第29話 ダンスの練習


 レベッカと友達になってから、数日後。


 私はディンケル辺境伯家のタウンハウスで、ダンスの練習をしていた。


 あれからレベッカと文通などでやり取りをしていて、今度ダンスパーティがあることを聞いたのだ。


 皇宮ほど大きくはないが、その次に王都で一番大きい会場。


 それがあと数日と迫っていて、私とジークもそこに招待された。


 皇族も来るような大きな社交会で、ダンスをするらしい。


 貴族なら子供の時に絶対に学んでいる社交ダンス。

 十八歳にもなれば、普通の貴族の男女だったら絶対に踊れる。


 ……私は踊れないけど?


 十歳までは平民として生きてきて、それから五年間は伯爵家で軟禁されて、十八歳までは戦場で戦っていた。


 ダンスを学ぶ機会なんて一回もなかった。

 社交会には行きたいが、行くとしたらダンスは学ばないといけない。


 だから練習をしているのだが……。


「下手だな」

「……難しいのよ」


 近くで見ていたジークにそう言われて、何も言い返せなかった。


 ダンスって、こんなに難しいの?


 別に私は運動能力がないわけじゃないと思うんだけど、近接戦闘も多少出来るし。


「先生、どうしたらいいですか……」

「うーん、すでにダンスの動き方などは全て教えているのですが」


 女性のダンスの先生に聞いても、困ったような反応で言った。


 そう、すでに動き方などは学んでいるし、基本や応用の動きもわかっている。


 その動き自体は出来るのだが……人と一緒にやると、全然出来なくなる。


 二人一組になってするダンス、相手に合わせて動かないといけない。


 先生と一緒にダンスを練習していたのだが、めちゃくちゃ間違えてしまう。


「もう一回やりましょう。動きは完璧なので、あとは慣れだと思います。相手と呼吸を合わせましょう」

「は、はい、頑張ります!」


 そして音楽を魔道具で流して、私は先生と踊る。

 今度こそは、と思ってやったのだが……。


「す、すみません、先生……」

「だ、大丈夫ですよ。そこまで痛くないので」


 五分後、私が先生の足を踏んでしまって、練習は中断。


 やはり全く出来ない……私、ダンスの才能が全くないようだ。


 呼吸を合わせるとか、相手の動きを合わせるのが本当にできない。


 ダンスパーティでは最低でも一回は踊らないといけないとのことだ。


 このままでは相手を怪我させてしまう可能性もあるので、ダンスパーティに行けない。


「どうすればいいの……」

「練習するしかねえだろ」


 近くで見ていたジークが寄ってきて、とんでもない正論を言った。


「そりゃわかってるけど、どう練習すればいいのかわからないのよ」

「……まあ、とりあえずやるぞ」

「やるって、先生が今は休憩しているから……」

「だから、俺がやってやるって」

「えっ、いいの? というかジークって、ダンスできるの?」

「当たり前だろ」


 ジークがダンスしているところなんて見たことがないけど、子供の頃にすでに習得していたのか。


「だけど私、下手だからまた足を踏んじゃうかも」

「お前に踏まれたくらいで痛むほど弱くないから大丈夫だ」


 魔物と戦うために鍛えていると思うが、足の甲をヒールで踏まれたらかなり痛いと思うけど。


 それでもやってくれるというなら、ありがたい。


「そうですね、当日は男性と踊ると思いますので、女性の私よりもジークハルト様の方が練習相手として相応しいと思います」


 先生もそう言ってくれたので、私とジークは部屋の真ん中で向かい合う。


 ジークが手を差し出して、私は手を重ねる。

 なんだか、とてもしっくりくる。


 少し見上げると、ジークの端整な顔があって視線が合う。


「踏んだらごめんね」

「踏まれる前に避けられるから大丈夫だ」

「避けたら追ってあげる」

「おい、踏む前提なのはおかしいだろ」


 そう笑い合った直後、音楽が流れる。


 ジークと身体を寄せ合い、音楽に合わせて踊る。

