身を焦がす想い

だから、彼がある令嬢に心奪われたと聞いた時はその令嬢を殺してやるつもりだった。



レナン=スフォリア。

たかだか公爵令嬢の分際で。

気が狂いそうで仕方がなかった。




配下のハインツを近づかせ、レナンの婚約者となり彼から引き離した。


彼が諦めるようにと早めに手を出せと命じたが、王家の守りがつけられていた為手籠めには出来なかった。


エリック自体もハインツとの婚約を破棄させようと急いでいる。



それならばとレナンの父を冤罪にて陥れ、投獄させ嬲り殺そうと思ったのに。


アドガルムに先にレナンを保護されてしまった。


悔しい悔しい悔しい




もう少しで身分も引き剥がし、名実共に彼から離すことが出来たのに。


どうすればあの方を手に入れられるか。


あのニコラという従者を引き入れようと思った。

彼の忠実なる部下だからこそ、味方に出来れば大きい。


弱みは妹。


しかしその妹も第二王子ティタンの従者で手練れと聞く。


故に引き込もうとするも兄妹揃って警戒心と忠誠心が強く、うまく行かなかった。




ラーラが捕まったと聞いた時は怒りが込み上げた。

バレたら全てが終わると。


しかし、恩赦をかけたのは貴重な情報を手に入れたからだ。


エリックの膨大な魔力量と、高度な氷魔法を使えるという話を聞いたら、自分がエリックに惹かれるは必然だと思った。




彼こそが、ナ=バークの王配に相応しい正統な男だと、確信した。




手に入れる事をずっと夢見ていた。


あのエリックが、冷徹な氷の王太子が、自分だけに微笑み、その寵愛を向けてくれたら。

自分の狂おしい愛を受けてとめてくれたら。


それを考えるだけで、今日も身を焦がす想いだ。




「お久しゅうございます、女王陛下。本日もとても麗しい。数多の者が貴女の美しさに見惚れ、虜になるのは必然ですね」

エリックからの挨拶だ。



その中に貴方は含まれていないのかと思わず言いかけてしまう。


初めて会った時よりも一段と他人への拒絶と鋭さが増しているが、大人の男性の色香も益々強くなっていた。


他人への拒絶感は増してるのに、他人を惹き付ける魅力は高まっているなんて、不思議な男だ。


ミネルヴァは今すぐにでも縋りつきたい想いだ。




「お初にお目にかかります、女王陛下。発言の許しを頂きたく思います」

その彼の隣に立つのは、あの忌まわしい女。


しかしそんなことを顔に出してはいけない。


エリックに嫌われないようにと、仕方なく許可を出す。


「ありがとうございます、女王陛下は本当にお美しくいらっしゃいますね。エリック様よりお聞きしてはいたのですが、気品溢れるお姿も、堂々たる威厳、とても素敵ですわ」

「そう」


エリックが自分を美しいと言ってたのならそれは嬉しい事だわ、と内心の喜びをひた隠しにした。


「そういえば、エリック殿の婚約者であるそなたには、もともと別な方との縁談があったと聞いている。噂は妾のところまで来ているぞ、婚約破棄だそうだな」

ジロリとレナンを睨むと困ったような表情になっていた。


初対面でする話ではないが、まともな会話をこの女とするつもりはなかった。


態々話題に出したのは、エリックに相応しくないとこの場で罵るためだ。



レナンが何か言うより早く、エリックが制す。

庇うように少し前に出たところを見て、大事にしているのが分かり、余計イライラする。


「諸事情がございまして、彼の者との婚約はなかったことになりました」


「なかったことに?」


「えぇ。リンドールの宰相殿がレナンの父上でしたが、実は少し前に投獄されたのです」


その辺りは普通に情報に入っている。


「そしてそれを理由にハインツ殿から婚約破棄された。このような話が巷に流れている噂かと思いますが、ミネルヴァ様が聞いたのはこういった話でしょうか」

「あぁ」

凡そそういう話だ。


勿論内情は知っている。


「まぁ冤罪だったので、こうして婚約は出来たのですが、その内容が人身売買だったのです。実はハインツ殿の方が人身売買に関わっていたので、アドガルムも彼を捕らえるために尽力したのですが、残念ながら逃げられてしまいました。代わりに幾人かの証人と物証を探し出し、裁判でも私自ら証言をして、ディエス殿の冤罪を証明したのです」

「ふむ」

あくまで表情は崩さないが、他国の裁判にそこまで食い込んだエリックの執念に恐れ入る。



エリックを捕えるようにと差し向けたハインツが大怪我を負って帰ってきたが、まだ話せる状態ではなかった。


ラーラが付きっきりで看病しているが、欠損した箇所が大き過ぎて復帰に時間がかかっている。


「そのハインツ殿ですが、ナ=バークの者だそうです。ミネルヴァ様はご存知ありませんか?」

「覚えはないな」


自分が今、おかしな反応をしなかったか焦った。

ハインツがナ=バーク国と関係があると気づかれているようだ。


「彼はリンドールの貴族のところを転々と渡り歩いて、様々なところで養子となっていました。ハインツ殿が麻薬を使い、貴族を言いなりにしていたそうです」

「…我が国でそのような事したら斬首だな」


ハインツに中から陥落しろといったのは自分だ。


エリックに似た容貌の男。


しかしミネルヴァはハインツには惹かれなかったものの、惹かれる人間は多く、リンドールへの間諜として起用した。


「未だハインツは見つかっていないのですが、麻薬の使用・拡散・密売。そして人身売買も行なっていることから指名手配を行ないました。そんな重罪人がいた事すら国の汚点です。貴族籍からも抹消。レナンとの婚約も当然なかったことです。もとより婚約期間が短かったのも功を奏しました」


瑕疵がついたわけではないと言いたいわけか。



エリックはハインツがレナンの元婚約者と認めないばかりか、その存在も認めないという事らしかった。


「ナ=バークにも追々報告書、及び指名手配書がリンドールから送られるはずです。見かけましたらぜひお願いしますね」

「わかった」


しばらくハインツは外に出れないし、捕まるわけがない。

だが顔を変えるなどして対策する必要はありそうだ。


「ぜひ、ハインツが見つかりましたら、お教え下さい。私は彼の背後にいる者とお話しをしたい思っておりまして」

「話を?」


自分が首謀者と気づいてないとは思うが、気になる一言だ。


「ええ。くだらない事につき合わされたお礼として、積もる話をね」


冷たい視線にミネルヴァは見惚れた。


どこまでも人を拒絶する目なのに、惹かれてしまう。


人形のように美しく、そして人形のままでいて欲しかった男性。


「エリック殿を敵に回すとは恐ろしい…その者が早く見つかるといいな」

扇で口元を隠し、ただ同意をする。


「ありがとうございます」



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