第25話 ジークとエリアス


 ルアーナとレベッカがベンチに座って仲を深めている間、男二人は立って喋っていた。


「なんでお前とまた二人で喋らないといけないんだよ」

「まあまあ、久しぶりの再会なんだから、いいじゃないか」


 ジークハルトとエリアス、子供の頃に仲良くなった友人二人だ。


 約五年ぶりで、先日の社交会で久しぶりに会った。


 容姿は二人とも変わったはずだが、一目でお互いにわかった。


「前に会った時に軽く話しただろう」

「軽くじゃないか。五年も会っていなかったんだ、積もる話があるだろう?」

「俺は別にない」

「ふふっ、そうかい? 僕はいろいろあるけどね。例えば……ルアーナ嬢のこととか」


 エリアスが揶揄うように言った言葉に、ジークハルトは舌打ちをする。


「チッ、別にルアーナとはなんでもねえよ」

「ふふっ、まだ僕は何も聞いてないよ?」

「……やっぱりお前と話すのは疲れるから、離れていいか?」


 ジークが少しずつ距離を取ろうとしたのだが、エリアスは揶揄うような表情に変わりはない。


「別にいいけど、僕と話したほうが疲れないと思うよ?」

「はっ? どういうことだ?」

「ここ、お茶会だって忘れてる? 男女の出会いの場。今日はあまり男性がいないから、狙われるよ」


 先日のような皇宮での大きな社交会は、男女が出会うような場ではないが、今回のお茶会などは令息と令嬢の出会いの場に近い。


 だが主催者のレベッカの本当の目的は、ルアーナと仲良くなることだったから、令息をほとんど呼んでいない。


 だから今、このお茶会に来ている令嬢が狙える男性は限られていて……その中でもジークハルトは、一番狙われているだろう。


「僕はすでに婚約者がいるから話しかけられないけど、君は違うだろう? 僕と話してた方が、令嬢に話しかけられることはないよ」

「……はぁ」


 ジークハルトはため息をついて、エリアスから離れようとしていた足を止めた。


「知らない令嬢と話すことよりも、僕と話すことを選んでくれて嬉しいよ」

「消去法だ、お前と話したいわけじゃない」

「まあそれでもいいよ。さて、ルアーナ嬢のことは聞いてもいい?」

「……ルアーナ自身の過去とかは話さねえぞ」

「もちろん、それは聞かないよ。どう見ても何かあるってわかるからね」


 ジークハルトに姉や妹がいるという話は、聞いたことがなかった。


 ディンケル辺境伯家とアルタミラ伯爵家に何があったのかわからないが、エリアスは察しがいいので予想はついている。


 そんな面倒なことを聞くよりも、エリアスはもっと楽しいことを聞きたいだけだ。


「単刀直入に聞こう……ルアーナ嬢と婚約はしてないのかな?」

「してないのかな、じゃねえよ。うぜえな」

「僕がうざいのは君が一番知っているからね。それで、どうなんだい?」

「……してねえ」


 その答えに、エリアスは目を丸くして驚いた。


 婚約をしてないことに、ではない。


 ジークハルトなら「婚約なんてするわけねえだろ」と答えると思っていたから。


「えっと……どうしよう、次は何を聞こうかな」

「別に何も聞かなくてもいいが?」

「よし、次の質問だ」

「俺の話を聞けよ」


 ジークハルトの言葉を無視して、エリアスが質問を続ける。


「君は婚約をしてもいいと思うほど、ルアーナ嬢を想っているのかい?」

「……お前、ルアーナの前でそれを絶対に言うなよ」


 子供のころから変わらない、照れ隠しの時に視線を逸らすジークハルトの仕草。


 それを見て、エリアスは驚きながらも笑みを浮かべる。


「……まさかあのジークがね」

「なんだよ、俺が人を好きになるのはおかしいか?」

「いいや、全く。君が成長したようで、どこか嬉しいよ」

「お前は俺の親かよ」

「ふふっ、こんな素直じゃない息子は嫌だな」


 エリアスの生暖かい視線が耐えられず、ジークハルトは自分の話題からずらす。


「お前こそ、昔は『馬鹿な令嬢なんて全部同じ顔に見える』と言ってたじゃねえか」

「あはは、今でもだいたいの令嬢はそうだよ」

「……お前、まだやっぱり腹黒いのは治ってないんだな」

「治すものじゃなく、隠すものだと思っているからね」


 満面の笑みでそう言い切るエリアスに、ジークハルトは少し引いた。


 昔と変わってないことに少し安心もしたが。


「お前が婚約したレベッカ嬢は、他の令嬢とは違うと?」

「もちろん、馬鹿な令嬢たちとレベッカを一緒にしてもらっちゃ困るよ。レベッカはとっても可愛いんだから」

「そうか。まあ俺にはよくわからんが」

「ふふっ、今にでもわかるよ。あっ、でもレベッカに惚れちゃダメだよ? 君とはいい友達であり続けたいからね」

「惚れるわけねえだろ。あといい友達でもねえ」


 そんなことを話していると、二人に近づいてくる影が一つ。


「ジークハルト様!」

「っ、レベッカ嬢」


 大股で近づいてきたレベッカ、なぜかその表情は怒っているようであった。


 レベッカの後ろにはルアーナもいた。


「ジークハルト様、あなたはいったい何をしているのですか!?」

「……何か、俺がレベッカ嬢を怒らせるようなことを?」

「ルアーナ嬢のことです! なぜあなた、ルアーナ嬢に社交会の常識などを全く教えていないのですか!」

「……はい?」


 よくわからない怒られ方をして、ジークハルトは首を傾げた。


「ルアーナ嬢が私に身の上話を全部話した理由も、あなたがしっかりルアーナ嬢に教えてあげなかったからです!」

「全部話した? 身の上話を?」

「あなたがしっかり教えてあげないからです! それに皇宮での特別褒章の話をルアーナ嬢に言ってなかったそうですね! なぜそんな重大なことを言わないのですか!? そんな小さな意地悪って、馬鹿なのですか!?」

「ちょ、ちょっと待て……」

「いいえ待ちません! まだまだ言いたいことはありますから!」


 なぜかルアーナのために怒っているレベッカが、ジークハルトに問い詰めている。


 その勢いに押されて何も言い返せない、言い返すことを許されないジークハルト。


「お、おい、エリアス! お前の婚約者を止めてくれ!」


 エリアスにすら助けを求めるジークハルトだったが、エリアスはただ笑っていた。


「あはは、やっぱりレベッカは可愛いなぁ。ルアーナ嬢も、そうは思わないかい?」

「えっ? え、ええ、そうですね……」


 ルアーナは友達になったばかりのレベッカが怒っている姿、それに珍しく狼狽えるジークハルトを見て呆然としていた。


「ルアーナ嬢は、レベッカに気に入られたみたいですね」

「あ、はい。私達、友達になりました」

「そうですか、気が合ったようならよかった」

「おい、そこで和やかに話してないで……!」

「ジークハルト様! 人の話はちゃんと目を見て聞くと習いませんでしたの!?」

「……」


 その後、ジークハルトがレベッカに怒られるという状況はしばらく続いた。


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