亡命先は
スフォリア家の者は皆、それぞれの通信石と呼ばれる魔石を持っていた。
リリュシーヌのブローチはその一つだ。
周りの者には秘密にしている魔道具のため、当主であるディエスが決めた者にしか渡されていない。
宰相として、公爵家として、敵の多いスフォリア家の自衛のためだった。
今回情報が早かったのは、仕事で王城に行っていたディエスが、隙をついて連絡をくれたからだ。
「おぉ、待っていたぞ!」
レナンとミューズが屋敷に着くと、シグルドが待ってましたとばかりに可愛い孫娘達を両手で抱き、頬ずりをする。
髭が痛い。
「お祖父様、痛いです」
レナンが非難すると、シグルドは離れた。
「悪い悪い、心配だったのでな。リリュシーヌから話は聞いたが、この国にはもう居られない。冤罪とは言え、ディエス殿が投獄されたということは、あちらももう引けないということだ」
詳しくは知らなくとも、投獄というのはそれだけ重い。
宰相をそんな目に合わせるとは余程の証拠があるのだろう。
シグルドは無論信じてなどいないが。
「俺らが安全な場所に行かねば、リリュシーヌもディエス殿を助ける邪魔になってしまう。レナン、辛いだろうが今はこの国を離れることだけを考えてくれ」
婚約をしたばかりだとはシグルドも知っている。
ポンポンと背中をあやすように叩いた。
「はい」
シグルドの優しさに若干瞳を潤ませながらも、レナンは気丈に返事をした。
ミューズもレナンに寄り添う。
「ミューズも辛いだろうにありがとな、しっかりとレナンを支えてくれ。ハインツ殿には事情を調べてから、後で連絡しよう。きっとわかってくれるさ。さて亡命先だが、隣国のアドガルムへ行く。ちょいとツテがあってな、あちらの小倅に訓練をしたことがあるんだ。今はリリュシーヌの魔法で使者を転移させたからその返事待ちだ。すぐに返事を持ってきてくれるはずだ」
そうしているうちに、一人の魔術師が戻ってくる。
「アドガルム王より許可を得ました、即参りましょう」
祖父お抱えの魔術師、サミュエルだ。
フードを目深に被っており、顔はレナン達も見た事がない。
声から判断するに若い男性だとは思うが。
「皆様、転移陣にお乗りください。皆様を送ったらここもすぐに火を放ちます。転移陣を消した後は、我々もそちらに行きます」
サミュエル率いる数名の魔術師と、大量の魔石により、大人数の移動を可能とする。
ゆっくりと陣が光るがなかなか発動しない。
普通であればこんなに少ない人数で行うものではない。
先程すんなり行えたのはリリュシーヌの魔力が規格外に多かったからなのだ。
「俺の私兵団もいるからちょいと大変そうだな。ミューズも手を貸してくれ」
「はい!」
ミューズも転移陣の中から、魔力を放出した。
それだけで陣の光が強くなる。
魔力の高いリリュシーヌの娘として、申し分なかった。
転移先は王城の大広間であった。
レナン達は突然地下から明るい場所に出たため、困惑する。
てっきり移る前と同じ地下だと思っていた為に、状況を飲み込むのに時間がかかってしまった。
「思ったよりも大人数だな」
壮年の男性の声がする。
「シグルド殿、来て頂き感謝する。日頃から勧誘して交流を深めといて良かった、こうして有事の際に頼ってもらえたからな」
そこにいたのはアドガルムの王族と騎士達。
先程声を発したのは、この国の国王のようだった。
「アドガルム国王陛下の多大なる恩情、誠に感謝いたします」
シグルドが膝をつき、敬意を払う。
それに倣い皆慌てて膝をついた。
「あまり畏まらんでくれ。これからは、そなたが我が国の為に力を使ってくれるというのだから、私も嬉しさで胸がいっぱいだ。そちらが噂の孫娘達か。話は聞いているぞ、面をあげよ」
二人は学校の寮から着替える間もなくこちらに来たため、制服姿だ。
名指しされ、二人は顔を見合わせた後に立ち上がる。
「陛下、発言をお許し下さい」
「構わない、そちらの令嬢もな」
アルフレッドはミューズにも許可を出した。
二人を探るようにアルフレッドは見ている。その視線に負けぬよう、レナンは声を張り上げた。
「ありがとうございます、わたくしはスフォリア家長女レナンと申します。この度はわたくし達を受け入れて頂き、アドガルム国王陛下の懐の深さに、多大なる感謝を申し上げます」
「同じくスフォリア家の次女ミューズと申します。この度のアドガルム国のご助力、そして深い慈愛の心に感謝が尽きません」
二人は精一杯の敬意をしめす。
ふむふむとアドガルム王は満足そうだ。
「二人共いい子そうだな。私はアドガルム国のアルフレッド=ウィズフォードだ、気軽にアルフと言ってくれ。三人の息子がいるから紹介をしたい」
