竜の神様

口羽龍

竜の神様

 啓太郎は都内に住む大学生。人間学を学びながら演劇部をしている。将来の夢は俳優で、ドラマの主演になる事が夢だ。


 啓太郎は帰り道を歩いている。ここからマンションまでは徒歩10分だ。高校生になって上京してからいつもこの帰り道を歩いている。


「今日も疲れたな」


 啓太郎は下を向いている。とても疲れているようだ。あと1週間ぐらいで発表会だ。今回の演目はファンタジーで、啓太郎は竜の神様を演じる予定だ。本当は主演をやりたかったけど、決まってしまった。セリフはしっかりと覚えてきている。後は本番だ。


「明日も稽古だ。頑張ろっか」


 啓太郎は空を見上げた。今日も月が美しい。今日は満月のようだ。空を見上げると、また明日も頑張ろうという気持ちになれる。


「ねぇ!」


 と、啓太郎は優しい女性の声を聞いた。啓太郎は辺りを見渡した。だが、周りには誰もいない。一体誰だろう。幻だろうか? オバケだろうか?


「どうした?」


 啓太郎は声をかけたが、反応がない。啓太郎は首をかしげた。ここ最近、こんな事がよくある。誰の声なのか、わからない。友人に相談しても、わからない。


 啓太郎は再び帰り道を歩き出した。自宅のあるマンションまであと少しだ。家に帰ったらシャワーを浴びて今日の疲れを取ろう。


 と、目の前に魔法使いのような人が現れた。魔法服を着ている自分より背の低い女性だ。小学生の女の子のような顔をしている。


「今すぐ魔界に来て! そして、世界を救って!」


 女性は必死な表情だ。どこか急いでいるようだ。


「えっ、急に言われても」


 啓太郎は戸惑った。世界を救えと急に言われても。心の準備すらできていないのに。そんなのお断りだ。


「いいから来て!」


 突然、啓太郎は光に包まれた。啓太郎は驚いた。自分の身に何が起こっているんだろうか? そして、あの女は誰だろう。この世界とは違う、別の世界からやって来たんだろうか?


 光が収まると、そこは雲の上だ。その下から中世ヨーロッパのような街並みが広がる。一体、いつの時代だろう。とても気になる。


「な、何だよ!」


 啓太郎はいまだに戸惑っている。世界を救えって、そんなのお断りだ。いつも通りに生活して、俳優になりたい。早く元の世界に戻りたい。


「ここは、どこ?」


 啓太郎は辺りを見渡した。ここは雲の上だ。まさか、天国だろうか? いや、そんなわけない。こんな突然に死ぬなんて、信じられない。


「魔界よ」


 女性は冷静な表情だ。昔からここに住んでいるようだ。


 信じられない。啓太郎は目を疑った。自分が魔界にいるなんて。こんなの絶対夢だ。また大学に通い、演劇のけいこをしたい。


「どうしてこんな事を!」


 啓太郎は怒った。いつも通りの生活をしたいんだ。世界を救うなんて冗談じゃない。こんなの夢だ。早く夢から覚めろ!


「世界の危機なの。ごめんなさい」


 女性は謝った。だが、啓太郎は聞き耳を持たない。


「魂を人間と契約すれば、竜の神様が生まれるの」


 魂と契約? 竜の神様? 全く意味が分からない。啓太郎は頭が混乱した。


「そんな事で、どうして僕が!」


 啓太郎は相変わらず反対した。魂と契約して竜の神様になるなんて? そんなの冗談じゃない。


「時間がない! 早く契約してよ!」


 女性は急いでいるようだ。もう時間がない。早く魂と契約して竜の神様になってほしいようだ。


 突然、啓太郎は再びまぶしい光に包まれた。今度は何だろう。元の世界に戻れるんだろうか?


「う、うわぁぁぁぁ!」


 啓太郎は思わず声を上げてしまった。またまぶしい光だ。もうまぶしい光はこりごりだ。早く元の世界に戻してくれ!


