第10話 動き出す戦況
華菜先輩との作戦会議という名の街ブラから一日が経過した。
今日もまた、俺と華菜先輩は頭を働かせる。
今は部室で二人、参考書と睨めっこ中だ。週初めにしてはなかなかハードなことをしている。
なぜこうなったのか一から説明しよう。
まず最初に、俺と華菜先輩は1限から4限の間にそれぞれで歓迎会で発表する本を考えたのだがイマイチまとまらなかった。その後お昼ご飯に誘われたので、部室にて恋咲先輩も入れた3人でお弁当を食べる。
ちなみに学年の人気者である真夏先輩は誘おうとしたけれど他の友達と学食に行っていた。
さらにちなむと俺が高校でお昼を誰かと食べたのはとんでもなく久しぶりだった。記憶を遡っても最後がいつだったのか思い出せないほどに。
話が少し脱線してしまった。
その後俺は5限を食後に襲ってくる眠気と闘いながら受けた。結局6限でぐっすり睡眠をとる。
ここまでの話を聞くと何気ない1日だと思う人もいるだろう。
しかし俺たちからすればここからが本番だった。
昨日決まったことといえば学校の図書室で借りられている人気の本を調査すること。そしてその本のデータを見るためには多分生徒会長の許可がいること。
真夏先輩には一応昨日連絡した。今日中にやらなくてはならない生徒会長のタスクを全て終わらせたら部室に来るとの返事も頂いた。
そして今真夏先輩を待っている。
参考書と睨めっこしている話に繋がらないじゃないかと思うかもしれない。
繋がるのはこれからだ。
真夏先輩を待つ間、二人で何か考えようかと思った。
でもそんな暇はなかった。
俺が華菜先輩に手伝ってもらおうとやっていない課題を見せたところ、華菜先輩のバッグからも笑えない量の手付かずのプリントが出てきたのだ。
二人とも部活のことを考えすぎて学校の勉強をおろそかにしていた。という言い訳をさせてもらう。バイトや生徒会長をしながら勉強を両立させている恋咲先輩や真夏先輩の超人ぶりをひしひしと感じた。
俺と華菜先輩は机の上に広げた無数の紙類、もとい先延ばしにした課題と人様にお見せできない点数の小テストを睨む。
「これは誰のだろうね・・・」
「迷宮入りですね・・・」
その紙の名前欄には思いっきり「田中柊磨」と「秋好華菜」と刻まれている。
「華菜先輩って本読むから勉強も得意な方かと思ってました」
「そう言う固定概念良くない」
それから2時間格闘しているのだが一向に進んでいなかった。2時間真夏先輩も来ない。
重苦しい空気が漂う部室にタッタッタという足音が近づいてくる。
やっと来た。
「ごめーん!お待たせしちゃった・・・」
バンと扉が開いた瞬間、濁った水が濾過されていくかのように空気が入れ替わっていく。
「真夏先輩」
「忙しいところごめんね」
二人ともあまり元気がなかった。糖分が欲しい。
「いやいや!私も読書研究部のメンバー」
笑いながら自分を指差す真夏先輩。俺と華菜先輩は生き生きと机の上を片付けた。長い間の収容から釈放された気分だ。
向かい合って座っていた華菜先輩は立ち上がって俺の隣にくる。
そしてその華菜先輩が座っていた位置に真夏先輩が座った。
机一つを挟んで二対一の構図が出来上がる。
「で、図書室で借りられている本のデータが欲しいんだっけ?」
「そうです。図書室で一番借りられている本を紹介したいなと思って」
俺の言葉を聞くと真夏先輩は少し気難しい顔になった。
「一応見れるんだけどねぇ、これは私的流用になっちゃう気もするんだよね」
俺は少し驚いた。すんなり貸してくれると無責任にも思っていたからだ。
「個人的に学校のデータを使っちゃうのはね・・・ちょっとどうかな」
彼女にも彼女の立場がある。背負っている責任や信頼はこの学校で一番重い。
「そこをなんとか・・・」
「うーん」
心が痛みながらも俺は先輩への押しを強めるしかなかった。華菜先輩も手のひらを合わせて懇願した。真夏先輩には真夏先輩の立場があることと同じで、俺たちにも立場がある。
出された条件を絶対にクリアしなくてはならないという立場が。
そんな時。
「おやおや、何をしているのですか。田中くん」
既視感のある絵面と展開が目の前に広がった。
「咲ヶ原・・・!」
