第7話 合併政策!?

咲ヶ原が合併という言葉を出した瞬間、華菜先輩が思わず「え」とこぼした。

「ん?ちょっと待て!おかしいだろ。どういうことだ」

俺もあまりの唐突さに理解が追いつかなかった。真夏先輩も同様。

そんな3人の様子を見て咲ヶ原はどこか満足げである。

「どういうことも何も、そのままの意味ですよ」

「俺が入ったから廃部は無しになったはずだろ!」

咲ヶ原の顔の影が濃くなった気がした。

「はい。廃部は無くなりました。ただ、結局あなた一人が増えただけですよね」

「・・・」

俺は唇を噛み締めた。咲ヶ原は3人の核になんの迷いもなく凶器を突きつける。

握手をした時とはすでに俺の中で印象が180°変わっていた。

「他の4人は全員3年生。結局一年後、ここはあなた一人になるのです」

咲ヶ原はゆっくりとこちらに歩いてきて俺を指差す。俺は法廷で検事の弁論を聞いている被疑者のような感覚に陥っていた。

「いやだからっていきなり合併はおかしい」

咲ヶ原の冷たい指を跳ね除けた。

「いやいや、あなたたちが部活動においてこの学校のお荷物であることに変わりはないんですよ。でも僕だって意地悪したいわけじゃない」

こいつの言っている意味がわからなかった。絶妙に話が噛み合っていない気がする。

「は?」

俺たち3人はいつの間にか咲ヶ原のペースに呑まれていた。

「これは救済なんですよ。学校側からしたらいまだにお荷物の読書研究会、あ、部でしたね。でもだからって廃部するのはあまりに可哀想だ。少なからずここに居場所がある人もいるのだから」

