第31話 男二人のダンス相手
ルアーナとレベッカがいなくなって、また二人で残ったジークハルトとエリアス。
「また二人きりになったね、ジーク」
「その言い方止めろ、鳥肌が立つ」
「うん、僕もちょっとゾワッとした」
「お前が言ったんだろ」
壁の方に寄って、ドリンクを持って壁に背を預けながら話す二人。
まだ音楽は流れないようだが、もうそろそろ始まる雰囲気があった。
貴族の男性が令嬢に声をかけている姿が多く見られる。
まだ相手がいない男性や女性はいるので、そういう人達がここで声をかけている。
まだ親密ではないが、親密になりたいと思っている人が相手に声をかけるのだ。
「懐かしいなぁ、僕もまだ婚約していない頃、レベッカにダンスを申し込んだよ」
「お前から行ったのか、知らなかったな」
「もちろん、女性から声をかけさせるわけにはいかないだろ? それに、僕が声をかけなかったらレベッカは僕と踊らなかったよ。彼女は僕に興味なかったからね」
「なるほど、腹黒い同士が最初から仲良かったわけじゃないのか」
「うん、一回ダンスも婚約も断られているしね」
「そうだったのか」
貴族の中でも最上位の公爵家、そこの嫡男のエリアスからの誘いや婚約を断る令嬢なんて、なかなかいないだろう。
「断れてから、さらにアタックを激しくしたけどね」
「それはレベッカ嬢も可哀そうだったな」
「最終的には彼女も僕を好きになってくれたから、本当によかったよ。ジークも頑張りなよ?」
「……ああ、わかってるよ」
エリアスは素直に頷いたジークにビックリしたが、成長した子供を見守るような笑みを浮かべた。
「素直に彼女を褒める、って前に助言したけど、どうだった? どうせ君のことだから、今まで素直に褒めたことはないんだろうと思ってたけど」
「まあ、確かに容姿に関しては褒めたことはなかったが」
「やっぱり。だけど容姿以外に褒めたことはあるんだね」
「……容姿だけで好きになったわけじゃないからな」
「お、おお……ジークからそんな惚気話を聞かされるとは思わなかったよ」
「惚気てねえよ」
ジークは無意識に言っていたので、少し恥ずかしそうに視線を逸らした。
「それで、容姿を褒めたのかい? 僕もレベッカと仲良くなるために彼女の容姿を褒めたことがあるんだけど、僕の言葉は全く響かなかったよ。まあ僕の腹黒さを知っているから、当然だとは思ったけど」
「お前の話は知らねえよ」
「ふふっ、ごめんごめん。それで、やったのかい?」
「……やったぞ」
「どうだった?」
「……まあ、悪くはなかった」
「そっか、それなら嬉しいけど、ジークが成長して違う人になったみたいで寂しいよ」
「お前は俺の親かよ」
「似たようなものだよ」
「違うに決まってるだろアホが」
男二人が壁際でそんな会話をしていたが、何人かの令嬢が遠くから見ている。
二人は壁に背を預けて飲み物を飲んでいるだけだが、それが様になっていて令嬢から熱い視線を浴びていた。
そして、ついに一人の令嬢が話しかけに来る。
「エリアス様、ご機嫌よう」
「御令嬢、ご機嫌よう。今日は一段と美しいですね」
「まあ、ありがとうございます、エリアス様」
「……」
褒められた令嬢が頬に手を当てて恥ずかしそうにしているが、ジークハルトはその様子を冷めた視線で見ている。
エリアスの言葉に全く心がこもってないとわかるからだ。
一人が話しかけてきたことにより、その後も令嬢が集まってくる。
ジークハルトも仕方なく壁にもたれるのをやめて、令嬢達と話し始める。
ジークハルトも令嬢達と話す時は余所行きの笑みを浮かべるので、あまりエリアスのことは言えない。
だがエリアスのように心ない言葉で相手を褒めたりすることはない。
「エリアス様、今宵はどなたとダンスをするのでしょうか?」
「もちろん、婚約者のレベッカとしますよ。彼女としないなんて、考えられないですから」
「まあ、素敵です。それでよろしければ、そのあとに私と一曲踊っていただけませんか?」
それを聞いた時、ジークハルトは(あの令嬢、勇気あるな)と素直に思った。
婚約者がいたら他の女性と踊ってはいけない、なんてルールはない。
だがそれでも注目されることは確実だし、エリアスの婚約者のレベッカを挑発しているように見られる。
伯爵令嬢のレベッカを敵に回してもいいと思うほど、公爵家嫡男のエリアスは価値がある男なのは確かだ。
だが今回の場合、敵に回したのはレベッカではなく……。
「――僕が、婚約者のレベッカを放って他の令嬢とダンスをする男だとお思いで?」
「えっ……?」
「聞こえませんでしたか? 僕が、レベッカを放って、他の令嬢に現を抜かす男だと? それは少し心外ですね、ええ、本当に」
「あ、あの、そういうわけでは……」
「ではなぜ僕にダンスのお誘いを? 僕がレベッカを放って他の令嬢と踊る不誠実な男だと思ったから、誘ったのでは?」
「ち、違います……!」
エリアスは全く笑みを崩していない。
さっきまでダンスを誘った令嬢を褒めていた笑みを、全く同じ表情。
だからこそ、その令嬢は心の底から震えた。
「申し訳ありません、エリアス様……!」
「僕は謝ってほしいわけじゃなく……」
「そこまでだ、エリアス」
まだ追い詰めようとしていたエリアスを、ジークハルトが肩に手を置いて落ち着かせる。
「御令嬢、失礼しました。エリアスはレベッカ嬢のことになると、冗談が通じなくて。彼はレベッカ嬢を愛しているので」
「……そうなんです、僕はレベッカを愛しているので。だからあなたと踊ることは出来ず、申し訳ありません」
「い、いえ、その、こちらこそ申し訳ありません……」
エリアスにすっかりビビってしまった令嬢は、一礼をしてからその場を足早に去った。
周りにいた令嬢も今のやり取りを見て、エリアスを誘えないとわかって離れていった。
「いやー、ありがとうね、ジーク。あのままだったらあの芋を泣かせていたよ」
「ほぼ泣きかけていたけどな」
令嬢のことを芋と呼んでいるのを、ジークハルトは突っ込まなかった。
「このまま僕と一緒にいると、ジークも令嬢からの誘いをもう受けないかもね。どうする?」
「初めて、お前と一緒にいたいと思えるよ」
「ふふっ、やっぱり?」
エリアスの言葉に、ジークハルトが笑みを浮かべて言う。
「俺もお前と同じで、他の女と踊ることなんて考えてないからな」
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