第5話 1年後


 ルアーナがディンケル辺境地に来てから、一年が経った。




 俺は十六歳となり、ようやくあいつが十六歳だということが信じられるようになった。




「ん? 何見てるのよ、ジーク」




 俺の目の前の席で、大きな口を開けて食事をしているルアーナ。




 海のような深い青色の髪は一年前よりも長くなり、艶が出ていてしっかり手入れをしていることがわかる。


 もともと短かったのは手入れが全然出来なかったので、適当に自分で切っていたらしい。




 そりゃボサボサになるに決まっている。




 身長もだいぶ伸びて、俺と頭二つ分もあった身長差は、頭一つ分くらいまで縮まった。


 ルアーナは「あと一年後にでもあなたを超すわよ」と言っていたが、さすがに最近は身長の方の成長は止まっているようなので、それは無理だろう。




 めちゃくちゃ細かった身体もちゃんと食事をしたお陰で、まだ細いが健康的な細さになってきた。




 これじゃあもうチビとか言えないな、残念だ。




「別になんでもねえよ。馬鹿みたいに口を開けてるな、と思っただけだ」


「むっ、それはジークがそのタイミングで見てきたからでしょ」




 この一年で、こいつは食事がとにかく好きだということがわかった。


 やはりずっと食べられてなかったからこそ、食事が大事でとても好きになったのだろう。




 ただこいつの部屋に行くといつもお菓子ばかり食っているのは、食べすぎな気もするが。




「ほら、早く食わないと戦いに遅れるぞ。早くしろよ、聖女様」


「……聖女って言われることに慣れてきたけど、あなたに言われるとイラっとするわね」




 一年前から今まで、こいつは戦場でずっと聖女と呼ばれてきた。




 最初はそれを面白がっていたのだが……最近は兵士どもが馬鹿みたいに「聖女様! お綺麗です!」と騒いでいるのを見ると、妙にイラっとする。




 なぜなのかはわからないが、ぶん殴りたくなってしまう。




 まあその兵士達が活躍もせずにルアーナに頼りっぱなしだから、イラっとするのだろう。




 こいつはこの一年で、とても努力していた。




 光を放つだけで魔物の動きを止めて、近くで放てば消滅させることも出来る強力な光魔法。


 それだけで強力なのだが、ルアーナの光魔法は消滅させるほどの力を最初は全く持っていなかった。




 遠くで光を放って魔物の動きを止めるだけでも強力で、他にない強さなのだが、ルアーナはそれだけじゃ満足していなかった。




 満足というか、こいつは自分に自信がないみたいで、




『これだけじゃ私はクロヴィス様に捨てられるかもしれない。ここで捨てられたら私、生きていけないから』




 と言って、必死になって自分の魔法を強化しようとしていた。




 光をずっと放つことは慣れていた、暗闇の部屋にずっといたらしいから。


 クソが、胸糞が悪いな……まあそこはいい。




 だが光を強く放つことは慣れていないようだったので、それには苦戦していた。




 魔物を一瞬で消し飛ばすほどの光量を放つ練習、それをこの一年間ずっと繰り返していた。




 やはり弱い光をずっと放っているよりも大変なようで、練習場で汗だくになりながらもやっているのを何度も見た。




 時にはやりすぎて気絶して、俺が部屋まで運んでやったこともあった。




 そんな努力も知らずに、兵士達が「やっぱり聖女様はすごい!」と騒いでいるのを見ると、腹が立つ。




「ジーク、どうしたの? 食事の手が止まってるわよ?」


「……なんでもねえよ」




 のんきな顔して飯を食っているルアーナ。




 そういえばこいつからジークと呼ばれるようになって、どれくらい経っただろうか。


 最初はこいつが「ジークハルト」を間違えて「ジークハット」と呼んでから、誰だそれはという喧嘩のようになって。




 ルアーナが「長いから間違えるのよ」と言ったから、「じゃあジークでいい」と俺が折れたところから始まった気がする。




 父上と母上にしか呼ばれてない愛称、それをこいつから呼ばれることに何も抵抗はなかった。




「ご馳走様。ジーク、早く食べ終わらないと先に行くわよ」


「ああ、もう食べ終わる」




 バクっと一口で全部食って、もぐもぐしながらルアーナと一緒に立ち上がる。




「行儀悪いわね」


「んっ、別に誰も見てないんだから問題ねえだろ」


「私というレディがいるじゃない」


「はっ、まだレディっていうには気品が足りないだろ」


「むっ、それは伯爵家にいた頃、何も学ばさせてもらえなかったから」




 ……そう言われると何も言えなくなるし、気まずいだろうが。




 確かに幼いルアーナを五年間も屋根裏部屋に押し込んでたクズ共が、こいつに淑女たる気品を教えるとは思えないな。




「……気品が知りたいなら、まずはもっと強くなって余裕を持たないとだな」


「そうね、まずは戦場で活躍しないと。そうしないと私はこの屋敷から追い出されちゃうから」




 ルアーナは気を引き締めるようにそう言った。


 やはりまだこの屋敷には活躍し続けないと残れない、と思っているようだ。




 まあ父上の考えは俺もまだわからないので否定はしないが……自信がないのは変わらないな。




 そして俺達は戦場へと向かった。






 戦場に着き、いつも通りの魔物との戦闘が始まる。


 魔物の大群は一日に数度ほど来るので、兵士達が交代制で前線の砦を守り続けている。




 俺とルアーナは一番魔物が来ることが多い昼から夜にかけて戦場に立つ。




