第30話 ダンスパーティ当日


 そして、数日後のダンスパーティの当日。


 タウンハウスでパーティ用のドレスに着替えて、準備完了だ。


 前の社交会で着たドレスよりも動きやすいのは、ダンスをすることが前提だからだろう。


 赤が基調で装飾も綺麗で、踊ったら裾の部分がひらひらと舞うようになっている。

 前のドレスよりも動きやすいけど綺麗で、結構好きかも。


 準備を手伝ってくれたメイドの人にお礼を言って部屋を出て、会場まで行く馬車に乗るために屋敷を出る。


 すでに馬車の前には私より先に準備を終えた、ジークが待っていた。


 ジークも黒と赤を基調にしたスーツを着ていて、赤いマントもあって踊る用の衣装だ。


 やっぱりジークってスタイルいいし、イケメンよね。

 私が近づいてきたことに気づいたジークが、こちらを見て目を見開いた。


 そして頬を赤くして視線を逸らしたんだけど、なんで?


「お待たせ、ジーク」

「あ、ああ、まあ大丈夫だ」

「ジークの服、とても素敵ね。すごい似合ってるわ」

「ありがとうな。お前の服も綺麗で……いや」


 そこで言葉を止めたジーク、不思議に思って彼の顔を見上げる。


 ジークはまた頬を赤く染めて恥ずかしそうに視線を逸らしている。


「どうしたの?」

「っ、服が美しいのはもちろんだが、ルアーナが綺麗だな」

「……えっ!?」


 ジークからそんな直球な誉め言葉を言われるとは思っておらず、胸が高鳴って顔が熱くなる。


「き、綺麗?」

「……ああ、綺麗だな」

「っ……そ、その、ありがとう」


 ディンケル辺境で戦っていた時も兵士の方々に、「綺麗」や「可愛い」と言われていた。


 王都に来てからも貴族の男性の方に言われていたから、そういう誉め言葉は言われ慣れていると思っていた。


 だけどなぜか、ジークにたった一言言われるだけで……嬉しくて、恥ずかしくなってしまう。


「い、いきなりそんな真っすぐ褒めるなんて、どうしたの?」

「別に、なんでもない。ただ思ったことを……いや」


 ジークは頬をかいて、照れ隠しなのか先に馬車に乗り込むために私に背を向ける。


「これからいろんな貴族の男に会って、口説き文句を言われるだろうからな。その練習だ」

「むっ……」

「今のくらいで赤面するようじゃ、変な男に騙されるぞ」


 照れ隠しってわかるけど、なかなか言うじゃない。


 後ろからでも耳が赤いのがわかるから。


「そうね、今も変な男に騙されるところだったし」

「誰が変な男だ」

「あら、ジークとは言ってないじゃない。だけどその変な男には、騙されてもいいかも」

「……はっ?」


 私の言葉を聞いて驚いたように振り返ったジーク。


 最初はジークの目を見つめていた私だが、次第に恥ずかしくなってきて目を逸らした。


「じょ、冗談よ。ジークだって令嬢に言い寄られることが多いんだから、練習しとかないとでしょ。そのくらいで動揺するようじゃ、全然ダメなんじゃない?」


 いつもよりも早口でそう言うと、ジークが小さく笑い出した。


「くくっ、誘惑するほうが恥ずかしがってちゃ世話ないな」

「う、うるさいわね! 私は誰も誘惑しないから、別にいいのよ」

「ああ、そうだな」


 ジークが目を細めた優しい笑みのまま、私の頭に手を置いた。


「その顔を俺以外に、他の男に見せるなよ。誘惑してるって勘違いさせるからな」

「っ……」


 優しい笑みと共にそう言って、ぽんぽんと頭を軽く叩いてから手を離した。


 な、なによ今の……!


 その顔ってのが何なのかわからないし、今のジークの顔の方が女性を落とすような表情してたから!


