第20話 兄姉を返り討ちに


「お二人揃って、私に何か御用でしょうか?」


 私が笑みを浮かべたまま問いかけると、二人はさらにイラついたように口調を荒げる。


「ああ? お前、本当に調子に乗ってるな」

「辺境伯に媚びを売って特別褒章を奇跡的にもらった分際で、偉そうに……!」


 この二人は私が自分の実力で特別褒章をいただいた、なんて全く思ってないようね。


 三年前の伯爵家にいた頃の私を見ていれば、そう思っても不思議ではないけど。


「お前のせいで父上と母上が恥をかいて、アルタミラ伯爵家の名に傷がついたんだぞ!」

「土下座じゃ足りないわ! あなたなんか、死んで詫びなさい!」


 叫ぶように言う二人、うるさくて周りの人達が離れていくのがわかった。


 私が伯爵家にいた頃のように、ここで何も逆らわずに「ごめんなさい」とでも言うと思っているのだろうか?


 この人達は三年間で何も変わらなかったみたいね。


「あの方々が恥をかいたのは、自業自得では? 私には全く関係ない……とは言いませんが、謝罪する必要も価値もないですね」

「な、なんだと!?」

「あなたみたいな出来損ないを育ててあげた両親に、向かってなんて言うことを……!」


 私の言葉に目を見開いた二人だが、驚きたいのは私の方だ。


 あの人達に育てられた記憶は一切ない。


 最低限の衣食住を保証されていたが、それ以上に苦痛を与えられた。


「私はあの人達を両親と思ったことも、家族だと思ったこともありません。私の家族は亡くなった実母と、ディンケル辺境伯家の方々です。あなた達も、兄妹だと思ったことはありません」

「ふざけやがって……! 俺もお前なんて、妹と思ったことは一度もない!」

「私もよ! 誰があなたみたいな出来損ないを妹なんて……!」

「出来損ない? 今宵の社交界で特別褒章をいただいたディンケル辺境伯家、辱めを受けたアルタミラ伯爵家。どちらが出来損ないなのかは、明白では?」

「お前、いい加減にしろ!」

「どっちが上か、思い出させてあげる!」


 私が嘲笑いながら言い放った言葉に、二人が我慢出来なかったのか顔を怒りに歪めて近づいてくる。


 家にいた頃は暴力を振るわれたこともある。


 私はそれに対抗できず、ただ受けるしかなかったけど、今は違う。


「このっ!」

「お兄様、何してるの! 早く当ててよ!」

「くそっ、ちょこまかと動くな!」


 グニラお兄様が大きく振りかぶって殴ってくるが、それを軽く避ける。


 魔導士として前線で戦っていたので近接戦は苦手だが、攻撃を避けるのは訓練してきた。


 お兄様も多少は訓練をしているだろうが、戦場で三年間命を懸けて戦ってきた私ほどではない。


 そして私の魔法は魔物にはとても効果があるのだが、人体には全く害を与えない。


 むしろ怪我や傷を治すくらいだ。


 だけど、多少の攻撃手段はある。


 私は攻撃を躱してから、手の平をお兄様の顔の前に出す。


「『光明(ルーチェ)』」

「ぐあぁぁぁ!? 目がぁぁぁ!?」


 光を使った、ただの目潰しだ。

 だけど効果は絶大で、お兄様は目を抑えて倒れた。


 全力でやったら失明くらいさせられるけど、そこまではやっていない。


 それでも丸一日くらいは何も見えなくなったでしょうね。


「あ、あんた、お兄様になんていうことを……!」

「襲ってきた人を返り討ちにした、正当防衛です。エルサお姉様も、私とやりますか?」

「くっ……!」


 グニラお兄様よりも魔法も弱く、接近戦も苦手なエルサお姉様。


 私に挑んでくる度胸もないようね。


「それならもう帰ってくれないですか? 私はここで待ってる人が……」

「ゆ、許さない、許さんぞ、お前ぇぇぇ!」

「っ!」


 お兄様が後ろでふらふらと立ち上がりそう叫んだ、と同時に炎の魔法を放った。


 何も見えていないはずのお兄様、だから全方位に魔法を放って私を攻撃しようとしているようだ。


「どこだ、どこにいる!? 絶対に許さんぞ、ルアーナぁぁ!」

「ちょ、お兄様! 私もいるのですが……!」


 エルサお姉様の言葉も届いていないようで、炎魔法を放ち続けるお兄様。


 まさか皇宮の庭でこんな魔法を出すとは思わなかった。


 魔法を使えば自分の身は守れるけど、このままでは他の人が巻き込まれてしまう。


 どうしようかしら……。


 そう思っていると、お兄様に近づく影が見えた。


 あれは……。


「ルアーナを、絶対に殺して……!」

「誰を、殺すって?」

「あぁ?」

「ゴミが、ルアーナに指一本も触れさせねえよ」


 炎の魔法を簡単に突破したジーク、そのままお兄様の横っ面に拳を入れた。


「ぶへっ!?」


 吹っ飛んだ地面に転がったお兄様、炎も消えたので気絶したようだ。


 気絶、よね? 死んではないわよね?