 光が収まり、啓太郎は目を開けた。




 その頃、地上では大魔王が大暴れしていた。地上の人々はおののき、逃げまとうばかりだ。誰一人として大魔王に戦おうとしない。大魔王に勝てっこないと思っている。


「キャー!」


 地上の女性は逃げまとった。家を燃やし尽くされ、逃げるしかない。だが、逃げたとしても、どこに逃げればいいんだろう。


「この世界を恐怖と死で覆いつくしてやる! 覚悟しろ、人間どもよ!」


 大魔王はこの世界を無に戻すために暴れまわっている。そして、世界を作り直し、恐怖と死で新しい世界を支配しようとしている。


「もうだめだ、死にそう!」


 ある男の人は絶望の中で大魔王を見つめている。もうこのまま世界の終わりを見る事になるんだろうか? もっと生きたかったのに。残念でしょうがない。


「あなた、諦めないで!」


 横にいた妻は必死に励ました。だが、その妻も半ばあきらめている。もうこのまま死を待つのみだろう。何と悲しい最期だろう。人生を全うしてから死にたかったのに。悲しい事に、叶いそうにない。


「怖がるな! 間もなくお前らは天国に行き、永遠の快楽を得る事ができるのだ!」


 大魔王は笑みを浮かべた。これで世界が終わる。そして、自分が支配する理想の世界が始まるのだ。


「そんなのやだ! 生きたい!」


 突然、厚い雲が辺りを包み出した。その雲は瞬く間に辺りを覆いつくし、見渡す限りになる。大雨が降るんだろうか? それは恵みの雨か? それとも涙雨か?


「な、何だ?」

「辺りが曇ってきた」


 人々は空を見上げた。こんな光景初めてだ。こんなにも厚い雲が広範囲に広がるなんて。


「ギャオー!」


 その鳴き声と共に、白い竜がやって来た。人々や大魔王はその様子をじっと見ている。まさか竜が空から降りてくるとは。一体何事だろう。


 大魔王は灼熱の炎を吐き、白い竜を倒そうとした。だが、白い竜は全くびくともしない。こんなにも強い奴がいたなんて、何者だろう。


「くそっ、何だこいつ。これで食らえ!」


 大魔王は白い竜に殴りかかった。それでも白い竜はびくともしない。とても強すぎる。全く歯が立たない。


「き、効かない」


 大魔王は焦っている。どうして効かないんだろう。今までどんな奴にも効いていたのに。


「ガオー!」


 大きな雄たけびと共に、白い竜は強烈な輝く息を吐いた。大魔王は驚いた。まさか、こんなにも強いとは。大魔王は薄れゆく意識の中で自分の弱さを知った。


 大きな音を立てて、大魔王は倒れた。まさか自分が倒れるとは。そして、夢を叶える前に命を落とすとは。無念としか言いようがない。


「だ、大魔王が倒れた!」


 人々は驚いた。まさか、あんなに強い大魔王が倒れるとは。倒せないと思われていたのに。まるで奇跡だ。


「や、やった! 世界が救われた!」


 人々は万歳三唱をした。竜の神様となった啓太郎はその様子をじっと見ている。何が起こったんだろうと呆然となっていた。


「本当にありがとう、竜の神様」


 すると、辺りがまぶしい光に包まれた。今度はどうなるんだろうか? ひょっとして、元の世界に戻るんだろうか?




「啓太郎くん!」


 啓太郎は目を覚ました。そこは自分の部屋だ。どうやら元の世界に戻ったようだ。だが、それまで何があったんだろう。全くわからない。


「えっ!?」


 啓太郎はとぼけていた。一体僕は昨夜、何をしていたんだろう。もう朝になっている。


「啓ちゃん、ここで寝てたのよ」


 演劇部の仲間の話を聞いて、驚いた。ここでずっと寝ていたとは。夢じゃないようで、夢のようだった。昨夜のあの夢は、何だったんだろうか?


「そ、そんな事ない。誰かに魔界に連れ去られて、竜の神様になって世界を救ったのに」


 啓太郎は昨日の様子を鮮明に語った。だが、みんな昨日の事を信じてくれない。魔界なんてないと思っているようだ。


「ずっとここで寝てたんだよ」

「あれ?」


 啓太郎は起き上がり、カーテンを開けた。魔界ではない、いつもの東京の風景が広がっている。だけど、魔界はこの世界と同じ空を見ているはずだ。魔界が救われた今、どんな気持ちで空を見ているんだろう。そして、世界を救った竜の神様を、どう思っているんだろう。


 僕は間もなく、演劇で竜の神様を演じる。その様子を魔界の人にも見てほしいな。そして、竜の神様を演じる人に恥じない演技を見せたいな。

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