第24話 友達?騙す?
女性で皇室から特別褒章をいただくことは、非常に珍しい。
男性の方が活躍しやすい貴族社会、女性は活躍をしても男性の陰に隠れてしまう。
そんな中、皇宮での社交会で男性と共に特別褒章をいただいた女性がいた。
突如、社交会に現れた見目麗しい女性、ルアーナ・チル・ディンケル。
ディンケル辺境伯家の嫡男、ジークハルトよりも注目を浴びていた。
社交会で声をかけた時、いろんな令嬢に質問攻めをされていて困っている様子だった。
軽く挨拶をして、ルアーナのことを軽く質問をして去った。
あんな人数の令嬢に声をかけられていて、レベッカのことを覚えているはずがない。
だけどダメ元でお茶会に誘ってみたら、すぐに承諾して来てくれた。
それだけでも、レベッカは幸運だと思っていたのに――。
「私達、と、友達になりませんか?」
「……はい?」
ルアーナからのいきなりの提案に、レベッカは目を丸くした。
なぜいきなり「友達になろう」という話になったのか。
今はレベッカの婚約者のエリアスと、ルアーナと一緒に特別褒章をいただいていたジークハルトが話しているのを見て、仲良さそうで羨ましいという話をしていた。
「だ、だからその、レベッカ嬢はあの二人が友達で羨ましいと言っていたので……私も、羨ましいと思っていまして……」
「……なるほど?」
「私も友達が欲しいと思っていたので、レベッカ嬢がよければ、友達になりたいと……」
ルアーナが自信なさげに、恐る恐るそう言った。
彼女の容姿は海を思わせるような綺麗な青くて長い髪、可愛らしくて愛らしい雰囲気がある。
先日の社交会でアルタミラ伯爵家の当主に啖呵を切って、可愛らしいだけじゃない強い存在感が見て取れた。
しかし今は、年齢相応の不安げな表情をしてレベッカを見ていた。
友達になりたいという、子供のような願いを込めて。
(もしかしてルアーナ嬢は……友達がいないのかしら?)
とても失礼なことを想いながら、レベッカも気を使いながら質問をする。
「ルアーナ嬢はこういう社交会やお茶会は、あまり経験がないのでしょうか?」
「はい……先日の皇宮での社交会が、人生で初めてでした」
「ジークハルト様は慣れていらっしゃるようですが、ご一緒に王都に来ることはなかったのですか?」
「ジークは子供の頃に経験したようですが、私はその頃は辺境伯家じゃなかったですから」
「辺境伯家じゃ、なかった?」
「はい」
(……あら、今なかなか重要なことを喋ってないかしら、この子)
ディンケル辺境伯家の子ではなかった? つまりルアーナは養子ということだろう。
(そういえばアルタミラ伯爵家が、この子を自分の家の者と言っていたわね。もしかしたらそれが、この子の出自かしら?)
それならあの時のアルタミラ伯爵家の行動に説明がつく。
だけどこれは、あまり話してはいけないような内容だろう。
(この子、あぶなっかしいわね)
伯爵家から辺境伯家に出自を移した、とても訳ありな過去を持っている。
それでいて社交会は全く経験がなく、自分の弱点になりえる情報を簡単に出してしまう。
だが……皇室から特別褒章をいただくほどの、実力者。
(とても、興味を惹かれる子ね)
もともとレベッカは、ルアーナと仲良くなりたいと思っていた。
だがそれは友達なんかではなく、お互いに利があるような関係になるという、ただの人脈作りだ。
(まあここは合わせて、友達になると言っておいた方がよさそうかしら)
伯爵家の令嬢として、当然の考えだ。
そもそも貴族の令嬢同士で、普通の友達関係を築くことが難しい。
小さい頃から学院では派閥争い、社交会でも腹の内を探るような会話をしてきた。
ジークハルトとエリアスが普通に友達なのが珍しいのだ。
(私も仲の良い令嬢は多くいるけど、心の底から友達と呼べる人は一人しかいない)
レベッカはまだルアーナを心底信じているわけではない。
(演技には見えないけど、まだその可能性もあるわ)
レベッカは心の内ではそんなことを想いながら、ルアーナに笑いかける。
「ルアーナ嬢、私もあなたと友達になりたいと思っていました」
「本当ですか!?」
レベッカの言葉に顔を輝かせて、とても嬉しそうなルアーナ。