「俺が飲み物を取りに行ってる間を狙ったのか知らねえが……」

「ひっ!?」


 ジークに睨まれたお姉様が悲鳴を上げる。

 訓練された兵士ですら怖がるジークの威圧感、お姉様には耐えられないだろう。


「ルアーナに手を出すなら、俺が許さねえ。わかったか?」

「は、はい、ごめんなさい……!」

「わかったなら、そこのゴミを連れて消えろ」


 お姉様は涙を流しながら、気絶したお兄様を引きずってどこかへ消えていった。


「ありがとう、ジーク。お陰で助かったわ」

「……ああ」


 私がお礼を言うと、ジークはいつも通りの照れながらの返事をした。


「だけどさすがにあの威力で殴るのはやりすぎじゃない? お兄様、死んでないわよね?」

「死んでねえよ……多分」

「なんでそこまで本気で殴ったのよ?」

「それは、お前が……やっぱりなんでもない」


 私が何なのかよくわからないけど……ジークの性格上、これ以上聞いても話さないだろう。


「そろそろ会場に戻る? クロヴィス様から、社交界で人脈を作れって言われてるしね」

「ああ、そうだな」

「人脈作りって貴族って感じがするけど、私、友達が欲しいのよね」

「友達?」

「うん、そう」


 平民の頃も友達はいなかったし、アルタミラ伯爵家に行ってからは友達どころか話し相手すらいなかった。


 ディンケル辺境に行ってからは話す人が増えたけど、友達という関係はいない。


 兵士の方々には敬ってもらっているけど、少し距離が置かれている気がする。


「そういえばジークも友達っていないわよね?」

「まあそうだな。俺の下についてる兵士の奴らはいるが」

「それは友達っていうよりは部下でしょ。ジークも同性の友達とか作れば?」

「お前も同性の友達が欲しいのか? 異性はいらないのか?」

「異性も欲しいかもだけど、まずは同性からじゃない」

「……そうかよ」


 なんかふてくされたような感じになってしまった。


 あっ、もしかしてジーク、私が異性の友達が出来るのを嫉妬しているの?


 意外と可愛いところがあるのよね。


「大丈夫よ、ジーク」

「あっ? なにがだよ」

「私が異性の友達が出来ても、ジークは特別だから」

「なっ!? そ、それって……」


 頬を赤くして聞いてきたジークに、安心させるように笑みを浮かべて言う。


「あなたは家族だから、特別よ」

「……はぁ、そうかよ」


 えっ、なんかため息をつかれて、呆れられた感じなんだけど。


 なんで? もしかして……。


「えっと、ジークは私を家族って認めてないの……?」


 クロヴィス様やアイル様は私をディンケル辺境伯家として認めてくれた、と言っていた。


 だけどジークが認めた、とは一度も言ってなかった。


 妹と思っているとは言ってくれたけど……。


 私の言葉に彼は一瞬だけ目を見開いてから、ふっと優しく笑う。


 そして私の頭に手を置いて、軽く頭を撫でてきた。


「なに心配そうな顔してんだ、そんなわけねえだろ」

「ほんと?」

「ああ、ルアーナは……俺の特別だよ」


 ジークの言葉に、私は胸のあたりが温かくなるのを感じた。


 それと同時に、顔が熱くなっていく。


 まさかジークがそんな優しい声色で言うとは思っていなかったから、私も恥ずかしくなってしまった。


「あ、ありがとう、ジーク……」

「ああ……」


 ジークも恥ずかしくなったのか、お互いに少し黙ってしまう。


「そ、そろそろ会場に戻ろっか」


 私がそう言ってジークよりも先に歩き出し、会場の方へと向かっていく。


「……今の関係のままじゃ、絶対に終わらせないがな」

「えっ? なんか言った?」

「いや、なんでもねえよ。戻るぞ」

「う、うん」


 ジークが私に並んで歩き始める。


 最後にジークが言った独り言は聞こえなかったけど――その独り言の真相を知るのは、遠い未来ではなかった。


「これからもよろしくね、ジーク」

「ああ、よろしく、ルアーナ」


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