第21話 アルタミラ伯爵家、破滅の道へ



 ヘクター・ヒュー・アルタミラは、とてもイラついていた。


「ああ、クソが!」


 執務室に積み重なっていた本や書類を殴って、床が見えなくなっていく。


 大事な本なのか書類なのかわからないが、それらをさらに踏んでストレスを発散する。


 しかしそんなことをしても、苛立ちは全く収まらない。


「なんでルアーナが生きてるんだ!? 辺境の地で死んだはずじゃなかったのか!?」


 三年前、派遣してからすぐに死んだと思っていたので、確認もしていなかった。


 どうやって戦場で生き残ったのか、魔導士の一族だが魔法は全く教えていなかったはず。


 いや、今はもうどうでもいい。


 結果として生き残っているのだ、方法なんて後で調べればわかるだろう。


 問題なのは、ルアーナの功績がアルタミラ伯爵家ではなく、ディンケル辺境伯家のものになっていることだ。


(許さんぞ、あの女の功績はアルタミラ伯爵家のものだ! 特別褒章をこの伯爵家がもらえれば、事業はやり直せるはずだ!)


 ここ一年でさらに事業の成績が下がってきている。


 このままでは爵位が下がっていき、没落貴族となってしまう。


 最悪、爵位を没収されてしまうかもしれない。


 それだけは何とかして避けないといけない。


「ディンケル辺境伯め、手柄を全部自分のものにしたいからって、ルアーナの出自を変えやがって……!」


 すぐに戻したいが、皇宮で開かれた社交会で皇帝陛下がハッキリと「ルアーナはディンケル辺境伯の者」と言ってしまった。


 それを覆すのはとても難しい。


 覆せるとしたら皇帝陛下が「間違っていた」とまた社交会で言うか、ディンケル辺境伯家が「ルアーナはうちの者ではない」と言うか。


 それ以外は……。


「ルアーナが、うちに戻ってくるか、だな」


 三つの中だったら、一番それが現実的だろう。


(そもそも、社交会のあの場であいつが「アルタミラ伯爵家の者です」と言っていれば済んだ話なんだ! それをあいつ、私がわざわざ出たというのに……恥をかかせやがって!)


「誰が、あの出来損ないを育ててやったと思ってる!」


 ヘクターはそう叫んで、また部屋の中の書類を蹴り飛ばした。


 まだヘクターの怒りは収まらないようだ。



 アルタミラ伯爵家の別の部屋では、もう一人怒りで震えている者がいた。


 グニラ・リウ・アルタミラ。ルアーナの母親違いの兄だ。


「くそ、くそが……前が、まだ霞んで見える……!」


 ベッドの縁に座って、片手に氷が入った袋を持って目や腫れた頬を当てていた。


 ルアーナにやられた目は約半日経ったが、まだいつものようには見えない。


「お兄様、大丈夫? 明日の朝には普通に視力は見えるって話よ」


 近くの椅子に座っているルアーナの姉、エルサがそう言った。


 医者に軽く診てもらいすぐに治るとのことだったが、微妙に残っているのがグニラの怒りを増幅させていた。


「あのゴミが、この俺にふざけた真似を……!」

 ルアーナに対して、ずっとこの伯爵家でゴミみたいな扱いをしていた。


 だからこそ、そんなゴミにしてやられて、心の底からイラついて許せなかった。


「あのまま俺が魔法で一帯を焼き尽くせば、絶対に殺せたんだ。それなのに、邪魔が入った……!」


 大声を出そうとすると、頬の傷がズキズキと痛む。


 頬は医者に見せて、治癒魔法で治してもらったが、頬の内側が切れたところ治りきらなかったようで、まだ痛みは引かない。


 魔法を放ってから辺り一帯を炎で埋め尽くしてやろうと思ったところ、頬に衝撃が合って吹き飛んで気絶した。


 あとでエルサに聞いたが、ルアーナと一緒に特別褒章をもらっていたジークハルトとう男の仕業だったらしい。


「あんなの、しっかり目が見えていて、不意打ちじゃなかったら殺せたんだ! あの野郎、ジークハルトってやつも絶対に許さねえ!」


 自分は特別だと信じて疑わないグニラ。


 第一皇子に負けたのも調子が出なかっただけ、決闘場で戦ったが周りが第一皇子の応援ばかりで、気が散っただけと本気で思っている。


「ルアーナ、ジークハルト……! 絶対にあの二人を、殺してやる! なぁ、エルサ!」


 殺意が溢れ出る目はまだ霞んで見えないが、確実に復讐してやると燃えていた。


 だがその言葉を聞いて、近くで座っていたエルサがビクッと震えた。


 いつもならグニラがあいつらに仕返しをしようとすると言った時、「お兄様、絶対に私も復讐したいわ!」とでも言うのだが……。


「お兄様、私はいいわ。少し、あの人達……いえ、ジークハルトという人とは関わりたくないから」

「はっ? エルサ、どうしたんだ?」

「い、いえ、なんでもないけど……ただ近づきたくないだけうよ」

「なんだ、どういうことだ?」

「だから、なんでもないわ。そろそろ氷が解けるだろうから、持ってくるわ」


 そう言ってエルサはグニラの部屋を出て行った。


 目がやられているのでエルサの表情は見えなかったが、声が震えていた気がする。


(もしかしてエルサは、すでにジークハルトって野郎に何かされたのか!? あのクソ野郎、俺が寝ている間に妹にまで手を出しやがって……!)


 グニラはそう思って、さらに身体を怒りに震わせた。



 だが実際、エルサは何もされていない。


 ただ――エルサは、あの瞬間に理解していたのだ。


『ルアーナに手を出すなら、俺が許さねえ。わかったか?」


 エルサは社交的で人付き合いが多かったから、相手の言葉がどれだけ本気かどうかなどは察することが出来た。


 あの言葉は、本気だった。

 だからエルサは、手を引いた。


 ルアーナから、ジークハルトから。


 その判断が正しかったことは――近い内に、兄であるグニラが身をもって教えてくれた。


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