第12話 母上の考え?
母上が目覚めてから、一週間が経った。
体調はずっと安定していて、とても健康だ。三年も眠っていたとは思えないほどに。
医者に見せても全く問題ないとのことで、食事も普通に俺達と同じように出来る。
なので、今日は久しぶりに母上が前線まで来ていた。
もちろん戦うわけではなく、ただ母上が戦場の雰囲気を思い出したいとのことだ。
『このままずっと屋敷にいたらなまっちゃうでしょ? いつか戦場に出るんだしね』
俺としてはもう母上には戦場に立ってほしくないが……母上は戦場に立つ気らしい。
魔毒にずっと耐え続けられるような魔導士だ、母上が戦場に出ればとても活躍するだろう。
俺が止めることは出来ないし、そんな資格もない。
俺が出来ることは……もう二度と、あんな過ちをしないことだ。
「母上、久しぶりの戦場はどうですか?」
「土の匂い、焼け焦げた草の匂い、遠くにいる魔物のキモイ匂い……うん、久しぶりだね」
「独特な思い出し方ですね」
母上は壁上で前線を見渡す。
笑みを浮かべているが、いつもの優しい笑みでなく、強者の余裕のある笑みのようだ。
「今日は戦っちゃダメですよ。まだ魔法を試し打ちもしてないんですから」
「わかってるわよ、ジークちゃん。今日は大人しく見学しておくわ。まったく、心配性なんだから」
ぶつくさと文句を言いながら、母上が一歩後ろに下がる。
母上は匂いで魔物が遠くにいると言っていたが、まだ肉眼では見えない。
ただ母上はよくわからないが、匂いで魔物の襲撃を当てることが出来る。
おそらく本当にこれから来るのだろう。
「総員、戦闘準備! 魔物が来るぞ!」
「多分、今回は五十体は来るわね。本当に危なかったら出るからね、ジークちゃん」
「いえ、そうなることはありません。母上がいる時とは違い、この戦場には聖女がいます」
母上にそう言ってから数分後、やはり魔物の襲撃が来た。
三年も戦場にいなかったのに、母上の勘は衰えていないようだ。
「まずは引き寄せろ! 聖女の魔法の範囲内に、出来うる限り魔物を入れろ!」
前線には大盾を持った兵士が多くいて、そいつらがまず耐える。
数分もすればかなり混戦した状態になり、壁近くに多くの魔物が集まっている。
「そろそろ、私の出番?」
「ああ、そうだ。頼んだ、ルアーナ」
後ろに控えていたルアーナが壁上のギリギリに立ち、魔物に向かって魔法を放つ。
「『光明(ルーチェ)』」
いつも通り強い光が放たれ、その瞬間から魔物の動きが止まる。
俺や兵士達には見慣れた光景だが、母上は初めて見たので目を見開いていた。
「わぁ、すごい……本当に魔物の動きが止まってるし、消滅した魔物もいたわ。話には聞いてたけど、想像以上ね」
「母上の助けがいらないという理由もわかりましたか?」
「そうね、壁近くに魔物を引き寄せた時はビックリしたけど納得したわ。戦い方も変わるわよね、この力があれば」
「はい、ですが警戒心が強い魔物は近寄ってこないので、倒しに行く必要があります」
俺は剣を抜いて、壁上から降りようとする。
「ジークちゃん、見てるからね。頑張って」
「っ……はい」
母上の優しくも厳しい声援を受け、俺は飛び降りる。
この三年間、母上に守られて、ずっと後悔していた。
もう過ちを犯さないように、母上を守られるように戦い続けてきた。
しかし後悔の念は募っていくばかり。
その後悔の日々を打ち切ってくれたのが、ルアーナだ。
これから母上を守れるように……そして、ルアーナも守れるように。
今日の戦いは気合が入ってしまい、いつもは他の兵士に任せるところを全部俺が倒してしまった。
やりすぎた……俺もまだまだ子供だな。
その後、戦後処理も油断せずにやっていく。
魔物の死体を集めた後、火を付けるのを母上がやりたいと言い出した。
「試し打ちだし、大丈夫でしょ?」
