第21話 エネルギー補給
正直にいうと、ピンチだった。ピンチなんて言葉で片付けられないレベルで。まじやばい。
俺と安住くんが発表しようとしていた公約は咲ヶ原に先出しされてしまった。それによって浮上した内通者の可能性。そこからはトントン拍子。
仲間内で疑心暗鬼になり、潰し合いが始まる。それは流石に防ぐために安住くんとの同盟を解消せざるを得ない状況になってしまった。
多分、ここまで咲ヶ原の計画内。俺はまんまと手のひらで転がされていたというわけだ。
さらに咲ヶ原が仕掛けてきた第二の刃。冬乃先輩の退部。学校の規則によって現在、俺が所属している組織は読書研究部ではなく読書研究会となった。
もし俺が生徒会長になったら真っ先にこの規則を変えてやる。だなんて、気を紛らわすために思ったりもした。でも、自分がどれだけ現実逃避をしてもふとした瞬間に浮かび上がってしまう。
焦りと苛立ちが自分の脳内を着々と蝕んでいるのを感じていた。
しかし、自分がどれだけ立ち止まろうとも時間は無常にも進み続ける。
沈んだ気持ちをそのままに、俺はメニュー表を指さしている真夏先輩を眺めていた。
「チーズinハンバーグで!あ、あとこのドリア。チーズ増量のトッピングで。あーあとこのカルボナーラもください!はーいお願いしまーす。ありがとうございます!」
ハキハキと食べたいものを注文した真夏先輩。いつものキラキラ笑顔も当然一緒だ。この姿を見て不快になるものはいない。むしろみんなが巻き込まれてハッピーになる。
・・・。
何してんだ。俺。
「あの、色々突っ込んでいいですか」
ここは近所にあるファミレス。平日の夕方ということもあって少しだけ混み始めていた。テーブル席で俺と真夏先輩は向かい合っている。
「ん?何?」
ピュアな瞳でこちらを見てくる真夏先輩。なんでそんな顔ができるんだ。
とりあえず一番最初に思ったことを言った。
「まず・・・よく食べますね」
「うん!腹が減ってはなんとやらだもん」
俺はぎこちなく笑う。笑うしかない。
「まあ、確かに」
「はぁーお腹すいたー」
どうやら状況を飲み込めていないのは俺だけらしい。なんで今俺は真夏先輩と二人で放課後ファミレスに来ているのだ。なんでこんなに忙しく大変な時期に目の前にいる彼女はそんなに呑気な顔ができるのだ。
「次に、すごい元気ですね」
そう言うと、真夏先輩は一瞬驚く。しかしすぐにまた口角が上がる。
「落ち込んでる暇なんてないでしょーが!」
「まあ、確かに」
真夏先輩にそう言われるとなぜか納得してしまう。ただ落ち込んでいる暇もないけれど、ファミレスでご飯を食べる暇もないと思う。
「とりあえず今日は元気を出そう!作戦会議はその後だ!」
もう十分元気だろ。あなた。
俺は満を持して質問した。
「最後に、なんで僕は真夏先輩と2人でファミレスにいるんですか」
「しょうがないじゃん。今日暇だったのが田中くんしかいなかったんだもん」
真夏先輩はそう言うと。先ほどドリンクバーで淹れてきたオレンジジュースとカルピスの特製ミックスジュースを飲んだ。ストローを通してそのジュースが口元に運ばれると真夏先輩は溶けそうな顔をする。「はあ、美味しい」と無邪気に言う。
いつもの厳格な生徒会長と今の子どもっぽい所作のギャップに少し萌えた。
いけないいけない。今はそんなことを思っている場合ではない。てっきり真夏先輩から驚くような咲ヶ原への反撃策が提案されるかと思ったから俺は誘いに乗ったのだ。
俺は軽く咳払いをしてからさらに質問で攻める。
「誰か他に誘ってたんですか?」
「恋咲はバイト、華菜は家の本屋の手伝い。お姉ちゃんが彼氏とデートいくことになって変わらされたらしい」
「おお・・・」
華菜先輩のお姉さん、彼氏いたんだ。なんかそんなタイプには見えなかった。まあ、華菜先輩もお姉さんも美形だもんな。
さらに真夏先輩は話す。
「漫研のみんなも忙しいってさ。冬乃はシンプルに断られたし」
「・・・」
