第11話 家族の会話



 夕食時には、クロヴィス様も仕事が終わって別荘に戻ってきた。


 すでにアイル夫人が目覚めていると話は聞いていたのか、息を切らしながらアイル夫人の部屋まで来た。


「アイル……!」

「あなた……!」


 二人は涙ながらに名前を呼び合って、お互いに駆け寄って抱き合った。

 愛し合う夫婦の、とても感動的な再会ね……。


 クロヴィス様は私と会う前、ずっとアイル夫人のために治癒魔法の使い手を探し回っていた。


 それだけアイル夫人を愛していたということね。


「長い間眠っちゃって、ごめんなさい」

「いいんだ、君が無事ならそれで……!」


 ……それにしても、抱き合う時間が長くない?


 部屋の真ん中で抱き合ってから、三分くらい経っている気がする。


 あっ、ようやく少し身体の距離を離した。


 そして見つめ合って、笑みを浮かべて……えっ!?


「はぁ……」


 私の隣で、ジークがため息をついた。


 ふ、二人が、キスをしてしまった。


 そ、そうよね、二人は夫婦なんだから、キスくらいはするわよね。

 いきなりだからビックリしちゃった。


 ……キスも長くない?


 えっ、キスって唇に触れて、すぐに離れるものじゃないの?


「ルアーナ、部屋を出るぞ」

「えっ?」

「お前は知らなかっただろうが……父上と母上は、度を越えたラブラブな夫婦だ」

「そ、そうなんだ……」


 ディンケル辺境伯夫妻がそれだけ仲良いのも驚きだけど、ジークの口から「ラブラブ」なんて言葉が出てくるのもビックリね。


 二人をチラッと見ると、さっきよりも強く抱きしめ合い、キスはより深くなり……って、これ以上は見ちゃいけないわね!


「で、出ましょうか、ジーク」

「ああ」


 私とジークは部屋を出て、廊下を歩く。

 歩いている際にメイドとすれ違った時に、ジークが指示を出していた。


「母上と父上、どちらかが部屋を出るか使用人を呼ぶまで、あの部屋に近づかないようにな」

「かしこまりました」

「……はぁ、なんで息子の俺がこんな指示を出さないといけないんだ」


 ジークがため息をついて、愚痴のようにそう言った。


「なんであの部屋に近づいちゃいけないの?」

「あっ? そりゃあの二人が……待て、お前、性教育は終わってるのか?」

「せい教育? 何のこと?」

「……子供はどうやって出来るか知ってるか?」

「そのくらい知ってるわよ、馬鹿にしないで」

「そう、だよな。仮にも伯爵家の娘だし、そのくらいは……」

「男女二人が朝までお布団の中にいたら、妖精さんが授けてくれるんでしょ? 亡くなったお母さんが言ってたわ」


 ほんと、馬鹿にしないでほしいわね。

 私が自信をもってそう言うと、ジークはとてもげんなりしたような雰囲気になった。


「な、なによ」

「……はぁ、まあお前が悪いわけじゃないんだがな。母親とは十歳に別れて、それから伯爵家で軟禁されてたんだから、知らないのは当然と言えば当然か」

「だから、知ってるってば」

「十七歳になってまで『妖精さんが』とか言ってたら、普通は笑われるからな」

「えっ……」


 う、嘘でしょ?

