北の女王
「あの御方が欲しい…」
ナ=バークの女王は姿絵を見て、ほぅと嘆息していた。
描かれているのは金髪翠眼、切れ長の目は鋭い光を保ち、氷のようだと評される双眸。
見目麗しい男性。
アドガルムの王太子エリック=ウィズフォードだ。
「何とか妾の物にならないか」
この国に来てもらう。
否、彼は時期国王。あり得ない。
自分がアドガルムに行く。
否、自分は正統なナ=バークの王族。
ここを離れられない。
銀の髪はキチッと結い上げられており、白い肌は雪のように白い。
切れ長の目は氷の国と呼ばれるナ=バークの女王に相応しく洗練されている。
雪の彫像のようだといわれていた。
スラリとした立ち居振る舞いは幼い頃より女王になるべく育てられたからだ。
常に冷静沈着、心を乱さないよう教育を受けてきた。
なのにあっという間にその心は掻き乱された。
エリックによって。
幼き頃の外交で初めて目にした時の衝撃は今でも忘れられない。
ひと目で心を奪われた。
子どもだというのに表情があまり変わらない氷のような眼差し。
生まれた時から彼も国の頂点として教育を受けていたのだろう、感情抑制が非常に良く出来ていた。
「ご機嫌麗しゅう。ミネルヴァ様。本日も大変お綺麗でいらっしゃる」
感情の乗らない社交辞令。
なのに、エリックに言われるだけで心がウキウキした。
勿論表情になど出さなかった。
「お褒めの言葉、ありがとう。今日は楽しんでいくといい」
「楽しむ、ですか?」
エリックは探るような目を向ける。
「申し訳ないのですが、私はこういう場が苦手ででして、楽しむ余裕がございません。ミネルヴァ様も同じではありませんか?」
完璧に感情を押さえた声で、言われた。
「何?」
急に言われた言葉に内心の不機嫌を隠して返す。
「申し訳ありません。気分を害するつもりはありませんでしたが、ミネルヴァ様は少し、自分に似ていた為気になっただけです。このようなパーティはお嫌いではありませんか?」
エリックと似ていると言われるのは嬉しいが、社交の場を嫌いだなどと、王族が公言していいものではない。
大事な仕事の一つだ、責任の放棄に当たるのではないか。
王族たるもの交流を大事にし、他国との親交を深めるものだ。
苦手などミネルヴァが口にするのは、弱みを見せることとなる。
完璧な女王として教育されているミネルヴァは、エリックが彼女の弱みを握りたいのかと思い警戒した。
冷たい視線と声でエリックに応える。
「そのような事はない。不敬であるぞ」
「失礼致しました」
エリックはミネルヴァの言葉にあっさりと引き下がり、深々と頭を下げる。
「ミネルヴァ様が無理をしていないかと心配だったのですが、余計なお世話でしたね。言葉を撤回させてください」
エリックが言ったのは気遣いの為の言葉だったようだ。
ミネルヴァは言葉の選択を間違えた事に気がつく。
すぐさま拒否をする言葉を言うのではなく、真意を探れば良かった。
「…王族が軽々しく頭を下げるものではないわ」
言いたいのはそういう事ではないのに、矜持が許さない。
折角の気遣いを拒否してしまった。
「そうですね、あなたの言う通りです。ミネルヴァ様に無礼を働いてしまった礼儀知らずは、早々に退場させていただきます、申し訳ございませんでした」
ミネルヴァが先程の言葉の撤回する間もなく、エリックは身を翻す。
彼の従者がすぐに近づいてきた。
「待て、少しならば話をしてやらんでもないぞ」
懸命な引き留めの言葉だった。
エリックが振り返り、軽く口の端を上げる。
僅かな表情の変化しかしていないのだが、自分のために微笑んだのは嬉しかった。
「申し訳ございませんが、あなたと話をしたい方々が沢山いらっしゃるようなので。俺の居場所はここではないようです、また次の時にお会いしましょう」
エリックが離れると直ぐに、ミネルヴァと親交を深めたい者達が話しかけてくる。
あの拒絶から、エリックはミネルヴァに会っても社交辞令以上の事は話さなくなった。
悲しかった。
短い挨拶一つでも、ミネルヴァにとってはとても大事な時間となった。
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