第6話 ジークの母上
今日の戦闘が、無事に終わった。
いや、無事なのかな? 私の身体は全く傷ついていないけど……。
さっき、兵士の人達が魔物に止めを刺し切れておらず、襲われそうになった。
幸いにも私が近くにいて、咄嗟に魔物を消滅させる光魔法を放てたから、大事には至らなかった。
だけどその時に、ジークが私の想像以上に怒っていた。
あんなに怒るとは思わず、私もビックリしてしまった。
ジークが言っていたことは全部正論だし、油断していた兵士の人達が全面的に悪い。
だから反省を促せるためにもう少し怒らせてもよかったかもしれないけど……ジークが怒っている姿を見たくないと思い、止めてしまった。
ジークが去ってからクロヴィス様が来て、兵士の人達を連れて行ってしまった。
それから兵士の人達の姿は見えないけど、クビになったのかな?
まさか……殺されてはないよね?
クロヴィス様はとても厳しくて怖い人だけど、優しいから……半殺しくらいにはしてるかもだけど。
私も油断したら、兵士の人達みたいにクビになるかも……気を引き締めていこう。
それよりも今は、ジークとのことだ。
ジークが去っていく時、彼の表情がチラッと見えた。
とても傷ついたような、苦しそうな表情だった。
なんであんな表情をしていたのか全くわからないけど……。
さっきのことがあってから、ジークとずっと話せていない。
昼ご飯はいつもジークと食べていたのに、今日はジークが違う場所で食べていた。
いつも通りとても美味しい食事だったのに……なんだか、味気がなかった気がする。
私やジークが担当する時間が終わり、魔物の戦後処理も終えた。
戦後処理で魔導士の人達が魔物を焼いていく。
私は希少魔法の光魔法しかほとんど使えない。
基本属性の魔法を練習したけど、上手く扱えなかった。
希少魔法を持っている魔導士は、基本の四属性が使えないことが多いらしい。
私は多少使えるけど、魔物を燃やすほどの炎は出せない。
戦後処理後、ジークが遠くで立っているのを見つけた。
もう傷ついたような表情は見えないが、いつもよりも元気がないようにも見える。
彼も私に気づいたようで、視線が合った。
しかしすぐに視線を外されて、どこかへ去っていった。
その後、ディンケル辺境伯の屋敷に戻り、夕食を食べた。
ここでもいつも一緒にジークと食べるのに、今日は食堂にジークが来なかった。
「クロヴィス様、ジークは?」
「あいつは部屋で食べるとのことだ」
「そう、ですか」
やっぱり避けられてるのかな?
多分そうだろうけど、なんでこんなに避けられてるのかわからない。
兵士の人達を庇ったのが、ジークを怒らせちゃったのかな?
だけどそのくらいでここまで怒るような人じゃないと思うけど。
「ルアーナ、ジークと何かあったのか?」
「……あったといえば、ありましたが」
「昼間のあのクズ兵士達ことか?」
「そうですね」
もうクズ兵士と呼んでることは無視しよう、ジークもクロヴィス様もそういう人だ。
「あの出来事からなぜか私が避けられていて……」
「ふむ……私には理由がなんとなくわかっているが、私からは何も言えんな。聞くとしたら、ジークから直接聞いてくれ」
「かしこまりました」
やはりクロヴィス様は家族だから、ジークの様子がおかしくなった理由は理解しているみたいね。
私はまだジークやクロヴィス様と出会って一年しか一緒にいない。
だいぶ濃い一年だとは思っていたが、そう思っているのは私だけかもしれない。
アルタミラ伯爵家に生贄にされて、ディンケル辺境に来て自分の能力を売ってここまで頑張ってきた。
五年間ずっと屋根裏部屋に閉じ込められていた間よりも、とても充実した一年だったと思う。
その充実した一年を過ごせたのは、クロヴィス様やジークのお陰だ。
そのジークと仲が微妙になるのは嫌だな……。
よし、ジークの部屋に行って理由とかを直接聞こう。
私は夕食を食べ終わり、席を立ちあがる。
「クロヴィス様、私はジークの部屋に言って直接話を聞こうと思います」
「そうか、わかった。そのままジークの部屋で朝まで過ごすのだったら、メイドに伝えておくのがいいだろう」
「? いや、普通に話した後は自分の部屋で寝ますけど……」
「……そうか。まあお前はそうだろうな」
少し残念がっているクロヴィス様。
「孫が見られるのはまだまだ遠いかもしれないな……」
何か独り言を言っているけど、私には聞こえなかった。
食堂を出て、ジークの部屋に向かう。
何度かジークの部屋に行ったことがあるので、案内なしに着いて扉をノックする。
「ジーク。私、ルアーナだけど。開けてくれる?」
私がそう声をかけてしばらく待つと、扉が開いて中からジークが出てくる。
「……なんだ、何か用か?」
「ちょっと話したいことがあって。入れてくれる?」
「……ああ、いいぞ」
少し広く扉を開けてくれて、部屋に入れてくれた。
ジークの部屋は最低限の物しか置いてないけど、辺境伯の息子らしくとても豪華な物が多い。
……まあ私の部屋も、同じかそれ以上にすごいものが置いてあるんだけど。
この一年でさらに良い部屋を用意してもらって、本当に恐縮している。
そんなことを考えながら、私はソファに座ってテーブルの上にある紅茶を淹れる。
「ジークも飲む?」
「……ああ」
ジークは隣のソファに座った。
私は二人分の紅茶を淹れて、一つをジークの前に置く。
すぐにジークは一口飲んで、私も一緒に飲む。
「……淹れるの下手だな」
「もともと作ってあったやつを淹れただけだから、誰が淹れても変わらないでしょ」
