第16話 家族に



 翌日……起きて、私の心の内を占めた感情は。


(はっずかしい……!)


 十七歳になって、幼子みたいに泣きながら抱きついて寝るなんて……!

 恥ずかしくて、隣で起き上がったアイルさんを見られない。


「ふぁ……おはよう、ルアーナちゃん」

「お、おはようございます、アイルさん」

「よく眠れたかしら?」

「はい、大丈夫でした……それはもうぐっすりと」


 今までになく快眠だった。

 これほど眠れたのは……ジークが手を握ってくれた時以来かもしれない。


 あの時もとても安心して眠れたことを覚えている。


「そう、それはよかったわ。他人と寝るのが気になって寝れない人っているから」

「私は大丈夫みたいです……それに、他人じゃなくて家族、ですから」

「っ! ルアーナちゃん、可愛い!」

「わっ!」


 ベッドの上でいきなり抱きついてきたアイルさん。

 勢いのまま倒れこんでしまい、また私達はくっついたままベッドの上で寝転がった。


「はぁ、本当に可愛いわね、ルアーナちゃんは」

「うぅ、なんだか子ども扱いされてる気がします……」

「私からすればルアーナちゃんもジークちゃんも、まだまだ子供よ。それにジークちゃんも、人と寝るとぐっすり眠れるタイプよ?」

「そうなんですか?」

「そうよ、ジークちゃんがまだ十二歳で小さかった頃ね――」


 その後、私とアイルさんはメイドさん達が来るまで、雑談をしていた。


 寝起きだというのに二人とも盛り上がってしまい、メイドさんを呼ぶのを忘れるほどだった。


 メイドさんがこの部屋に来た時、アイルさんがいたことに少し驚いていたようだけど、すぐに身支度を手伝ってもらった。


 二人で食堂へ行くと、すでにクロヴィス様とジークが席に座って待っていた。


「ん、二人で一緒に来るとは珍しいな。それにルアーナがご飯の時間に遅れるのも珍しい」

「クロヴィス様、それだと私が食い意地を張ってるみたいじゃないですか」

「実際そうだろう?」

「ご飯が大好きなだけです」

「くくっ、そうか」

「あなた、あまりルアーナちゃんをいじめないの」

「ああ、悪かったな」


 私とアイルさんが席に着くと、隣にいるジークも話しかけてくる。


「母上と何かあったのか?」

「うっ……べ、別に、何もなかったわ」

「絶対に嘘だろ」


 簡単に見破られてしまった、今のは私もわかりやすい反応をしてしまったけど。

 だけど言うわけにはいかない、アイルさんと寝た時に泣いてしまったなんて。


「ルアーナちゃんと今日は一緒に寝たのよ。ふふっ、すっごく可愛かったわ」

「アイルさん!?」

「ほう、そうなのか。それは羨ましい限りだ」

「ふふっ、あなたと寝るのもいいけど、ルアーナちゃんも抱きついて寝てくれて可愛かったわよ」

「ア、アイルさん!?」


 まさか包み隠さずに言うなんて……!