 だってお母さんがそう言ってたのに……。


「メイドに教育を頼んどくから、マジで勉強しとけ」

「わ、わかった」


 いつものジークだったら私が知らないことがあると、揶揄ってくるんだけど……。


 今回はなぜかとても真面目に言ってきたので、素直に聞いておく。


 なんだか重大なことらしいし。


 その後、私とジークは二人で夕食を食べて、クロヴィス様とアイル夫人はいつまで経っても来なかった。



 翌日、朝食には全員が集合した。


 クロヴィス様とアイル夫人、それにジークも。


 いつもと席の付き方が違う。

 今は私の対面にアイル夫人が、その横にクロヴィス様。


 私の横にはジークが座っている。


「ルアーナ、まだ私からお礼を言っていなかったな。君のお陰で私の妻、アイルが目覚めた。本当にこの恩は忘れない」

「あ、いえ! 私の方こそ、ディンケル辺境伯様に恩を返せて、とても嬉しく思います」

「ルアーナに与えた恩など、衣食住を確保しているだけ。この地で戦う者に対して、そのくらいするのは当たり前だ」

「辺境伯様の屋敷に住まわせてもらって、とても美味しい食事と有り余る給金を頂いています。他の兵士とは待遇が違うかと思いますが」

「ルアーナと他の兵士が違うのは当たり前だ、実力と貢献度が違う」


 それは否定できないけど……それでも、私は辺境伯家に大きな恩があると思っている。


「伯爵家で居場所がなかった私に、居場所をくれたディンケル辺境伯家にとても感謝しております。恩はまだ返せてないと思うほどに」

「ルアーナちゃん、どういうこと? 居場所がなかったって……」

「あっ、その……」


 そうか、まだアイル夫人には私の境遇については、まだ話していなかった。


「アイル、私が後で話す。ルアーナも、アイルに伝えてもいいか?」

「はい、大丈夫です」


 私が了承してから、食堂に沈黙が流れる。

 なんだか私のせいで少しだけ気まずい雰囲気になってしまった。


「話を戻そう。ルアーナ、君も私達に感謝していることはわかったが、私達もそれ以上に感謝をしている。必ず恩は返す」

「……ありがとうございます」

「よし、食事を持ってきてくれ」


 クロヴィス様がそう言うと、使用人の方々が次々に朝食を持ってきてくれる。


 今日は料理長も気合が入っていたのか、とても豪勢で美味しそうな食事ばかりだ。


 だけどアイル夫人だけはさすがに病み上がりだからか、量が少ないのと消火に良さそうな物が多い。


「私はもう大丈夫なのに」

「アイル、君の身体は魔毒から復活したばかりで、どれくらい健康なのかはわからない。食事が好きなのはわかるが、もう少し我慢してくれ」

「はーい」


 不満げなアイル夫人だったが、素直に食事を食べ始める。


「あっ、ピーマンね。ジークちゃん、食べられる? 食べてあげようか?」

「母上、昨日も言いましたがもう俺は食べられます。あとちゃん付けも不要です」

「ほんと? 無理してない? 苦手なままでしょ?」

「……まあ美味しく食べているとは言えないですが、大丈夫です」

「そう? ジークちゃんも大人になっちゃって。ルアーナちゃんは嫌いな食べ物はないの?」

「わ、私ですか? 特にはないですが」

「そうなのね、偉いわ」

「ジークもまだ野戦食は苦手なようだぞ」

「父上、別にそれは今言わなくても……」

「あら、そうなの? だけど、あなたもまだ苦手じゃないの?」

「……アイル、それは内緒と言ったはずだが?」

「そうだったかしら? 三年前のことだから、忘れちゃってたわ」

「父上にも苦手なものがあるとは、驚きです」


 いつも以上に会話が多く、騒がしい食事だ。


 だけどそれが不快なわけじゃなく、むしろ逆でとても幸せな空間。


 クロヴィス様、アイル夫人、ジーク。

 家族三人が久しぶりに集まっての食事、そんな中に私が混ざっていいのか少し不安になる。


 だけど……私もこの幸せな空間にいさせてもらって、家族の幸せを分けてもらっている気がして。


「ルアーナ、どうだ?」

「えっ?」


 隣にいるジークが問いかけてきた。


「報酬はどうだ?」

「っ……」


 私が言った、アイル夫人を助けた時の報酬の話。


『アイル辺境伯夫人を治した後は、夫人もご一緒出来れば嬉しいです』


 しっかり覚えてくれていたのね、ジークは。

 私は心の底からの笑みを浮かべて、答える。


「もちろん、これ以上なく幸せな報酬よ」

「……そうか」


 ジークも嬉しそうに微笑んで、ご飯を一口食べた。

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