ここまでくるとこの人の楽観的な性格が少し怖い。もし冬乃先輩が誘いを快諾していたらとてつもなく地獄の空気になることぐらい想像するに容易いだろうに。
まあ真夏先輩がいたらなんとかなりそうだけど。
「でも、一回田中くんと2人でしっかり話したかった」
真っ直ぐ、迷いのない視線でそう言われた。なんでそんなにピュアな顔ができるんだ。俺はちょっとドキッとした。でもそれを隠すように返事をする。
「割と普段から2人で話しますよね・・・」
「そんなことないよ!まだまだ田中くんと話したいこといっぱいあるもん!」
それはなんとなく嘘な気がした。
俺は試すように聞く。
「例えば?」
「えー」
沈黙。
言葉が出てこない真夏先輩。
やっぱり。
「無さそうですね」
「恋バナ!」
俺の言葉を強引に遮る真夏先輩。ベタかつ明らかにその場しのぎな話題。
絶対興味ないだろ。
「今はそんなことをしてる暇はないでしょーが」
真夏先輩にブーメランを投げつけた。ぐさっと刺さった表情をしていたので多分命中したんだろう。
なんだかおかしくなって自然と笑いが溢れた。それを見て真夏先輩も笑う。
2人を朗らかな空気が包む中、先ほどの真夏先輩の注文が届いた。
机に置かれていく温かい料理たち。鼻腔を突く香ばしくて美味しそうな香り。
俺が前に頼んでいたピザも届いた。
視覚と聴覚からの攻撃によって胃液が分泌される。お腹も思わずぐうっとなってしまった。そして、同じタイミングで前からもその音が聞こえた。
反射的に2人の目が合う。
「とりあえず食べようか」
「そうですね」
そこからの記憶は少し飛んでいる。
断片的にしかフラッシュバックしてこない。
覚えているのはただただ胃にエネルギーを放り込んでいたといことだけ。
某映画なら豚にされていたのではないだろうか。それぐらい、俺と真夏先輩はお得意の会話もほぼせずに食べ続けていたのだと思う。
満腹感と幸福感に満たされていた時に、目に入った伝票をなんとなく手に取った。
ちょっと高え。
学生の財布にはダメージがでかい。
でも内訳を見ると8割が真夏先輩の頼んだものだったので安心した。どんだけ食べたんだこの人。よく見たらデザートまで頼んでいる。
「高いですね・・・」
「まあ、確かに」
紙ナプキンで口を拭きながら言う真夏先輩。俺は自然と唇を見てしまった。
真夏先輩はバッグから財布を取り出す、自動的に視線はそっちに移る。
綺麗な長財布。そこから数枚のお札が出てくる。
俺はギョッとした。特に気にした様子もなく手に取ったお札と伝票の数字を照合する真夏先輩。
悪いと思いながらも財布の中もちらっと見てしまった。まだ少しお札がある。
そういえば、真夏先輩の家はお金持ちだった。本人の口から聞いたことはないが、周知の事実。この人格と技量は親御さんの育て方がすごく良いのだろう。
「少しは恋咲先輩に分けてやってくださいよ・・・」
口先が勝手に動いてしまった。
真夏先輩は一拍置いてから答える。
「・・・嫌だね」
芯の通った声でそう言われた。
あまり見たことのない真夏先輩の表情ですこしびっくりした。
「え?何で。冷たくないですか?」
優しい真夏先輩のことだから、恋咲先輩に奢ったりしてあげてると思っていた。
「対等な関係でいたいじゃん。幼なじみで親友の。だからこそ簡単にそういうことは出来ない。それに、恋咲もそういう関係は嫌だと思う」
俺はハッとした。心の中に流れ込んできたこの人に対する尊敬。
自分という人間がどんどんちっちゃく見えてくる。
対等な、親友でありたいからこそむやみやたらにお金の貸し借りを作らない。
「真夏先輩は本当にすごいですね。人格者っていうか、非の打ち所がない」
心の底から感じたことをそのまま話した。
真夏先輩の反応は思ったより鈍い。
「そんなことはないよ。私なんて、ただ親の作ったレールに沿った人生を歩いてきただけ。やらなきゃいけないことをこなしただけ。私は、田中くんが羨ましいよ」
「僕?」
聞き返さざるを得なかった。真夏先輩が、俺を、羨ましい?
特に何も成し遂げていない、全てが平均いや、それ以下のこの男に?