 これほどジークと身体を寄せ合ったことはほとんどなかったが、緊張よりも先に安心感を覚える。


 なぜなのかはわからないけど、まだ慣れてないダンスも上手く出来ている。


 ジークが合わせてくれている? いや、だけど私も彼の動きに合わせて動いていた。

 意地悪のつもりか、ジークが基本の動きだけじゃなく応用の動きばかりするので、逆に私の方が合わせている場面が多い。


 それでも、ちゃんと踊れている。


 音楽が終わるまで、私とジークは全く止まることなく踊り続けられた。


「素晴らしいです! とても綺麗でした!」


 先生が拍手をしながら称賛するほど、上手く出来たようだ。

 なぜいきなりここまで上手くいったのかわからないけど、本当によかった!


「応用もとても綺麗に決まっていました。今のを忘れないうちにもう一度、次は私と踊りましょうか」

「はい!」


 よし、これで先生とも踊れればダンスパーティは誰とでも踊れる……と思っていたのだが。


「すみません、すみません……」

「だ、大丈夫です……」


 また先生の足を踏んでしまった……。

 さっきはジークの足を踏む気配すらなかったのに。


「踏むならジークの足を踏みたかった……」

「おい、どういう意味だ」

「先生よりもジークの足を踏んだ方が、私の心は痛まなかったと思って」


 だけど本当になんで先生と踊ると合わないというか、下手になるのだろうか。


「多分これは、相性の問題でしょう……」

「相性ですか?」


 先生が足を庇いながら立ち上がり、教えてくれる。


 うぅ、本当に申し訳ない……。


「はい、ルアーナ様とジークハルト様は家族で長い時間を共にしているので、お互いにどう動くのかが手に取るようにわかるのでしょう」

「確かに、そうかもしれません」


 先生と踊るよりもジークがどう動くのかが予想がついた。

 それはジークと一緒にいる時間が長いから、ということね。


「つまり私は、ジークくらい長く一緒にいる人とだったらダンスが出来る、ということですね!」

「そうなりますね」

「……ダメじゃないですか?」

「ダメですね」


 ダンスパーティでは初めて会う人に誘われたら、その人とダンスをするのだ。

 多分私の今の実力じゃ、レベッカとも踊れない。


「どうしよう……」

「いいだろ、これで」


 私が悩んでいると、ジークが近づいてそう言ってきた。


「いいって何よ。これじゃあダンスパーティに行けないんだけど」

「ダンスパーティは一回踊ればもう踊らなくていいんだぞ。だから――」


 ジークが私の手を取り、視線を合わせて。


「――ルアーナは、俺とだけ踊ればいい」


 真剣な表情で、そう言った。


「えっ……」


 その表情と言葉に、思わずドキッとしてしまった。

 時間が止まったかのように、数秒ほどジークと黙って見つめ合って……。


「っ……!」


 お互いに顔を赤くして、視線を逸らした。


「は、初めてダンスの練習をして、俺と踊れるだけ十分だろ」

「そ、そうね。うん、ジークと踊れるんだから、ダンスパーティには行けるわね」


 私達は顔を真っ赤にしながら、何かを誤魔化すようにそう言い合った。


 なんか今の雰囲気は少し……どこか恥ずかしかった。


 いつもの私とジークの雰囲気ではない、変な感じだったわ。


「私はもう帰ってもよろしいでしょうか?」


 気まずそうな笑みをしながら、先生が問いかけてきた。


「あ、先生、その……」

「ジークハルト様とだけ踊りになるのであれば、もう練習は不要だと思います。あとはお二人で仲良くしてください」

「は、はい、先生、教えてくださりありがとうございました」


 先生にそうお礼と言うと、先生も一礼をして部屋を出て行こうとする。


「最近フラれた私にあの空気はダメージがデカいわ……私も早く恋人がほしい、あんなイケメンでカッコいい恋人が……」


 出ていく時になんかボソボソと独り言を言っていたようだが、よく聞こえなかった。


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