第8話 光の治癒魔法


 数日後、私はディンケル辺境伯家の別荘にいた。


 本邸とほぼ変わらない大きさの別荘、しっかり管理がされているのか外装も内装もとても綺麗だ。


 ここに……ジークの母親、アイル辺境伯夫人がいらっしゃるのね。


「ルアーナ、行くぞ」

「あ、うん」


 一緒に馬車に乗ってきたジークと、別荘の中に入る。

 入るとすぐに執事やメイドの方々に囲まれるが、ほとんどの人が年配の方ばかりだ。


 なんでだろう? 本邸では普通に若い人がいたけど。


「ここには父上が本当に信頼している使用人しか置いていない」


 部屋に案内された後、ジークに聞いたらそう答えられた。


「だから父上が子供の頃から仕えている使用人などが、この屋敷を管理している。身元もはっきりしていて、絶対に情報を他に流さないと信頼できる人しかいない」

「なるほど……」


 ディンケル辺境伯家にとって、この別荘は本当に大事で、隠しとかないといけない場所なのだろう。


 そんな大事な場所に私が案内されるのは、なんだか信頼されている感があって嬉しい。


 まあ私は光魔法の治癒をしないといけないから、使用人の方々のような絶対的な信頼とは違うと思うけど。


 その後、しばらく待っているとメイドの方に呼ばれた。

 案内された場所は、一際大きな扉の部屋。


 ゆっくりと開かれ中に入ると、そこは必要最低限の家具しかない。一つ以外の家具はそこまで豪華でもなく、インテリアとしてあるだけという感じだ。


 ただ一つ、とても大きくて豪華なベッド。

 そこに一人の女性が眠っていた。


 とてもきれいな女性だけど、少しだけ頬がこけている。

 髪は青色で艶がある、おそらくメイドの方々が毎日手入れをしているのだろう。


 二年間も眠っているとは思えないほど美しい、今にも起きそうな雰囲気もある。


 魔力操作が上手いと老いにくいのだが、ずっと魔毒と戦い続けているので、おそらく見た目も保っているのだろう。


 ただ普通に眠っているのとは違うのは、首から頬にかけて紫色に肌が変色していることだ。


 魔毒によって徐々に壊死していってるのだろう。

 よく見ると胸元も変色しているし、全身に広がっているのだろう。


 クロヴィス様の予想ではこれが脳、または心臓まで達すると……死に至るとのことだ。


 この人が、アイル・エス・ディンケル辺境伯夫人。


 ジークがアイル夫人の隣の椅子に座り、優しい笑みをしながら喋りかける。


「母上、お久しぶりです、ジークです。最近はすっかり暖かくなり、庭に新しい花が咲き始めました。今度、摘んで持ってきますね」


 優しい声色、だけどどこか苦しそうでもある。

 私もジークの隣の椅子に座り、挨拶をする。


「アイル・エス・ディンケル辺境伯夫人、お初にお目にかかります。ルアーナと申します。これから、辺境伯夫人に治癒魔法をかけさせていただく者です」


 そうやって挨拶をしても、もちろん返答はない。

 ずっと眠っていて、聞いているのかもわからない。


 だけど挨拶は大事だろう。


「ジーク、もうやってもいい?」

「……ああ、頼む」


 ジークが少し離れて、私はベッドの側に立ってアイル夫人に両手をかざす。


 治癒魔法、まだほとんど完成していない。


 光魔法が治癒魔法にもなると知ってから数日しか経ってないから、さすがに完成させるのは難しい。


 正直、ぶっつけ本番に近い。


 よし、まずはやってみよう。

 魔力を込めて、光魔法を放つ。


「『光治癒(キュアラ)』」


 私の両手からいつもよりも優しく、オレンジのような暖色系の光が放たれた。

 とても優しい光で、治癒と相応しい光だ。


 ただ……すごい、疲れる!