「はっ、だからお前はレディとは呼べないんだ。貸してみろ」
ティーポットを渡すと、まだ余っていたカップに紅茶を淹れ始める。
二つ淹れてくれて、「ほら」と言って渡してきた。
私よりも時間をかけて淹れているだけで、何が変わったのかわからないけど。
とりあえず一口飲んでみると……。
「えっ、美味しい」
「……ん、まずまずだな」
私が淹れたやつとは全然違う、こっちの方が美味しい。
「こんなに違うんだ……」
「レディって呼ばれたいんだったら、これくらいは出来ないとな」
「むっ……逆になんでジークはこんなに出来るの? もしかして、レディって呼ばれたいの?」
「そんなわけねえだろ」
私の言葉に、ジークはいつものように言い返してくる。
だけどその言い方とかも、まだ少し元気がない気がする。
「俺が出来るのは……母上に教えてもらったからだ」
「っ、ジークのお母様に?」
確かジークのお母様は、もう……。
口角を上げているジークだけど、少し寂しそうな笑みだ。
「ああ、母上は気品溢れる行動が出来る女性だった。だがまあ、父上や俺と一緒にいる時はだいぶ崩れていたが」
「そうなんだ……」
「母上は、とても強い魔導士だった。お前みたいな希少魔法は持ってないが、戦場で一番魔物を倒していた。とても尊敬できる、母上だった。だが……」
少し笑みを浮かべていたジークだが、一気に笑みを消して暗くなる。
「母上がやられたのは、俺のせいだ」
「えっ?」
「戦後処理の時に、俺が運ぼうとした魔物にまだ息があった。俺は油断していて……母上が俺を庇って、やられた」
「っ……」
「母上は最後の力を振り絞ってその魔物を倒したんだが、母上もその場で倒れて……」
「そう……」
知らなかった、ジークのお母様はそうして亡くなられたなんて……。
「だから今日、あの兵士どもに怒りのままに怒鳴ったが……本当なら、俺は怒鳴る資格などなかったんだ」
自嘲気味に笑ったジーク、とても悲しそうな表情だ。
今日彼があれだけ怒ったのは、自分も同じミスをしていたからなのかもしれない。
「そうだったのね……」
「運ぼうとした魔物は、俺が倒した魔物ではなかった。だがそれでも、運ぶ時に油断したのは俺だ。今日のあいつらと、やったことはほぼ変わらない」
「それは少し違うとは思うけど……」
彼が倒した魔物じゃないなら、油断したのは違う人。今日の兵士達のような人が、一番非難されるべきだと思う。
「今回の兵士どもは誰も巻き込まなかったが、俺の時は母上が犠牲になった。はっ、そう思うと俺の方が悪い気もするな」
「そんなことは絶対にないわよ。あれは私がいたからなんとかなっただけだから」
「……すまなかった」
「えっ?」
いきなり謝罪の言葉が聞こえてビックリした。
「あいつらにぶつけていた怒りを、お前にも少しぶつけてしまった。お前のお陰で誰も怪我無く終わったのに。俺が未熟だった」
「いや、それは大丈夫だけど……えっ、ジークって謝れるんだ」
「お前、俺を何だと思ってるんだ」
だって今まで謝られた記憶ないし。
そう思うと私も謝った記憶はないかも。
口喧嘩が多いけど、お互いに謝りはしないからなぁ。
「今回のは俺が全面的に悪いし、謝りもする。俺もまだまだ未熟だが、そこまで人間出来てないわけじゃない」
「そっか、だけど別に謝られるほどのことじゃないと思うけどね。あ、でもなんで私を避けてたの?」
怒った理由とか、悲しんだような表情をしてた理由はわかった。
だけどそれでなんで私を避けたんだろう?
「それは……お前が母上と被ったからだな」
「ジークのお母様と?」
「ああ。母上も、俺を守るために前に出て犠牲になった。あの時、お前が兵士と魔物の間に腕を入れた瞬間、母上と重なった」
「……」
「当時のことを少し思い出して……感情が整理できなかった。だからお前と距離を少しおいていた」
「そっか……」
私の行動が、ジークのトラウマを少し思い出させてしまったようだ。
それなら私を避けた理由も、理解できた。
「話してくれてありがとう、ジーク」
「別に、礼を言われるようなことじゃねえよ」
「ううん、ジークのお母様の話を聞けてよかった。それにそんな話をしてくれるって、なんだか仲良くないと出来ない気もするし」
「っ……まあ、お前にしか話したことはないが」
そう言って照れ臭そうに視線を逸らすジーク。
ふふっ、なんだか可愛らしい。
素っ気なかった大型犬が私に懐いてくれたような、可愛らしさと嬉しさがある。
「なんだよ、何笑ってんだ」
「いえ、別に。ただジークは可愛いなぁって思って」
「っ、揶揄ってんじゃねえよ」
「本当のことなのに」
「そうかよ……」
ジークが照れ隠しに紅茶を飲む。私も一口飲んだ。
やっぱりジークの淹れてくれた紅茶はとても美味しいわね。
……私も、ジークのお母様とお会いしたかったな。
――そして、翌日の朝食の時。
「ん? 私の妻か? 生きてるが?」
「えっ?」
クロヴィス様の言葉に、私は目を見開いて驚く。
生きてるの? えっ?
「だってジークが……!」
正面にいるジークを見ると、悪びれた様子もなく、むしろニヤっと笑って。
「俺を庇って犠牲になったと言ったが、一度も死んだとは言ってないが?」
「っ……! じゃあ訂正しなさいよ!」
「勘違いするお前が悪い。勝手に俺の母上を殺すなよ」
……やっぱりこの大型犬、嫌いだわ!
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