第27話 エルサお姉様との話
その後、ジークとエリアス様が飲み物を取りに行ってくれた。
エリアス様はやはり女性の扱いに慣れている感じで、さっきまでいっぱい喋っていた私とレベッカのために気を遣ってくれたのだろう。
「とてもいい人ですね、エリアス様は」
「いい人だと、そう思いますか?」
「はい、そう思いましたが……」
なんだか含みのある言い方だけど、どうしてだろう?
少しだけレベッカは悩んでから、少し声を落として話す。
「友達であるルアーナだから言いますが、エリアス様はなかなか腹黒い人ですよ」
「えっ、そうなのですか?」
「ええ、私以外のほとんどの令嬢が、芋に見えると言ってましたから」
「芋? え、美味しそうってことですか?」
ほとんどの令嬢が美味しそうって、よくわからないけど。
私の言葉を聞いて、また少し口を押さえて泣きそうになるレベッカ。
「うぅ……!」
「ど、どうしたんですか?」
「芋と聞いて美味しそうと思うのが天然で可愛らしいけど、子供の頃に食事をまともに取れなかったから全部美味しく食べられるという不憫な話を聞いたから……!」
「お、美味しいですよ、芋は!」
戦場で食べる野戦食以外、食べ物は美味しいから!
いや別に野戦食も味がしないだけで、不味くはないけど。
「なんだか今日はルアーナの話を聞いて涙腺が爆発してしまったようで……」
「は、はぁ……」
「失礼しました。それで、エリアス様が他の令嬢が芋に見えるというのは、全員同じような顔に見えるということです」
「なるほど……つまり、心の中では意外と失礼なことを考えている、ということですか?」
「はい、かなり失礼なことを考えていると思いますよ。今も、ほら」
レベッカが見ている方向を見ると、エリアス様が令嬢達に囲まれて話している姿があった。
エリアス様も令嬢達も楽しそうに話しているように見えるが……。
「私にはわかりますが、今エリアス様が心の中で思っていることは『群れてしか行動できない虫が、早く散ればいいのに』です」
「そんな酷いことを!?」
え、すっごい笑顔で話しているのに、本当にそんなことを?
「あとで答え合わせしましょう、大体はあっていると思いますから」
「は、はぁ……」
答え合わせが少し怖いけど……。
「お、お話し中、失礼します」
後ろからそんな声が聞こえて、私とレベッカが振り向く。
私は声で誰かわかっていたが……そこには、エルサお姉様がいた。
「エルサお姉様?」
「ル、ルアーナ、少し話を……」
エルサお姉様が私に話しかけている途中、レベッカが私の前に立った。
レベッカの顔を見ると、エルサお姉様を敵として認識しているように睨んでいた。
「エルサ嬢、何か御用でしょうか?」
「……レベッカ嬢、私はルアーナに話がありまして」
「何の話でしょうか?」
「ふ、二人で話したい内容なので」
「私も今、ルアーナと二人で話しておりますので。ここで話せないなら、どうかお引き取りを」
いきなり二人は睨み合いながら会話をしていた。
多分レベッカは、私を守ってくれているのだろう。
私がアルタミラ伯爵家にいる時にエルサお姉様にされてきた仕打ちを、レベッカに話しているから。
その気持ちはとても嬉しいけど。
「レベッカ、私は大丈夫ですよ」
「っ、ルアーナ、ですが……」
「エルサお姉様なら、大丈夫です」
なぜかはわからないが、今のエルサお姉様は私に対して嫌な態度を取るつもりがないようだ。
私に声をかける時も、様子を窺った感じで話しかけてきた。
いつもなら「ルアーナ、来なさい」みたいな傲慢な態度を取るのに。
レベッカが前に出てくれたけど、私はその隣に並んでエルサお姉様と話す。
「何か用でしょうか、エルサお姉様」
「さっきも言ったけど、二人で話がしたいの」
「いえ、ここで話してください。私もレベッカと話している途中なので」
「っ、ルアーア、いい加減に……!」
「それとも、ジークが来るまで待ちますか?」
「っ!」
エルサお姉様がこのお茶会に来ていたことは気づいていた。
レベッカと会話をしている時に、彼女からも言われた。
『ルアーナがアルタミラ伯爵家と何か関りがあると思っていたので、エルサ嬢をこのお茶会に呼んでしまいました。二人が絡んで何か面白い情報が出ないかと思いまして……すみません』
別に謝られるようなことじゃないけど、レベッカもエリアス様同様に、ちゃんと腹黒いのは確かね。
「ジークがそろそろ戻ってくると思いますが、それから話を聞きますよ」
「くっ……」
結構前から、エルサお姉様が私の様子をチラチラと見ていたことに気づいていた。
そしてジークに怖がっていることも、私は知っている。
だから今、ジークがいないところを狙って私に話しかけに来たのだろう。