「まあ、これなら構いませんが……慎重にやってくださいね」
危険性はないから任せたが、気合を入れてやったのか五十体以上の魔物に一気に炎を放ち、一瞬にして消し炭にしてしまった。
普通だったら二、三体に火を付けて、徐々に燃え移っていくぐらいで十分なのだが。
「うん、満足!」
「……母上、慎重にと言ったはずですが?」
「えっ、これくらいは普通じゃない?」
そうだ、母上は戦闘においては常識というものをあまり知らない、というか自分基準でしか考えない人だった。
三年ぶりだから忘れていた。
まあ無理をしてないならよかったが……。
「あっ、鼻血出ちゃった。なんか頭もクラクラする……」
「無理してるじゃないですか!」
前言撤回、母上は本当に後先考えずに行動する人だ。
まあそのお陰で俺は命を救われているから、何も言えないんだが……。
「ごめんね、ジークちゃん」
「いえ、大丈夫です。だけどまずは戦場じゃなく、練習場で魔法を試してください」
「はーい……」
その場にあった適当な岩に座らせて、軽く処置をする。
ただ鼻に布を詰めるだけだが。
「ジークちゃん」
「今度は何ですか?」
「ルアーナちゃん、すごい人気なのね」
「……そうですね」
戦後処理が終わり、魔物がまた来るのもかなり時間が空くだろう。
その間に兵士達は次の準備をするのだが、ルアーナも一緒にやっている。
ルアーナの周りは人が集まり、騒がしく喋っていた。
離れた場所にいるので話し声は聞こえないが、兵士の男達はニヤついた顔で話しているのがイラつく。
ルアーナも愛想笑いをしながら相手をしているようだ。
「ルアーナちゃん、可愛いものね。それに実力も相当あるし、モテるのは当然よね」
「……」
「私、ジークちゃんとルアーナちゃんが恋人じゃないって聞いて、ビックリしたよ」
この前、母上がルアーナに俺と恋人だという前提で質問をしていた。
そこでルアーナが俺と付き合ってないことを言って、とても驚いていた。
『えっ!? 恋人じゃない? あ、婚約してるってこと?』
『違いますよ、私とジークはそんな関係じゃないです』
『そ、そうなの?』
『はい、いつも口喧嘩ばっかりしてるし……だけど私は、その……』
『っ! なになに? もしかして、ジークちゃんのこと……!』
『私は、その……友達、だと思ってます……』
『……あ、そう』
ルアーナが言い淀んだ時は俺も心臓が跳ねたが、続いた「友達」という言葉に冷めた。
だけどあいつの育った環境だと、それも仕方ないだろう。
友達どころか、母親を亡くしてからは家族もいなかったのだ。
自分への評価が低いのは、もうすでに母上もわかっている。
「ジークちゃん、ルアーナちゃんを落とすのはとっても難しいと思うけど、頑張ってね」
「……俺は別に、そんなこと考えてませんが」
「ほんと? それなら他の人にルアーナちゃんを取られちゃうかもよ?」
「あいつを落とすのは難しいんじゃないんですか?」
「だけどいつかルアーナちゃんのことを本気で落とそうとする男性が、ジークちゃん以外に現れるかもよ?」
「……」
俺は何も言えず、黙り込んでしまう。
ルアーナに一番近い男は、ここにいる誰もが認めると思うが、俺だろう。
だがこれから、ルアーナに本気で近づこうとする男が現れるかもしれない。
そう考えると心がざわついて、無性に腹が立ってくる。
やはりもう、俺はルアーナのことを――。
「ふふっ、ジークちゃんもまだまだ子供だから、私が先陣を切ってあげるよ」
「はっ? どういうことですか?」
「まずは私が、ルアーナちゃんを落とす!」
「……はっ?」
二度聞いても意味が分からなかったが、母上は楽しそうに笑みを浮かべていた。
何をするつもりなのだろうか……。
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