボサノーセットだった髪型もアイロンのおかげでサラサラと綺麗な流れを作り出している。

まるで別物。俺は素直に感心が声に出てしまった。

「女の子ってすっげえ・・・。魔法みたいですよ!ありがとうございます!」

みるみる自信が出てきた気がする。普段より声も張れるようにも思う。

「喜んでくれたなら、良かった。あ、でもちょっと待って。もうちょっと直したい」

そう言って華菜先輩がもう一度、頬を触りながら顔を近づけた瞬間。

部室の扉が開いた音が2人の耳に届いた。

包み込んでいたほわほわした空気が流れ出ていく。驚いて2人で同時に同じところを見た。

そこに立ち尽くすのは、冬乃先輩だった。

汚物を見るかのような目で俺を見ている。なんでだ。10秒ほど経過して俺は理解した。彼女の視線から見ると、華菜先輩が俺にキスをしているように見えてもおかしくない。

「あんたら、私とやってること変わらないじゃない」

呆れとドン引きが融合された一言。華菜先輩は耳だけでなく顔を真っ赤な染め上げ、慌てて頬から手を離す。

「ち、違います!そんな気はありません!」

俺が両手を上げる。華菜先輩が何故か視線を向けてきた。

「付き合ってんの?まあどうでもいいけど」

冬乃先輩は堂々と部室の敷居を跨いだ。遠慮のない振る舞いで机に置いてあるものを見る。

「げ、これ私のヘアアイロンじゃん。勝手に使わないでよ」

「部室に置いてあるってことは共用でしょ」

「そのルール聞いてないんだけど」

軽口を叩き合う2人。華菜先輩と冬乃先輩は2人きりだとこんな感じなんだろうか。

「まあいいわ。華菜が使うぐらい」

俺に使ったと言ったら俺も華菜先輩も殺される気がしたのでどちらも黙り込む。下手くそな作り笑いが冬乃先輩に向けられた。

「何しにきたんですか?敵情視察?」

「そんなことするわけないでしょ。こんな勝負翔平が勝つに決まってる。あんたらなんて眼中にないわよ」

大した自信だ。

「じゃあなんで?」

「聞いたわ。もう一人の立候補者と同盟を結んだみたいね。あんたらしい姑息な手段だわ」

質問に答えてくれない冬乃先輩。ていうかなんでもう同盟のことがバレてるんだ。

「まあ咲ヶ原が安住を金で買収する前に手を打っておこうと思って」

冬乃先輩の言葉の矛を怯まずに盾で防ぐ。

「そんなことするわけないじゃない」

「あいつがどんな新たな攻撃をしてくるか楽しみです」

反撃してみた。俺は正直冬乃先輩を結構舐めている。咲ヶ原がいることで彼女に初めて攻撃力が付与されると思っているからだ。1人だとそこまで怖くはない。

「あっそ。じゃあ、これを見たら楽しんでくれるかな?」

冬乃先輩は水戸黄門のようにヨレヨレの紙を俺と華菜先輩に見せてくる。

冬乃先輩の名前が書かれていた。

そして他の行には読書研究部。

一番上の行には・・・退部届。

そう書かれていた。

咲ヶ原が新たな攻撃をしてきた瞬間だった。

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