第18話 初めての社交界


 一週間後、私とジークは王都に到着していた。


 辺境伯領よりも建物も大きく、人が多くて栄えている街。


 王都ってこんな感じなのね。


「王都か、小さい頃に来たぶりだな」

「そうなのね」

「ルアーナは三年ぶりか?」

「ええ、だけど懐かしいって気持ちはないわね」

「そうなのか?」

「ええ、だって街にほとんど出なかったから」

「……そうか」


 あ、またちょっと気まずい雰囲気に……。

 いけないわね、王都に来てすぐに。


 やっぱり少し嫌な思い出があるから、気が滅入っているのかも。


「ジーク、この後はタウンハウスに荷物を置いたら、夜に社交界があるんでしょ?」

「そうだな、いきなりで俺も少し驚いたが」

「私は社交界とか初めてだし、エスコートはよろしくね」

「ああ、任せとけ」


 初めてのことで緊張するけど、戦場よりは楽だと思うから……大丈夫よね?


 そして、その日の夜。

 私とジークは正装して会場へと向かった。


 ジークの正装なんて初めて見たけど、なかなかカッコよく決まっていた。


 もともと顔立ちも整っているし、身長が高くてスタイルも抜群だから、似合うにきまっているけど。


 だから普通に「似合っているわね」と言ったら、ジークは照れたように「……お前もな」と言ってくれた。


 私も豪華なドレスを着ていて、初めてだったので不安だったが、ジークに言われて安心した。


 お世辞を言うような性格じゃないし、大丈夫だろう。


 そして私達は招待された社交界に着いて、二人で広い会場の中を回る。


 多くの貴族の方々がいて、各々で会話をして楽しんでいるようだが……。


「ジーク、ここって皇宮よね?」

「ああ、そうだな。皇族が開いてる社交界だしな」

「そうよね……」


 社交界デビューが皇宮って、さすがに緊張がすごいんだけど。


 とても豪華すぎて、そこらへんに飾っている壺なんか倒したら、死ぬまで借金を課せられるんじゃないか、と思うほどだ。


 あとさらに緊張させる要因が……。


「なんで私達はこんなに注目されてるの?」


 戦場にずっといたからか視線には敏感で、とても注目されているのはわかった。


 それにまだ遠目で見られているからか、私とジークの周りにはまだ人はほとんど来ない。


「そりゃ辺境から全く来てなかったディンケル家の子息と、よくわからない女が一緒にいたら目立つだろう」

「なるほど……って、よくわからない女って何よ」

「他の貴族から見れば、どこの誰かわからない令嬢ってことだよ」


 確かに、アルタミラ伯爵家の婚外子だなんて、たぶん誰も知らないでしょうね。


「私、どこの家か聞かれたらなんて答えればいいの?」

「そりゃ、ディケル辺境伯家でいいんじゃねえか」

「家名も? 何かいろいろ問題が生まれない?」

「大丈夫だ、父上と母上はもうお前を家族と認めている」


 あの方々は私を家族として扱ってくれているから、とても嬉しい。


「だけど私がディンケル家の家名を今使ったら、ジークの妻に見られない?」

「なっ!? そ、そうは見られないだろ、多分……」


 いきなり狼狽えたようで、ジークは恥ずかしそうに私から視線を外す。


 まあそうか、兄妹に見られるわよね。私が姉ね、うん。


 しばらくそうしていると、会場の中で階段が少しあって床が少し高くなっているあたり、そこに人が立って全員が注目する。


 どう見てもこの中で一番豪華な服装、さらには頭に王冠も。


 私でも一目でこの方が、皇帝陛下だということがわかる。


 顔に少しだけ皺が見えるが、それでもとても威厳がある雰囲気を持っていた。


 皇帝陛下が登場してから、会場での会話がピタッと止まった。


「皆の者、今宵はよく集まってくれた。本日は皆に、紹介したい者達がいる」


 ん? なんか皇帝陛下がこっちを向いてない?


「ディンケル辺境伯の者達、前へ」


 皇帝陛下がそう言ってこちらを向いているので、会場中の視線が私達に。

 えっ、な、なんで? それに「者達」って言ってたから、私も?


「ジ、ジーク、こんなの聞いてた?」


 私が小さな声でそう問いかけると、ジークはニヤリと笑った。


「ふっ、ああ、聞いてた」

「なんで言わないの!?」

「その方が楽しいから」


 こいつ……!

 三年前からこういうところは変わってないのね!


「あとは……面倒なところは、お前は知らなくていいと思ってな」

「えっ?」


 どういうことかしら? 面倒なところ?