咲ヶ原はノックもせずに部室の扉を開け、俺に近づいてきた。蛇のような目つきが俺の視界を支配する。
「会長と部長さんまでいるなんて何の用なんでしょうかね」
急に入ってきては詰問を始める咲ヶ原。そもそもなぜこんなタイミングでここに来たのかを問いただしたいところだったが勢いに気圧され俺は唾を飲み込むことしかできなかった。
「・・・」
冷静になれば部員3人が部活動をしていると言えばいいだけだったがこの時の俺たちにそんな発想は浮かんでこなかった。
咲ヶ原は真夏先輩を睨みつけて言う。
「何か会長の権利を使って良からぬことでもしようと」
「違うよーもう!そんなんじゃない。」
即座に入った否定に咲ヶ原は驚いた。真夏先輩の笑顔は少し引き攣っている。
「田中くんと華菜がさあ、どっちも課題やってないって言うから手伝おうと思ってただけ」
真夏先輩はそう言うと、俺のバッグにブッ刺さっていたプリント類を机に広げた。真夏先輩には課題をやってないことは言ってないはずだが・・・。この人の視野と頭の回転はどうなっているんだ。
「う、うん!」
華菜先輩は真夏先輩に乗っかり、自分のプリント類も出し始めた。俺も乗り遅れないように顔を縦に振る。
咲ヶ原はしてやられたかのような顔をした。
「・・・そうですか。なら何も問題ないですね」
「そうだよ」
真夏先輩はいつも通り笑うが、少し声が裏返る。
「一つ確認なんですけど、学校の看板である会長が自分の権力を使って都合の良いことをしたりはしませんよね?」
「うん!もちろん!」
真夏先輩の言葉を聞くと、咲ヶ原の口角はまた上がった。
「そうですか。ではまた」
入室してからわずか3分。咲ヶ原は空気を悪くして帰っていった。
俺と華菜先輩だけの時と同じような静かな空間が戻ってくる。
真夏先輩は目に見えてしょんぼりしていた。
この人の性格はわかっているつもりだ。多分今、生徒会長としての自分と読書研究部としての自分で板挟みになり、生徒会長を優先させてしまったことに負い目を感じているのだろう。
「真夏先輩!大丈夫です!会長の手を汚させるわけにはいかないです」
「うん。別の案を考える」
俺と華菜先輩のフォローを聞いて、真夏先輩はぎこちなく笑う。
いつものキラキラ笑顔に比べると4段階ぐらい暗い笑顔。
「本当ごめんね」
晴れない空間に区切りをつけるように俺は手を叩いた。
「じゃあ今日は帰りますか」
「うん。帰ろ」
机に広がる呪物を2人で片付け始めた。
でも、その手は真夏先輩によって止められる。
「何言ってんの」
さっきまで暗さが消え、もういつもの明るさが戻っていたから怖かった。
「へ?」
咄嗟に真夏先輩を見ると申し訳なさそうな顔はどこかに消え去っている。
「それ全部終わらせてからね♡」
その時の真夏先輩の顔は生徒会長でも読書研究部でもなく、学年2位の秀才の顔をしていた。真夏先輩の凍った笑顔を見て、俺と華菜先輩は心の中で悲鳴を上げざるを得なかった。
それから小一時間みっちりやり残した課題と小テストのとき直しを真夏先輩監修のもと行い、なんとか最終下校時刻に帰ることはできた。
右腕が腱鞘炎になった気がする。
窓の外の景色はすっかり藍色になっていた。グラウンドから聞こえる声もほぼなくなっている。
「よーし!帰ろ!」
真夏先輩は抜け殻のようになった俺と華菜先輩をなんとか椅子から立たせる。
部室の鍵と2つの死体を引きずって部屋を出るが、すぐさま真夏先輩の足は止まった。彼女の目の前には、じとっとした目つきの冬乃先輩がいたからだ。
「冬乃・・・」
冬乃先輩は引きずられている俺を見る。
「随分と仲がいいのね」
真夏先輩は掴んでいた俺の袖を離した。
「顔出しに来てくれたの」
「忘れ物しただけ。鍵閉めるのもうちょっと待って」
冬乃先輩はそっけなく真夏先輩の前を横切る。部室に入ると棚を闇雲に物色し始めた。真夏先輩はその光景を黙って眺めていた。
やがて冬乃先輩の動きは止まり、わざとらしく呟く。
「ここじゃないわね・・・」
真夏先輩は何かを言おうとしてやめていた。
「ごめん。忘れ物なかった。多分家のどっかね」
冬乃先輩が悪びれることなく帰ろうとすると、真夏先輩が話しかけた。