何が?どこが?どうして?素直に喜ぶよりも前に頭の中ははてなで埋め尽くされる。
「私は没個性なんだよ。結局。みんな、私ぐらい勉強すれば、運動すれば、私と同じぐらい、いやそれ以上できるようになると思うよ。私は田中くんみたいに突飛な行動とか、想像の範疇から外れたことができない」
今の言葉を簡単に否定していいとは思わなかった。その場で思いついただけのフォローも出せない。かなり重い、真夏先輩の自己評価。
謙遜の意味合いで言ったわけではないのだろう。冷静に見た自分の姿。
俺が思うに真夏先輩は皆が大人になるにつれ取りこぼしていくものをいまだに持ちつづけている。驚くほど屈託なく笑い、ピュアな心を持っている。そして、それと同時に俺なんかが一生かけても到達できないような人生観も併せ持っている。その矛盾した2つをどちらも高いレベルで保持し続けることがどれほど大変なのか。想像もできない。
大好きなあの笑顔の裏にたくさんの重責があることを忘れてはいけないと思った。
「まあ別に、気にしてないんだけどね!」
影のコントラストが急激に薄くなる。
「・・・え?」
真夏先輩は笑顔を俺に向けてくれた。実家のような安心感。
「だってさ、誰しも欠点はあるよ。人間だから。でも私は、自分の嫌いなところを直すより、自分のいいところを伸ばすことに人生の時間を使いたいかなー」
この人と時間を共有していると、新鮮なことばかりだ。いつもいつも驚かされる。1個1個の名言をひめくりカレンダーにしたい。
「でもやっぱりちょぴっと羨ましい。田中くんみたいな人は」
それも本心なのだろう。俺のような人間を羨ましがるのはあまりおすすめできないけど。誰しも持っている心の二面性。
なんか、揶揄いたくなった。
俺は思いっきり悪い顔をする。
「じゃあ、悪いことしません?」
真夏先輩は俺の言葉の真意をわかっていないようだった。ポカンとして首を傾げている。
けど、次第に顔が真っ赤になり自分の腕で体を隠す。耳元まで真っ赤っかだ。
信じられない、という表情をしている。
「なんて、冗談ですよ。今言ったことは真夏先輩の良さだと思いますよ?それに真夏先輩だってまあまあ変人です」
呆れた顔をする真夏先輩。
「もう。君って人は。羨ましがって損した」
「あはは」
それから俺たちは少し雑談をして、席を立った。この時だけは、生徒会長と会計でも、部員と部員でも、サポートメンバーと生徒会長候補でもなく、純粋な先輩後輩という関係でいれた気がした。
お会計の際に俺と真夏先輩がお金を出すと、店員さんが言った。
「ただいま学生様限定でカップル割というものをしているので、お客様のお会計は2割引となります」
2人ともどういうことか考えた。3秒ぐらい。
カップルに間違えられたのか。俺と真夏先輩は2人で歩いているとカップルに見えるのか。ちょっと嬉しかった。釣り合って見えるってことに。
「あーいや!カップルってわけでは」
「おー!それはすごいラッキー!やったね!真夏!」
俺は真夏先輩の言葉を遮った。
万年金欠の学生はこのキャンペーンを使わない手はない。俺は強引に真夏先輩の手を恋人繋ぎして、店員さんに見せつける。
「ねー!」
俺の笑顔を見て、真夏先輩は気圧される。
そして真夏先輩が反論する前にお会計は終了していた。
店を出て店員さんの視界からしっかり姿を消すまで俺は真夏先輩の手をギュッと握りしめていた。
「咲ヶ原と冬乃先輩も2人だとこんな感じなんですかね」
柔らかい手を離してから俺が言う。
「もー田中くんは本当悪知恵が働くね」
コラっと頭を優しく小突かれた。
「いえいえそれほどでは」
「褒めてない」
なんか本当にカップルぽくない?今のやりとり。
俺がそんなことを呑気に考えている傍、真夏先輩は何かをひらめたような顔をしていた。
本当に頭上に豆電球が見えた気がする。
「田中くん」
「何ですか?」
「やっぱやろう」
「何を?」
主語が欲しい。真夏先輩は堂々と言った。
「悪いこと!」
真夏先輩がニヤニヤしている。え?悪いことって?
立場逆転。
真夏先輩は近くに誰もいないのに耳打ちをしてきた。
それを聞いた瞬間、俺もワクワクしてくる。
気づいた時には、焦りと不安は消え去っていた。
ここから反撃開始だ。
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