(うっ、なんだか騙しているようで心が……いえ、もしかしたらこれが演技なのかもしれないのだから、気をつけないと)
笑みを崩さずに、レベッカは話を続ける。
「はい、本日もルアーナ嬢のお話を聞かせてもらいたいと思いまして、お茶会に招待したのです」
「私の話、ですか?」
「特別褒章をいただいたルアーナ嬢の話を、ぜひお聞きしたいです。無知で申し訳ありませんが、この間の社交会までルアーナ嬢のことは全く知らなかったですから」
「あっ、それは私が今まで社交会に出ていなかっただけですから」
「だから、ぜひルアーナ嬢のお話を聞かせてください。よろしいですか?」
「もちろんいいですが、どこから話せばいいのか……」
「ゆっくりでいいですよ。座る場所もあるので、一度座りましょう」
ルアーナとレベッカは庭にあるベンチに隣同士で座った。
「私の話……どこから話しましょうか」
「どこからでもいいですよ。友達なので、全部しっかり聞きますよ」
ルアーナがどんな人間なのか、過去の話を聞けばわかるかもしれない。
訳ありのようなので、そう簡単に全部話してくれるとは思ってなかったレベッカだが……。
「友達……! そうですよね、友達なら全部話しますよね!」
ルアーナが満面の笑みを浮かべてそう言ったのを聞いて、レベッカは少しだけ苦笑い気味になった。
(この子、本当に大丈夫かしら……)
情報を話してくれるならレベッカは大歓迎なのだが、ここまでだとさすがに気が引ける。
(そうね……話を聞いてからアドバイスとして、信頼できない人には話さないようにと伝えておきましょう。私はもう話してくれると言っているので、それは聞きますが)
レベッカはそんなことを思いながら、ルアーナに話を促す。
「ではルアーナ嬢は、どんな幼少を過ごしていたのでしょうか?」
「私、もとは平民で――」
最初からなかなか重要なことを言われたが、まずは全部聞いていく。
平民出身だと思っていたら父親は伯爵家で、母親が亡くなってから伯爵家の屋敷に住むが婚外子ということで、五年間も迫害されて育った。
最後には魔物と戦っている辺境の地に戦いの術を教えてもらえずに生贄として送られ、自身の隠していた才能を開花して、ディンケル辺境伯家の家族になって今に至る……と。
「――という感じで、今はディンケル辺境伯家でお世話になっていまして……レベッカ嬢?」
「ぐすっ、ひぐっ……!」
レベッカは、号泣していた。
ルアーナの半生を聞いて、それはそれはとても泣いていた。
「レベッカ嬢!? な、なぜ泣いて……!」
「うぅ……ルアーナじょう、申し訳ありません……」
「な、なにがです?」
ルアーナは本当に意味がわからなかったが、レベッカは心の底から自分の行動を悔やんでいた。
(こんな生い立ちでいながらも、腐らずに真っすぐ育った素敵な良い子を、私は騙そうとして……いえ、騙していたなんて。本当に、うぅ……!)
もともとレベッカは善人で、涙もろいところがあった。
そういう弱いところは社交会などでは隠しているのだが、ルアーナの話を聞いて隠すことは出来なかった。
(特別褒章をいただくほど強い力を持っているのに、どこか貴族社会に疎い理由がわかったわ)
このままではおそらく、ルアーナを利用しようとする悪い奴に騙されてしまうかもしれない。
それこそ「友達になろう」と言えば、身の上話を全部話してしまうほどだから。
辺境伯家でジークハルトが近くにいるといっても、貴族社会を一人でやっていけるくらいの知識は身に着けないといけないだろう。
(私が、この子を守るわ! こんな可愛いルアーナ嬢を、絶対に悲しませない……!)
そう決心して、レベッカは涙を拭いてルアーナと真っすぐ見つめ合う。
「ルアーナ嬢!」
「は、はい?」
「私、あなたを守ります! 絶対に!」
「えっ? その、ありがとうございます……?」
「私を許してくださるのなら、友達になりましょう!」
「許すって何を……?」
「これから話しますが、まずルアーナ嬢。そんな大事な身の上話を初対面の人に話しちゃ絶対にダメです!」
「えっ!? だけど聞いたのはレベッカ嬢じゃ……」
「聞かれても話しちゃダメです!」
「そんな理不尽な!?」
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