 一番大変な時間のはずが、ルアーナがいると結構楽な時間に変わる。




「『光明ルーチェ』」




 砦の壁上でルアーナがそう唱えて光を放つと、魔物達が悲鳴を上げてのたうち回る。


 ほとんどの魔物がのたうち回って、兵士たちに攻撃するどころじゃなくなるので、簡単にとどめを刺せる。




 俺は砦から少し離れて、光があまり届いていないところを回って魔物を倒す。




 しばらくして魔物を全部倒し終わり、ひと段落ついて兵士達の気が緩まる。




「今日も聖女様の魔法は本当にすごいな」


「ああ、本当に楽に魔物を倒せる。聖女様はディンケル辺境の救世主だ」




 またイライラする会話が耳に入り、「チッ」と思わず舌打ちをしてしまう。


 あいつの頑張りを全く知らないような奴らが、その恩恵を受けて馬鹿みたいにへらへらしてんじゃねえ。




 さすがにそんなことは言えず、俺は適当に殺した魔物達を一か所に集めていく。




 早めに魔物を焼いて戦後処理をしないと、また魔物の大群が来るから面倒なことになる。




「聖女様、今日もお疲れ様です!」


「お疲れ様、早く戦後処理をしましょう」


「聖女様はお疲れでしょうから、俺達がしますのでどうかお休みを!」


「いえ、私も手伝います」




 兵士達がルアーナの周りに集まって、そんな会話をしているのが聞こえた。




 ルアーナも適当に作り笑いをしながら話しているのを見て、妙にイラつく。


 胸の内がざわつくから、ルアーナ達の話し声が届かないところで適当に魔物の死体を集めていく。




 自分でもなんで離れたのかわからず、何をやってんだ俺は……と、そんなことを考えている時。




「危ないっ!!」




 と叫び声が聞こえて、声がした方向を向く。


 するとルアーナの近くにいた兵士の一人が、オオカミもの魔物に襲われかけていた。




 なぜまだくたばってない魔物が……!?




「うわぁ!?」




 兵士が驚いて、無様に後ずさって何も出来ずに喉元を嚙まれる……瞬間。




「『白光ホワイトアウト』!」




 ルアーナが咄嗟に兵士と魔物の間に手を出し、魔物に大きく眩しい光を当てる。


 白い光が魔物を包み込み、その光がなくなると魔物も消滅していた。




 ルアーナがこの一年間でずっと練習していた、一瞬の大きな光を放つ魔法だ。




「め、目がぁぁ!?」


「な、何も見えない……!」


「す、すみません、咄嗟のことで!」




 襲われかけた兵士と近くにいた兵士、三人ほどが光に目をやられて手で目を押さえていた。


 ルアーナは助けたというのに、申し訳なさそうに謝っている。




 それを見て俺は……頭の中で何かが切れた。




 そっちの方に近づくと、すぐにルアーナが俺に気づく。




 しかし俺はルアーナを無視して、目を押さえている兵士の一人。


 そいつの横っ面を、思いっきりぶん殴った。




「ぶへっ!?」




 みっともない声を出しながら地面に転がる兵士。


 もう二人もいるが、そいつらも順番に殴っていく。




「ぐっ!?」


「いっ!?」


「ちょ、ちょっとジーク!? 何やってんの!?」




 ルアーナが焦ったような声を上げるが、それは無視して転がってる兵士達に言う。




「ここの魔物どもは、てめえらが倒したんだよな? 砦の近く、光が当たってまともに動けない魔物だったはずだ。それがなんで生きてんだよ、おい」




 目も見えてない頬の痛みに呻いている兵士を一人、首を掴んで持ち上げる。




「ぐぅ……!」


「魔物が弱ってるからって、油断してたってか? おい、舐めてんのか」




 首を掴む力がどんどん強くなり、男も苦しそうにしているが俺の怒りは収まらない。




「お前のミスでお前が死ぬんだったら何も言わないが、周りを危険にさらしてんじゃねえよ!」




 そう怒鳴ってから、持ち上げた兵士を地面へ投げ捨てる。


 このままこいつら斬ってしまいたいくらい、頭に血が上っている。




「ジーク、もうそれくらいに……」




 ルアーナが恐る恐るという感じで、俺の怒りを抑えようとしてくる。


 こいつが全く怒っていないことも、イラッとしてしまう。




「お前は怒ってねえのかよ! こいつらのせいでお前も巻き込まれたんだぞ!」


「私はなんともなかったから大丈夫よ。ジークが戦場で油断するなって言うのは正論だし、この人達も反省するだろうから」




 ルアーナが俺の右腕に手を添えて言った言葉を聞いて、俺は上っていた血が少しずつ下がっていく。




 こいつは自己犠牲というよりかは、自分への評価が低いのだろう。


 俺がルアーナのために怒っているとは、微塵も思ってないようだ。




 別に俺も起こっている理由が全部ルアーナのためではないが……。




「……もういい」


「あっ……」




 俺はルアーナの手を払って、その場から離れる。




 しばらく歩いて、戦後処理をしながら冷静になっていく。




 一度冷静になって見て、思った。


 俺はあいつらに怒鳴り散らかしたが……本当なら、俺にはあいつらを怒鳴る資格などない。




 なぜなら俺も、戦後処理の時に油断をして……母上に庇われたのだから。




 さっき、ルアーナがあの兵士の間に手を伸ばした時に、思い出したのだ。




 俺もああやって、守られたと。




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