「たまには部活に出てよ」
「いやよ。こいつがいる限り私は来ない。だいたいあんたもそんなに来てないでしょ」
真夏先輩が呆れたため息を吐き出す。
華菜先輩は意識を取り戻し立ち上がった。
「ずっと聞きたかったんだけど何でそんなに田中のこと嫌なの?」
その言葉はいつもの柔らかい言い方ではなかった。華菜先輩の雰囲気が少し怖い。でも冬乃先輩がそれに怯むことはない。眉間に深く皺が刻まれる。
「逆に聞きたいんだけど、何でそんなに田中のことを受け入れてんの?」
華菜先輩は少し俺のことを見た。
「何でって」
華菜先輩は何も話せなかった。
「あんたは昔からはっきりしないわね」
そう言い残して、冬乃先輩は帰っていった。どことなく咲ヶ原と同じ雰囲気を感じた。冬乃先輩は、彼氏が自分の部活を潰そうとしているのに何も思わないのだろうか。読書研究部なんてどうでもいいのだろうか。
「歓迎会、どうしよっか・・・」
華菜先輩は自分で話題を変えた。俺もその言葉に答えることにする。
「図書室って、結局本好きな人しか入らないから、データを見るのはやめて正解だったかもしれません。一般ウケしない本ばっか借りられてそうじゃないですか?」
「うん。そうだね」
言いながら自分で苦しいと思った。
「大丈夫ですよ。全然まだやれることはあります」
「一回漫画研究部の方達と話しません?」
「そうだね。明日いこ」
真っ暗な夜道を俺と華菜先輩と真夏先輩で帰った。
次の日。
「失礼しまーす」
俺と華菜先輩は漫画研究部の部室に顔を出していた。
「はーい。うん?入部希望の方?」
「いや違います」
机から顔を上げた一人の女子生徒が俺と華菜先輩に懐疑的な目を向ける。
他にも数人、人はいたがこちらに興味を示したのはその一人だけだった。
「じゃあ何?」
「読書研究部部長の秋好華菜です。ご挨拶に」
華菜先輩は精一杯の笑顔を作った。女子生徒は「あー」と事情を理解した声を上げる。それから一つの机を用意してお茶を出してくれた。
いまだに他の人たちは顔を上げない。
でもうちの部活とは違って、出席率はかなりいい。
「今追い込み期だからね、そっとしといてあげて」
笑いながらそう言った女子生徒はヘアバンドにメガネという学校では珍しいスタイルをしていた。
「私が漫画研究部部長の佐藤です」
差し出された手に華菜先輩は応える。
「正直、私たちはどっちでもいい。合併してもしなくても。教室はここだしあなたたちがくるだけでしょ?やることは変わらないもん。スペースは作ってあげるからそっちはそっちで別のことしてくれていいよ。あ、それとも合併決まったら部活やめる予定?」
何も話していないのに、会話が急速に進んだ。
「いや、合併した時の話はまた今度でいいですか?とりあえず顔出してみようって思っただけで」
佐藤さんはつまらなそうに相槌を打つ。
俺は聞きたいことを勢いに任せて聞いた。
「咲ヶ原になんか言われました?」
「私たちは4人ほど新メンバーが入るとしか言われてない」
どうやら咲ヶ原の中では今回の合併政策は完全に勝ち戦らしい。心の底からイラッとした。
「歓迎会の発表はどうするんですか?」
「私たちはやらない。この代で、終わりにするつもりだから」
佐藤さんの話を聞くと、漫画研究部の部員は合計で5名。それも全員3年生だそうだ。俺たちとは違って一人一人が、終わりを意識している。
「私たちもあと一年で卒業。新規の入部希望者がいないなら終わらせるしかないよ」
佐藤さんは吹っ切れたように言った。
俺と華菜先輩は入る時より少し気分が落ち込んで部室を出た。
漫画研究部の部室に入った咲ヶ原は佐藤のもとへ行く。
「何の用?」
佐藤は咲ヶ原を見つけるとめんどくさそうな顔をした。
「そんなに怒らなくてもいいじゃないですか」
「怒ってない。今忙しいんだよ」
書きかけのネームを咲ヶ原は手に取った。
その様子をいやそうに見つめる佐藤。少し目を通した末にそのネームを机に置く。少し皺ができて佐藤はイラついた。
「ちょっと提案したいことがあって」
咲ヶ原はあることを耳打ちする。
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