 いやだけど、泣きながらという一番恥ずかしいことは言わないでくれたようだ。


 それにしても恥ずかしいけど。


「へー、そうなのか。母上と眠るのはそんなに気持ちよかったか?」


 ニヤニヤと笑いながら揶揄ってくるジーク。

 いつものことだけど、それに少しイラっとしてしまう。


「なによ、悪い?」

「いいや? まあ、お前はまだまだ子供だもんな」

「……そうね。誰かさんが十二歳の頃、初陣で怖がって眠られくなくなって、アイルさんに抱きついて眠ったのと同じくらい子供ってことね」

「なっ!?」


 私の言葉に、ジークが真っ赤な顔をして反応した。


 あっ、やっぱりアイルさんの言ったことは本当だったのね。


 嘘を言われたとは思わなかったけど、全然信じられなかったから。


「なんでお前がそれを……!」

「もちろん、当事者の方に聞いたからよ」

「くっ、母上! なぜそれをルアーナに喋ったんですか!?」

「だってルアーナちゃんと寝てたら、当時のジークちゃんを思い出したから」

「ああ、そんなこともあったな。俺も当時のジークと眠りたかったのだが」

「父上も、揶揄わないでください……!」


 私を揶揄う雰囲気から一変して、両親に揶揄われて恥ずかしがるジーク。


 ジークは私のことを睨んでくるが、知らんぷり。


「あっ、そうだ。初陣と言えば、ジークちゃんってルアーナちゃんのために、私と同じことをしてあげたんだってね? すごく優しいわね!」

「なっ!? な、なんで母上がそのことを……!」

「もちろん、ルアーナちゃんに聞いたからよ」

「ル、ルアーナ、お前な……!」

「だってアイルさんからとっても素敵な話を聞いたから、お返しに話をしたくなるでしょ?」


 だけど同じこと、とは言ってないけど。


 私はジークに手を繋いでもらって寝ただけ、アイルさんとジークは一緒の布団に入って寝ているから。


「ほう、私もそれは聞いてないな」

「ルアーナちゃんの初陣の時に、朝まで一緒に寝てあげたんだって」

「一緒に寝てはいません! 手を繋いでやっただけで……!」

「ほう、朝まで一緒にいたのは否定しないのか?」

「うっ……!」


 えっ、朝までいてくれたの?


 私もそれは知らなかったけど。


「こ、こいつが手を離さなかっただけで、俺がいたかったからとかじゃないです」

「はぁ、二人とも本当に可愛いわ! その場面を見てたかった!」

「私もだ、ルアーナが初陣の時ってことは、二年も前か」


 そうか、私がここに来てから、もう二年も経ったのね。


 あの時は生きるのに必死で、ディンケル辺境伯家に自分を売りに来たけど……。


 今では、こうして食卓を囲んで楽しく話している。


「おい、ルアーナだからな」

「えっ? 何が?」

「父上と母上に揶揄われた理由だよ……ボーっとしてたが、どうした?」


 不思議そうに顔を覗かれたが、私は笑みを浮かべた。


「本当に、私も家族の一員になったみたいで、嬉しかっただけ」

「いきなりだな」

「昨日、アイルさんにそう言われて嬉しかったから」

「……そうか」

「ジークも、思ってくれてる?」

「……ああ、そうだな。出来の悪い妹くらいには思ってるよ」


 ジークは恥ずかしそうに顔を逸らしながらも、そう言ってくれた。


「ふふっ、ありがと。だけど私がお姉さんだから」

「はっ、それはねえな」


 私とジークがそう話しているのを、目の前でクロヴィス様とアイルさんが顔を寄せ合って見ている。


「ジークって完全にもう、あれよね?」

「ああ、だろうな。ルアーナはどうなんだろうか」

「昨日話した感じ、ルアーナちゃんはそんな意識しているわけじゃなさそう。だけどチャンスは十二分にあるわね」

「だろうな。まあ見守るか、ルアーナが本当の娘になったら私も嬉しいからな」

「ふふっ、そうね。だけど今でも私達の娘よ」


 二人はニヤニヤしているのか、微笑ましそうに見てきているのか、よくわからない表情だ。


「父上、母上、なにか?」

「いや、なんでもないぞ。ジーク、頑張れよ」

「うん、頑張ってね、ジークちゃん」

「……意味がわかりませんが」


 その後、私達は朝食を食べた。


 アイルさんが目覚めてからこの四人で食べることが多くなったが……。


 今までで一番、家族っぽい雰囲気があって、いつもよりもご飯が美味しく感じた。


 亡くなったお母さんは、私を一人にしてしまうと、謝りながら亡くなった。


 大好きなお母さん。

 私は新しい家族が出来ました。


 もう一人じゃないから、だから心配しないで。


 お母さんに心の中でそう報告しながら、新しい大好きな家族と笑い合いながら食卓を楽しんだ。



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