 まさかここまでキツイとは思わず、すぐにやめてしまった。


「はぁ、はぁ……!」

「ルアーナ、大丈夫か!?」


 数秒で魔法を止めて息を荒げた私に、ジークが心配してくれる。

 私はジークに笑みを浮かべながら話す。


「大丈夫よ。だけど想像以上に、治癒魔法は体力が持ってかれるわ」

「治癒魔法は魔法系統の中でも珍しく、魔力操作が難しいと言われているらしい。あまり無理をするなよ」

「ええ、ありがとう。辺境伯夫人は……」


 魔法に集中してみてなかったが、アイル夫人の容態は……何も変わっていなかった。


 眠ったまま、何も変わっていない。


「……もう一度やってみるわ」

「ルアーナ、大丈夫か?」

「ええ、本当に大丈夫」


 私はもう一度両手をかざし、『光治癒(キュアラ)』を使う。

 さっきよりも集中して、全力で。


 暖かな光はさらに強くなり、三十秒ほど魔法を放ち続けた。


 そして限界を迎え、私は力が抜けて膝から崩れ落ちそうになる。


「ルアーナ!」


 ジークが支えてくれたお陰で、倒れることはなかった。

 危ない、今のままだったら頭から落ちそうだった……!


「ありがとう、ジー……」


 顔を上げてお礼を言おうとしたら、ジークの顔がとても近くにあった。

 抱きかかえられている状態だから、顔が近いのは当然といえば当然なんだけど。


 ビックリして思わず言葉が止まってしまい、ジークも黙っているから沈黙が流れる。


 こう見ると、ジークって本当に顔が良いわね。

 クロヴィス様と顔立ちが似ていてクールな感じがあるんだけど、目元だけは少しクロヴィス様よりも優しい感じがする。


 私と同じ十六歳だけど、顔立ちが整いすぎているから年上に見えることもある。


 だけど笑顔は意外と可愛らしくて、その時は年相応だ。


 ……って、あら? なんだかジークの頬が赤くなってきて。


「っ、も、もう立てるだろ? 立てなかったら椅子に座れよ」

「あ、そうね。ありがとう」


 ジークが顔を逸らしながらそう言ったので、私は椅子に座る。

 別に魔法を使うのに立つ必要はなかったから、最初から座ってやればよかったわ。


 そしてアイル夫人を確認すると……やはり何も変わっていなかった。


「ごめん、ジーク」

「な、何がだ?」


 まだ頬が赤いジーク、なぜか少し動揺しているようだが、私は言葉を続ける。


「辺境伯夫人、やっぱり無理みたい」

「……ああ、いや、大丈夫だ。俺も父上も、すぐには無理だとは思っていた」


 治癒魔法を使うのは初めてで、さすがに一発で治せるとは思っていなかった。

 いつかもっと上手くなったら完治できるかもしれない、という感じだ。


 だけどここまで効果がわからないとはわからない、見えないとは思わなかった。


 もしかしたら、無理……いや、まだ初日!

 これからもっと頑張るしかない!


 ディンケル辺境伯家には、とても恩がある。

 諦めるわけにはいかないわね。


「ジーク、これから私、頑張るから。絶対にあなたのお母様を、目覚めさせるから」

「……ああ、頼む」



 その後、私達は別荘を出て本邸へと戻った。

 別荘と本邸は馬車で一時間ほどで、意外と近い。


 いつも通り夕食を食べる時に、クロヴィス様だけ少し遅れていた。


 辺境伯様なので仕事も忙しく、遅れることは時々あるし、一緒に食べない時も多い。


 今日は私とジークが食べている時に食堂に入ってきて、クロヴィス様が席に着いた。


 そして……。


「朗報だ。別荘のメイドから、魔毒に侵されている肌の変色した部分が、確実に減っているとのことだ」

「っ! 父上、本当ですか!?」


 クロヴィス様が今までにないほど明るい口調で放った言葉に、ジークが即反応した。


「ああ、メイド達に何度も確認させた。爪の先まで変色していたが、人差し指の爪が確実に元に戻っていると」

「っ……!」


 爪の先……あれだけ全力でやって、爪の先しか回復しなかったのね。

 だけどクロヴィス様の話では、今まで変色した肌が戻ったことすらなかったらしい。


 つまり、これでわかった。


 私なら、治せる。


「ルアーナ、まだ先は長いが……」

「はい、クロヴィス様。私が絶対に、アイル辺境伯夫人を治します」

「……ああ、頼む」


 ジークと全く同じように言って頭を下げたクロヴィス様。


 ディンケル辺境伯に恩を返す。


 どれだけの日数をかけても、絶対に治してやるわ。


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