目線を向けられた華菜先輩は思わず真夏先輩に近寄った。

目の前にいる人間に対して感じている反応は恐怖だ。得体の知れない、自分の想像の範疇にいない、自分の物差しで測れない存在。

こんな感覚はいつぶりだろうか。それこそ、小学生のあの頃以来だろう。

「そこで僕が提案してあげたわけです」

彼の笑みが消えることはない。でも、その奥にある冷えた瞳を俺は見逃さなかった。

「だったら他の部と合併しましょうと。そうしたらあなたたちも分解されずに済む。ただ名前が変わるだけだ」

まるで善意で行なっているかのような言い方だ。

「だからってこっちに何も相談せずに決めるのは横暴すぎるんじゃない?咲ヶ原くん」

今まで何も言わずにただ話を聞いていた真夏先輩がとうとう声を上げた。いつものようなゆるさがない声色。真夏先輩の顔はとても凛々しかった。

俺と華菜先輩は咲ヶ原に視線を変える。彼はまだ笑っていた。

「そうですよね。会長ならそういうと思いました」

真夏先輩は首を傾げた。俺と華菜先輩の首はシンクロしたかのように同じ動きをしている。

「だからまあ、合併を阻止する一つの条件。それも提示しておきました」

咲ヶ原は一呼吸おいて言った。

「新入生歓迎会の満足度アンケートで3位以内に入る。そしたら合併政策は白紙とします」

またもや聞こえてきた聞き慣れない言葉に俺は戸惑う。

「新入生歓迎会?」

思わず華菜先輩と真夏先輩を見た。しかし二人はその言葉自体は知っているようだ。

「そんなの・・・」

華菜先輩の弱々しい反応。俺は場の空気に取り残されている。

その様子を真夏先輩が感じ取ってくれた。

「この学校には新入生歓迎会があるでしょ?田中くん、覚えてない?」

「あーあったような気もします」

俺は天井を仰ぎ、ない確証がある記憶を探した。華菜先輩が呆れた顔を向ける。

「絶対覚えてないでしょ。まあ田中興味なさそうだもんね。新入生歓迎会ってのは文字通り新入生を歓迎する会のこと」

いやそれは字面を見ればわかる。

「まあ一種のレクリエーションみたいなものだね。新しく入ってきた生徒たちへ各部活が5分間でどれだけ楽しませられるかを競うの」

そんなものがこの学校にあることは初耳だった。

多分俺は出てないんだろう。

「部活の参加不参加は自由。読書研究会が参加したことはない」

「で、行われるのは5月の末」

なんだか息のあった説明をする2人。

「一ヶ月後・・・」

「毎年各部活がこのイベントに必死になる理由は2つ。1つはほとんどの生徒は部活動に入っているけど、まだ決めかねているごくわずかな人を勧誘するチャンスでもある」

「もう1つは?」

「最後に新入生が満足度アンケートを書くの。どの部活の発表が一番楽しかったか」

やっと咲ヶ原の話と繋がってきた。

「そこでの上位3つの部活動には、3位から1万円、3万円、5万円のボーナス費用が贈られる」

各部活がこのイベントに力を入れる理由も判明した。

「それを各部活は死に物狂いで求めるわけです」

咲ヶ原が話をまとめ出す。

「なるほど・・・」

「この部の魅力をアピールするチャンスです。もしそれが教師陣に伝わればまた何か変わるかもしれない。さらにそこで入部希望者が出てくれたらwinwinじゃないですか」

だんだん糸目になっている咲ヶ原に俺は疑問をぶつける。

「でもお前は何がしたいんだよ。合併を提案しといて、それを阻止する条件まで出す。やってること無茶苦茶だろ」

咲ヶ原は最初は素直に話を聞いていたが、その内高笑いを始める。もう供給過多な程こいつの笑い声が俺たちに届いていた。

「この学校をよくしたいだけですよ。そのために僕としては合併したいですよ?でもそれは心が痛い。あなたたちへの最大限の配慮として白紙になる提案もしているわけです。僕の好きな言葉は公平ですから」

「教員の人たちはどう言ってるんだよ」

「この政策なら、廃部もしなくていいし一番平和ですねと言っていたよ」

勝手な人たちだ。結局、どんな形であろうと読書研究部を廃止できたらいいってことか。はたまた多額の寄付とやらをしている咲ヶ原に逆らえないのか?流石にそこまで腐ってはいないと信じたい。