「ほら、早く行くぞ。皇帝陛下がお待ちだ」


 ジークが腕を差し出してくれたので、私は肘あたりに手を置いてリードされる。

 とても注目されながら、私達は皇帝陛下の前に出て、頭を下げる。


「ジークハルト・ウル・ディンケル、皇帝陛下にご挨拶申し上げます」


 ジークの後に続いて私も言おうとしたのだけど、なんて名乗ればいいのか迷う。


 だけど……。


「ルアーナ・チル・ディンケル、皇帝陛下にご挨拶申し上げます」


 私もクロヴィス様を、アイルさんを、そしてジークを。


 家族だと思っているから。


 私の名乗りを聞いてジークが私にしか気づかないくらいだけど、ビクッとしていた。


「ディンケル辺境の地。周知の通り、そこは魔物の侵攻をずっと食い止めていて、この帝国を守り続けている地だ」


 皇帝陛下がここにいる人達に話しかけて説明するように続ける。


「ここにいるジークハルト、ルアーナは、戦場で何年も戦い続け、聖騎士、聖女として活躍している」


 えっ、皇帝陛下にまで私が聖女って呼ばれていることが知られているの?


 それにジークが、聖騎士?

 なにそれ、初めて知った。


 全く聖騎士っていう見た目というか、戦い方をしていない気がするけど。


「よってこの二人に、そしてディンケル辺境伯家に、特別褒章を授けることに決まった」


 ……なんかいろいろと驚きすぎて、よくわからない。


 私とジークが特別褒章をもらうの?


「受け取ってくれるな?」

「はい、光栄でございます、皇帝陛下」


 ジークがすぐに返事をした、やはり彼は知っていたようだ。


 私も返事をしないといけない、と思って口を開いたのだが……。


「お、お待ちください、皇帝陛下!」


 静まっていた会場に、そんな叫び声が響いた。


 そちらを見ると……私の父親、ヘクター・ヒュー・アルタミラ伯爵が慌てたように出てきた。

 後ろにはデレシア伯爵夫人もいた。


 この二人がここにいることは知らなかったけど、広い会場の中のどこかにいるだろうと思っていた。


「ヘクター・ヒュー・アルタミラ伯爵です。皇帝陛下、ご無礼をお許しください。しかし今の話の中に、偽りがあることを伝えに参りました」

「……なんだ?」


 小さく笑みを浮かべてご機嫌だった皇帝陛下が、とても不機嫌そうに問いかけた。


 その低い問いかけに狼狽えたアルタミラ伯爵だが、声を震わせながら続ける。


「お、恐れながら申し上げます。ルアーナはアルタミラ伯爵家の者です」

「ほう?」

「なぜかディンケル辺境伯家の家名を名乗っておりましたが、私の家の者です。なので特別褒章でしたら、ディンケル辺境伯家ではなくアルタミラ伯爵家に授けることが道理かと」


 ……何を言うかと思ったら、本当にこの人達は救えない。


 私のことを娘なんて思ったこともなければ、アルタミラ伯爵家の者なんて一度も認めなかったくせに。


 私が特別褒章を授かろうとした瞬間、手の平を返してそれを言いに来たのね。


 伯爵家で特別褒章をもらいたいために、この時だけ。


「ルアーナ、そうよね? あなたは私達の家の子よね?」


 デレシア夫人が、周りの視線を気にしながら震えた声で問いかけてくる。


 本当に、浅ましい人間ね。


「いいえ、違います。私はアルタミラ伯爵家の人間じゃ、ありません」

「っ、お前……!」


 アルタミラ伯爵とデレシア夫人が私を睨んでくるが、私も睨み返す。


 三年間戦場に立っていたのだ、こんな人達から睨まれたところで、何も怖さを感じない。


「この者は、そう言っているようだが?」

「ち、違います! ルアーナが嘘をついているだけで、調べればわかります!」


 確かに私がここで口だけで言っても、書類上、私はアルタミラ伯爵家の者になっているはず。


 本当に厄介で面倒ね。


「いいや、もう調べはついている」

「えっ……?」

「ルアーナ・チル・ディンケル。彼女は正真正銘、ディンケル辺境伯家の者だ」

「そんな馬鹿な……!?」


 皇帝陛下の言葉に、私も驚いた。


 婚外子だとしても私はアルタミラ伯爵家だったはず。


「ジーク、どういうこと?」


 私が小さな声でジークに問いかける。


「だから言っただろ、父上と母上は家族と認めていると」

「えっ、もしかして……」

「ああ、もうすでにお前の身分を書き換えて、ディンケル辺境伯家の者にしている」

「そ、そこまでやってたの? というか、そんなこと出来るの?」

「父上は皇帝陛下と仲良いらしいからな」


 いや、それはすごいけど、仲良いだけで出身を書き換えられるの?


 しかも伯爵家から辺境伯家へって、とても面倒で難しそうだけど。


 ここまで裏回しが済んでいるとは思わなかった。


「それで、何か言いたいことは他にあるか?」


 皇帝陛下がアルタミラ伯爵とデレシア夫人を睨みながら問いかける。


「くっ……!」

「あ、その……」


 二人は何も言うことが出来ず、ここに集まっている貴族の方々から冷たい視線を浴びている。


 誰がどう見ても、醜態を晒していると断言出来るわね。


「何もないなら下がれ。時間の無駄だ」

「も、申し訳ありませんでした……」


 私の元両親は、クスクスと笑われながら会場の後ろの方へ下がっていった。


 五年間、ずっと怖くて何も反抗出来なかった両親。


 両親のあんな無様な姿を初めて見たけど……性格が悪いかもしれないけど、とてもスカッとする気持ちになるわね。


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