第15話 ルアーナの不安
私は今、アイルさんと一緒のベッドに横になり、顔を見合わせて話している。
「ふふっ、ルアーナちゃんと一緒に寝るの初めてだから、ドキドキするわね」
「……私もです」
アイルさんのドキドキと、私のドキドキは少し種類が違うと思う。
辺境伯夫人と一緒に寝て大丈夫なのか、失礼なことをしたらどうしよう、という緊張がある。
アイルさんの方から来たから、多分大丈夫だと思うけど……。
「ルアーナちゃんって、気になる人はいるのかしら?」
「気になる人ですか?」
「うん、そう。誰かいる?」
「……今はアイルさんですね」
なんで私にこんな絡んでくれるのか、すごい気になるから。
「えっ、ほんと? 嬉しいけどダメよ、私には夫がいるから……ああだけど、女の子同士だったらあの人も許してくれるかしら……」
「え、どういうことですか? なんでクロヴィス様が?」
「?……あ、ルアーナちゃん、ただ気になってる人を言っただけ?」
「もちろんそうですが……」
それ以外に何があるんだろうか。
少し慌てていたアイルさんだが、納得したように「あー、そっか」と呟いた。
「うんうん、ルアーナちゃんの純情さを忘れてたわ。本当に愛らしいわね」
「……これって褒められてますか?」
「もちろん褒めてるわよ、ルアーナちゃんが可愛いって」
「ありがとうございます?」
本当に褒められているのかわからないけど、とりあえずお礼を言う。
「じゃあ直球で聞こうかしら。ルアーナちゃん、好きな人っている?」
「好きな人……」
「そう、誰かいるかしら?」
「まあ、ジークですかね」
「えっ、ジークちゃん!? ジークちゃんなの!?」
「は、はい」
いきなりアイルさんが大きな声で反応したから、ビックリしてしまった。
「そうだったの!? そうは見えなかったけど……!」
「えっ、そうですか? ジークのことは結構好きですけど。あ、もちろんクロヴィス様やアイルさんも好きですよ」
「あれ、私も?」
「はい」
「……ああ、そういうことね。うん、そうよね、ルアーナちゃんはそうよね」
何かに納得したように、大きく頷いているアイルさん。
「だけど好きな人って聞いて、最初にジークちゃんの名前を出すってことは脈ありなのかしら? でも普通に仲良い人を上げた感じで……わからないわね」
「脈あり? 何がですか?」
「いえ、なんでもないわ。ルアーナちゃんとジークちゃんが仲良くて嬉しいって話よ」
「そう、ですか……私も、ジークやアイルさんが仲良くしてくれて、本当に嬉しく思います」
それは本当に、心の底から思う。
私が今こうして楽しく過ごせているのは、ジークやクロヴィス様、アイルさん、使用人さん達、ディンケル辺境伯家にいるみんなのお陰だ。
「……ルアーナちゃんって、本当にいい子よね」
「そうですか? わかりませんが……」
「可愛くて、優しくて、努力家で……本当にすごいと思うわ」
「あ、ありがとうございます」
いきなり褒められて少し照れるけど、アイルさんの雰囲気がいつもと違う。
優しい笑みを浮かべているけど、どこか真面目な雰囲気が漂っている。
「私は、ルアーナちゃんは大好きよ」
「ありがとう、ございます」
「うん。だからルアーナちゃん、もうあまり怖がらないでいいわよ」
「怖がる?」
「ええ。『役に立たないと捨てられる』なんて、思わないでいいのよ」
「っ……!」
私の奥底にある気持ちを、不安を言い当てられて、声も出ないほど動揺した。
なんで、アイルさんに知られて……。
「あなたの境遇を考えると、そう考えちゃうのは仕方ないと思うけど」
私はアルタミラ伯爵家の派遣者として、ディンケル辺境伯家に来た。
派遣者として活躍しないと、ここから捨てられるのは当たり前だろう。
「だけどもう、大丈夫よ。ジークちゃんも、クロヴィスも、私も、あなたのことが大好きだから。捨てられるなんて考えないで」
「っ……だけど私は、ただの派遣者で、ただの一兵士で、活躍をしなかったら捨てられるのは当たり前で」
「ううん、そんなことない」
私の言葉を優しく否定して、アイルさんはベッドの中で私のほうに寄ってきた。
そして私の頭を撫でて、胸元に抱き寄せた。
「私達にとって、ルアーナちゃんは特別よ」
「アイル、さん……」
アイルさんの優しい声が上から降ってくる。
抱きしめられた温かさが、とても心地よかった。
「助けてくれたからというのもあるけど、私はあなたの全部が好きよ。今まで、よく頑張ってきたね。よく、耐えてきたね」
「っ……」
「母親を亡くして、敵しかいない家に一人で五年も過ごすなんて、本当に辛かったと思うわ」
その言葉に、私の目から涙が零れてベッドのシーツを濡らした。
心の中で、いつか捨てられるかもしれない、と思っていた。
もともと辺境伯家には自分を売りに来た立場、役に立たなかったら捨てられるのは当然だ。
その思いはずっとあったし、だからこそ努力してきた。
まさかそれを勘づかれるなんて、思いもよらなかった。
だけど……。
「私達はルアーナちゃんが大好きだから。あなたを捨てるなんてことは、絶対にないわ」
その不安を、アイルさんが優しく取り除いてくれる。
勝手に涙が溢れて止まらない。
「私も、大好きです」
「ええ」
「ずっと、家族っていいなって……私も辺境伯家みたいな、家族が欲しいって、思ってました」
「私も、ルアーナちゃんが娘ならいいなって思ってたわ。両想いね」
「っ……」
私には家族が、亡くなったお母さんしかいない。
だから、憧れていた。ディンケル辺境伯家の、家族関係に。
ジークやクロヴィス様のやり取りを見てて、私はお母さんを思い出していた。
アイルさんが加わってから、さらに心の中にお母さんが思い浮かぶようになった。
「家族だと思って、甘えてもいいからね。ルアーナちゃん」
「はい……!」
「敬語を取ってもいいのよ。家族なんだから」
「……うん」
私はアイルさんの胸元で、頭を撫でられながら涙を流す。
家族の温かさを、久しぶりに味わいながら。
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