「わ、わかったわ。レベッカ嬢、聞いてもよろしいですが、これは内密にしてほしいです」
「お話によりますが、善処しますわ」
エルサお姉様はレベッカを軽く睨んでから、私と視線を合わせる。
「ルアーナ。まず、私はもう、あなたと絡むつもりがないの」
「今、絡んできていますが?」
「これを除いてよ。私はもうあなたから、ディンケル辺境伯家から手を引く。これは大前提として、聞いてほしいの」
「何をでしょう?」
「お父様とグニラお兄様は、何か企んでいることを」
エルサお姉様は周りを気にしながら、声を落として言った。
「お父様はあなたをアルタミラ伯爵家に入れようとしている。あなたの功績を伯爵家のものにしようと。まだ諦めている様子はないわ」
「なるほど」
「グニラお兄様は、あなたとジークハルト様に仕返しをしようと考えているわ。多分……殺そうとしていると思う」
「……そうですか」
正直、想像通りだ。
特にグニラお兄様はあんな屈辱的なやられ方をして、何もしないで終わるような人ではない。
だけどそれはエルサお姉様もそうだと思っていた。
「エルサお姉様は、何もしないのですか?」
「しないって言っているでしょ。私はもう……ジークハルト様に、関わりたくないの」
「ああ、なるほど」
そういえば前にエルサお姉様は、ジークに脅されていた。
その時のことがトラウマになって、もうジークと関わりたくないのだろう。
とても正しい判断だと思うけど。
「でも、なぜその情報を私に?」
「私は敵対していない、ってことを伝えるためよ。これからアルタミラ伯爵家とディンケル辺境伯家が敵対することになると思うけど、私への被害が最低限になるために伝えたの」
「……話は以上ですか?」
「え、ええ。その、出来ればアルタミラ伯爵家はどうなってもいいから、私だけは……」
エルサお姉様はそう言うが、別に私が出来ることは何もない。
「私から辺境伯家に『エルサお姉様を見逃してあげてください』と言うことを望んでいるのですか?」
「そ、そうよ」
「それは無理な話ですね。辺境伯家の当主、クロヴィス様が決めたことを私は覆す力なんて持っていませんから」
「そ、そこをなんとか……!」
「それに」
私はエルサお姉様をキッと睨み、語気を強めて言う。
「あなた達にされた仕打ちを忘れてはいません。こちらから潰しにいかないだけ、ありがたいと思ってください」
「っ……」
クロヴィス様に「アルタミラ伯爵家に仕返しをしないのか?」と聞かれたことがある。
私が望めば、クロヴィス様は全力で潰しにいってくれると。
娘として大事にされていると感じて、それはとても嬉しかった。
だけど私はそれを断った、いまさら仕返しをしたところで意味がないと思ったから。
私はディンケル辺境伯家で生活できることが、幸せだったから。
アルタミラ伯爵家はもう私の人生に関わらないでくれたら、それでよかった。
だけど……お父様が無理やり私を家に戻そうとしたり、お兄様が攻撃を仕掛けてくるのであれば、容赦はしない。
「そちらから仕掛けてくるのであれば、全力で対応させていただきます。エルサお姉様が出来ることは、お父様やお兄様を説得することだけです」
「うっ……」
「話は以上ですよね。ではお引き取りを。そろそろジークも戻ってきますよ」
私がエルサお姉様から視線を外すと、彼女は少し何か言いたげにしてから……何も言わずに去っていった。
はぁ、まさか自分だけは見逃してほしい、という話をするために、ずっと私の様子を窺っていたとは。
その浅ましい行動に少しイラついてしまったが、隣にレベッカがいることを忘れていた。
「レベッカ、すみません、お見苦しいところを見せてしまい」
そう謝りながらレベッカを見ると、頬を赤らめてボーっとしていた。
私と視線が合って、ハッとして小さく笑った。
「ふふっ、大丈夫ですよ。ルアーナは天然で可愛らしくて守らないといけない女の子だと思っていたのですが……カッコよくもありますね」
「そ、そうですか?」
「はい、さすが女性で特別褒章をいただいただけありますね」
いきなり褒められて少し照れるけど、レベッカに引かれてないならよかった。
その後、ジークとエリアス様が戻ってきてまた四人で話していた。
「あっ、エリアス様、さきほど他の令嬢達と話している時に、『群れてしか行動できない虫が、早く散ればいいのに』と思っていましたか?」
「よくわかったね、さすが僕の婚約者だよ」
「ふふっ、これくらい当然ですわ。ね、ルアーナ、当たっていたでしょ?」
「……はい、そのようですね」
あまり当たってほしくない答え合わせだったけど……。
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