まあどちらにしても結局は新入生歓迎会での満足度アンケート3位以内を取らない限り、ここは無くなってしまう。

俺は一度深呼吸をして答えた。

「・・・受けてたとう」

その瞬間視界が斜めに揺れた。急な出来事で反応しきれずされるがままの状態になる。よく見たら真夏先輩が俺のネクタイを掴んで手繰り寄せただけだった。

「ちょ!田中くん!」

真夏先輩はネクタイを離さずに咲ヶ原に背を向ける形を撮った。華菜先輩もそそくさとこちらにくる。

二人は小声でボソボソと言い始めた。

「何勝手に決めてんの!この条件がどれだけ難しいことかわかる?上位は毎年運動部とか吹部で埋まるの!こんな弱小部活が3位は流石に!」

「そうだよ!そもそも部長は私!なんでカッコつけて受けて立とうとしてるの!もうちょっと考えよう!」

叱責が至近距離で飛ばされる。

俺はチラリと後ろの咲ヶ原を見てから、2人にさらに顔を近づける。

「いやいや無理ですって。あいつは多分食い下がらないです。条件を飲んでクリアするしか方法はない」

俺は二人の目を見て言った。

「真夏先輩、華菜先輩。僕を信じてください」

なんでこんなことを言ったのか、よくよく考えたら分からなかった。勝つ確証なんて全くない、負ける確率大の理不尽な勝負。

それでも、俺はこの勝負を断る気にはなれなかった。

まだ入部して数日。それでもこの部活がなくなる想像をした瞬間、喪失感が襲ってくる。

真夏先輩と華菜先輩が顔を見合ってゆっくり頷く。2人は俺についてきてくれるようだった。

でもそれは言葉で話したわけじゃない。言葉なんていらなかった。2人の決意を肌で感じたから。

毅然とした態度で俺は咲ヶ原に向き直す。

「受けて立つよ。咲ヶ原」

咲ヶ原の微笑みは崩れない。

「じゃあ頑張ってくださいね。田中くん」


月が変わり、5月となった。

売られた喧嘩をカッコつけて買ってから1週間が経過している。

はっきり言うと、何も決まっていない。何も進んでいない。何もできていない。

「で、どうする?田中」

「何んもわかんない」

「やばいでしょ今の状況」

このままだと1ヶ月後に消える部室にて華菜先輩は頭を抱えていた。俺は呑気に自販機で買った牛乳を啜る。

そして今日は真夏先輩もいない。生徒会長は忙しいのだ。流石に2人だと寂しさが違う。教室内を通る風もいつもより冷たい気がした。

「とりあえず勧誘続けましょう」

咲ヶ原が提案した合併政策はこのまま2年生以下の人間が俺1人の場合のことだ。

つまりこれから2年生以下の人間を4人以上集められれば合併、そしてこの勝負自体がなくなることになる。まとまった作戦を考えるまではとにかく勧誘をして新入部員を募るしかない。

俺は華菜先輩が以前作っていたチラシを持って校門へ向かった。 


結論から言うと、勧誘の効果はゼロだった。

「チラシぐらい受け取ってくれてもいいんすけどね」

「いや田中も4月の時、私の勧誘素通りしていったでしょ」

耳が痛かった。

華菜先輩は少し睨んだ後、いたずらに笑う。

「まあいいよ。頑張ろう」

「そうですね」

別に誰も受け取ってくれなくたってよかった。この人の隣に立っているとなんだかそう思ってしまう。

俺は下校している生徒たちを横目にそんなことを考えていた。問題を先送りにしているだけなのに。

すると、人の流れに紛れて中腰で歩いている女子生徒が目に入った。こちらに姿を隠しているようだが、逆に目立っている。目が疲れる金髪を華菜先輩は捕まえた。

「冬乃!」

久しぶりにこの人の顔見た気がした。俺が入部してから数週間、冬乃先輩は一回も部活動に来ていないからだ。

「け、健気で偉いわね」

冬乃先輩は気まずそうに言う。

「いえいえ」

「あんたに言ってない!」

「ああそうですか」

またいつもの空気になりそうだ。

「早く出ていきなさいよ!あんたを認めた覚えはない」

「僕が出ていったら、そもそもここは潰れますけどいいんですか?」

「うぐっ・・・!」

苦虫を噛み潰したような顔をする冬乃先輩。

俺は持っているチラシを半分分けて冬乃先輩に持たせた。

「ちょ!なんなのよ!」

「いや勧誘手伝ってくださいよ」

冬乃先輩は腕の力を抜き、紙を床に落とした。

無惨にも落下するチラシたち。パラパラと地面に散乱する。

「お断り。指図すんじゃないわよ」

地に這いつくばる華菜先輩お手製のチラシ。

「冬乃・・・」

悲しむ華菜先輩は痛々しかった。

俺は少し頭に血が上ったが、それを押し殺し汚れたチラシを拾おうとする。しかし、俺の手が届くより前にチラシは地面から離れた。

「冬乃さん。ダメでしょ頑張ってる人の邪魔しちゃ」

「お前!」

咲ヶ原は耳障りな声で拾ったチラシを華菜先輩に渡した。無抵抗に華菜先輩は受け取る。

「地道に頑張ってください。田中くん」

こいつの笑顔はどこか神経を逆撫でする。

でもこのままじゃ埒が明かないことぐらい俺が一番理解していた。正直どうすればいいものか。

「じゃあ一緒に帰ろう。冬乃さん」

「うん!」

冬乃先輩はがっちりと腕を咲ヶ原に絡ませて去っていった。俺はもちろん、先輩達にもあまり見せない純粋な笑顔で。

2人の後ろ姿をボーっと眺めながら、俺は華菜先輩に言った。

「華菜先輩、日曜日空いてますか?」

華菜先輩の頬が急速に茜色に染まった。

「え?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る