アルフレッドが促すと三人の男性が前に出る。
「お初にお目にかかります、麗しい令嬢方。アドガルム国王太子のエリックと申します、今後はここを第二の故郷としてアドガルムを頼って頂ければと思っております。貴女方を心より歓迎致します」
サラサラの金髪と翠眼と柔らかな物腰。
物語の王子様のように美しく、動作も洗錬されている。
白い衣装にマントを羽織り、優雅な佇まいだ。
ただ表情は笑顔だが、目は笑っていない。
腹の中が見えず、ある意味王族らしい振る舞いだ。
「俺は第二王子のティタンだ。見ての通りあまり王族らしからぬ格好だが、君達を歓迎している。シグルド殿にはたくさんしごかれ…もとい、たくさん世話になった。困ったことがあれば助力を惜しまない」
腰には帯剣、そして身につけている鎧から騎士なのだろう。
背はエリックよりも高く、薄紫の髪を後に撫で付けている。
黄緑色の目は落ち着かないようにソワソワしていた、あまりこういう場に慣れていないようだ。
「僕は第三王子のリオンです。この度は大変な事となり、さぞお心を痛めたことでしょう。この国での生活が貴女方に安寧を齎すよう、微力ながら手助けをさせてください。我が国は、いえ、僕達家族はあなた方を大事にします、これからよろしくお願いします」
まだまだ年若いのだろう、細い身体はミューズよりも小柄だ。
しかしその仕草はエリック同様とても優雅だ。
長い青髪を後ろで束ね、黄緑の瞳は好意が見てとれる。
歓迎してくれているのがわかった。
「皆様のお心遣い、感謝いたします」
レナンの声は震えていた。
いまだ事情もわからず、困惑しているが、こうしてアドガルム王家が受け入れてくれたことに、少なからず安堵しているのだろう。
「顔合わせは済んだ。王都の邸宅をシグルド殿達を受け入れる為に用意したので、ひとまずそちらに移ってもらおう。この大所帯をまずは落ち着かせないとな、おい誰か案内しろ」
数名の騎士が前に出る。
「貴重な賓客だ。道中何もないように警護も兼ねて案内してくれ。あぁレナン嬢とミューズ嬢はここに残ってくれ」
「えっ?」
名指しされ、さすがに困惑する。
「着の身着のまま来たのであろう、ドレスなどを用意したいがサイズと好みがわからぬのでな、少ししてからこちらで送っていく。いずれディエス殿もいらっしゃるのだろう?その時には返すよ」
シグルドは苦々しい顔になった。
つまり事が終わるまでの人質といったところだ。
「私達の息子と年も近いしな。シグルド殿の爵位の準備もするつもりだ。安心しろ、傷はつけない。アドガルム国に誓って」
リリュシーヌの魔力が多いことはアルフレッドも知っている。
その血を王家に取り込みたいのだ。
そしてシグルドの腕も買っている。
孫娘がここにいれば、シグルドも迂闊な事が出来ないだろうと考えられているのだ。
(すんなりと受け入れたのはやはり裏があるよな)
シグルドは悔しく思うがどうしようもない。
背に腹は代えられなかった。
ディエスの身の安全のため、そして自分たちの安全のためにも時間がなかったのだ。
リリュシーヌから連絡は来たが、証拠集めをするより早く、皆捕縛される可能性が高かった。
リリュシーヌが高い魔力を隠し、裏であのように予防線を張っていたから防げたことであって、通常であれば今頃シグルド共々皆捕まって投獄されていただろう。
「了解しました。レナン、ミューズ、心配するな。ディエス殿とリリュシーヌが来たら皆でまた暮らそう、それまではアドガルム国の作法も学ばないといけないからな、少し勉強のつもりでここにいてくれ」
「お祖父様がそう言うのならば」
姉妹一緒というのは、少しだけホッとする。
たまらずシグルドは二人を抱きしめる。
先ほどとは違い、優しく、強く。
「ここにいれば、少なくともリンドールの者は手出し出来ない。安全に過ごせる。すぐまた家族で過ごせるようにするからな、今は大人達の言うことを聞いてくれ」
素直な、優しい子達なのだ。
出来ることなら平穏に暮らして欲しかった。
だから辺境伯として、魔物や他の国から守っていたつもりだったのだ。
「証拠集めや、生活の基盤作りで数日は掛かるだろうから、あまり気負いすぎずに過ごすんだぞ。そうだ、アドガルムには美味しいスイーツがいっぱいある。珍しい本もだ」
二人を元気づけるようにそう言うと、二人は目を輝かせた。
「二人はそれが好きなのだろ」
すぐに用意すると、国王は命を出した。
「陛下、くれぐれも二人を頼みますぞ」
シグルドの睨みつける目線を軽くいなし、アルフレッドはさらりと言ってのける。
「善処する」
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