「うぅ……!」

「ほら、唸ってないで馬車に乗るぞ。ダンスパーティまで時間がない」

「ジ、ジークが揶揄ってきたせいでしょ」

「はいはい、悪かったよ。ほら」


 ジークが悪戯っぽい笑みを浮かべながら、私を馬車にエスコートするように手を差し伸べた。


 その姿も様になっていて逆にムカッとしたが、私は大人しくジークの手を取る。


「他の男と踊るなよ、相手の男の足を血だらけにしたいならいいが」

「ジークの足にヒールで風穴開けてやるわ」

「全部避けるから大丈夫だな」


 私達はいつもの喧嘩のような会話をしながら、馬車で会場へと向かった。



 パーティの中に入ると、とても煌びやかな会場に圧倒される。

 皇宮の会場の方が大きかったが、ここの方が装飾は派手な気がする。


 ダンス会場なので演奏用の楽器が多く並んでいて、演奏してくれる人達もすでに準備が完了しているようだ。


「あっ、レベッカ!」


 友達のレベッカを見つけて、嬉しくなって彼女に駆け寄る。


 レベッカの隣にはエリアス様もいる。

 名前を呼ばれて驚いて振り向いたレベッカが、私を見て笑みを浮かべた。


「ルアーナ、お久しぶりです」

「はい、お久しぶりです! 手紙で毎日のようにやり取りはしてましたが」

「ふふっ、そうですね。前のお茶会も一週間ほど前で、そこまで長い間会ってないわけじゃないですからね」


 そう言って口に手を当てて美しく笑うレベッカ。


 令嬢の中でも彼女はまとっている雰囲気が、群を抜いて美しい気がする。


 友達だから特別に見えているだけかもしれないけど。


「ジークハルト様も、お久しぶりです」

「はい、お久しぶりです」

「ジーク、久しぶり」

「……」

「無視はひどくないかい?」

「すまんな、ニヤついた顔がイラついた」

「さらにひどいね、いつも通りのジークだけど」


 ジークとエリアス様も挨拶が済んだようだ……挨拶だったのかな?


 お互いの挨拶を済ませて、しばらく雑談をしている。


 さすがにすぐにダンスをするわけではないようだ。


「ルアーナ、あちらに茶菓子などが置いてあるのですが行きませんか? そこには多くの令嬢が集まって、挨拶をしてゆっくりと会話をする機会がありますよ」


 今回は皇宮の社交会みたいにとても固いものではなく、ダンスパーティなので緩い社交の場。


 だからお菓子なども置いてあって、そこに令嬢が多く集まっているらしい。


「行きたいですが、私はまだ令嬢の方々とちゃんと話せるか不安で……」

「大丈夫です、私がついてますから」

「レベッカ……!」


 彼女の頼もしい言葉に、私はとても感動した。


「ありがとうございます! レベッカみたいに優しい人と友達になれて、本当に嬉しいです!」

「うっ、満面の笑みが眩しくて上目遣いが可愛い……!」


 私よりも少し身長が高いレベッカに視線を合わせてお礼を言うと、レベッカは小さく何かを呟きながら頭に手を置いてクラっと倒れそうな仕草を見せた。


「私こそ、ルアーナみたいな可愛くて素敵な女性と親しくなれて光栄です」

「レベッカにそう言われるのは、本当に嬉しいです!」

「ふふっ、じゃあ行きましょう。連れて行ってよろしいですよね、ジークハルト様」


 レベッカはなぜかジークにそう問いかける。


 ジークも少し驚いたように身体を震わせたが、穢れのない青年のような笑みを浮かべた。


「ええ、もちろんです。私にルアーナを縛る権利などないですから」

「ありがとうございます。それと私にはその余所行きの笑みは不要です。無駄に綺麗な笑顔すぎて寒気がしますので」

「……そうっすか」


 笑顔の仮面が零れ落ちたように、すんっといつもの仏頂面に戻ったジーク。


 レベッカの容赦ない言い方に、私は「ふふっ」と声を出して笑ってしまった。


 ジークに睨まれたが、口角が上がったまま戻りはしなかった。


「レベッカ嬢、性格が悪いって言われません?」

「言われたことはありませんね。隠していますから」

「エリアスとそっくりで、お似合いですね」

「ありがとうございます、最高の誉め言葉です」

「嫌味ですけど」

「知ってます」


 レベッカ嬢がジークにニッコリと笑ってから、私と顔を合わせた。


「では行きましょうか、ルアーナ。保護者の許可も下りましたし」

「はい! ……ん? え、いや、ジークは保護者じゃないですよ!?」

「あら、そうでしたね」


 そんなことを話しながら、私とルアーナは令嬢達がいる場所へと向かった。

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