第3話 初陣



 翌日、私は魔物との戦いの前線へ来ていた。


 魔物は一日に数度、数十体という大群で一気に来るらしい。




 ここは第一前線で、ジークハルトが言うには一番魔物の数が多い前線のようだ。




「緊張してるか、チビ」




 隣に立っているジークハルトが、私の顔を覗き込みながら言ってきた。


 揶揄うような笑みを浮かべているので、なんだか腹が立つ。




「大丈夫よ、いけるわ」




 魔道士なので壁の上から魔法を放つことになっている。




 私は壁の端に立って、魔物を食い止めている前線を見下ろす。




「っ……」




 魔物と人々が戦い合って、悲鳴と怒声が響き渡っている。


 魔物の死体が多く転がっていて、見たくはないが人の死体も。




 想像していたよりも、キツい。




 これが、戦場なのね……。




「どうした、ビビったか?」




 私の隣に立ったジークハルトが、また声をかけてきた。


 さすがに私もここで軽口を言う気概がなく、何も答えられなかった。




 私が黙っていると、ジークハルトが壁のギリギリに立って下を見下ろす。




「そうかよ、まあ別にいいんじゃね。ガキなんだから、後ろに下がってろよ」


「っ、私は、ガキなんかじゃ……」


「俺は先に行くぞ。ガキじゃないんだったら、後からでもついてこいよ」




 彼はそう言い放ってから、壁から飛び降りた。


 結構な高さなのに全く躊躇せず降り立って、そのまま剣を振るって魔物を倒していく。




 励ましの言葉、だったのだろうか。まだそこまで接してないけど、ジークハルトらしい言葉だった気がする。




「ルアーナ、今日が無理なら下がっていていいぞ。無理させて死んでほしくはないからな」


「クロヴィス様……」




 後ろで見守ってくれていたクロヴィス様が、優しく声をかけてくれた。


 クロヴィス様は私の希少魔法を評価してくれているから、そう言ってくれたのだろう。




 だけど私は、ここでやるしかないのだ。




 それに……下で魔物を倒して、私のことを挑発するように見上げてくるジークハルトに、一泡吹かせてやりたいという気持ちもある。




「いえ、やります……やらせてください!」


「……ああ、頼んだぞ」




 私はもう一歩前に出て、両手を前に出す。


 魔法を使ったことは何百回、何千回もある。一日中、暗闇の中を照らしていたのだから。




「『光明ルーチェ』」




 私がそう詠唱すると、両手から光が放たれる。


 今までは部屋の中を照らすくらいの光しか出したことはなかったが、昨日試してみて、結構な光の量が出ることを知った。




 初めての前線で緊張しているからか、昨日ほどの光量にはなってない。




 しかし効果はあるようだ。




「なんだ、魔物達が苦しんでいるぞ!?」


「あの光に反応しているのか?」




 四足歩行の魔物は唸って動けなくなり、二足歩行の魔物は頭を抱えたりして、動きを止めている。


 私の光魔法には魔物にだけ効くようで、人体には全く害はない。




「全員、今のうちに魔物を片付けろ!」




 下でジークハルトがそう指示を出しているのが聞こえる。


 私は光を出し続けている。長く保たせることに関しては全く問題ない。




 屋根裏部屋で起きている間、ずっと光魔法を使い続けていたのだから。




 そして十分もすれば、ここにいる魔物が全部倒し終わった。




 全部倒したのを確認し、私は光魔法を止めた。


 その瞬間、下にいる人達が全員私のことを見上げているのがわかった。




「えっ、あ……」




 思わず小さく声を上げてしまった。




 どう見ても私の光魔法で魔物の動きが止まっていたし、誰が出しているのかは光で見えないから、気になって見上げていたのだろう。




 だけどこんな大勢から注目されるなんて初めてのことで、どうすればいいかわからない。


 下を見ながら視線をあちこちにズラしていると、ふとジークハルトと目が合った。




 彼はニヤッと笑ってから、大声を上げる。




「あのお方こそがこの戦いの救世主となる、聖女ルアーナだ!」


「えっ……」




 私、何も聞いてもないんだけど。


 それにそんな力もないし……。




 しかしジークハルトの声を聞いた兵士の方々は、雄叫びを上げた。




「救世主! 救世主様だ!」


「聖女ルアーナ様!」


「うおおおぉぉぉぉ!!」




 あちこちから歓声が響いてきて、私にはどうすることも出来なかった。




 ジークハルトをもう一度見ると、彼は可笑しそうに笑みをこぼしていた。




 あいつ……適当に言って、面白がっているのね!?




 別にマイナスなことは言われてないけど、先日まで屋根裏部屋で過ごしていた私が、こんな期待をされても、なんか居心地が悪い。




 くっ、本当にあいつは……!




 だけど、彼のお陰で今日は動き出せたから、それは感謝しているけど。




 いまだに「聖女! 救世主!」と雄叫びを上げる兵士の方々。


 ずっと見られているから、私は苦笑いをしながら手を振った。




 すると「うおおぉぉぉ!!」という地鳴りに近い歓声がまた響いた。


 ……なんか、やりすぎだと思うけど?




 ここまで騒ぎになるなんて、あいつも絶対に思っていなかったでしょ。




「ふふっ、人気者になったものだな」


「……そうでしょうか」




 私の後ろにいるクロヴィス様も、どこか楽しんでいる気もする。




 そうして私の初陣は、大成功に終わった……少し納得がいかない部分があるけど。






「よう、聖女様」


「……一回殴らせてくれない?」




 初陣後、クロヴィス様の屋敷に戻り、ジークハルトとの最初の会話だった。


 ニヤけた顔で言ってきたのが、とてもイラっとしてしまった。




「なんでだよ、俺がせっかくお前の名声を高めてやったのに」


「誰が頼んだのよ。あんたが勝手にやったことでしょ」


「ああ、めっちゃ笑ったわ」


「この……!」




 はぁ、言い争っているのも疲れるわね。


 後ろで私達のやり取りを聞いて、クロヴィス様が笑っている。




「ふっ、本当に仲良さそうで何よりだな。この後は食事するつもりだが、ルアーナも一緒に食べるか?」


「えっ、いいんですか?」


「もちろんだ。いいよな、ジーク」


「……まあ、俺はいいですよ」




 ジークハルトも頭を掻きながら了承してくれた。


 誰かと食事をするなんて、何年ぶりだろうか。




 楽しみだけど……いや、とても楽しみだ。




 そして食事の時間になり、広い食堂の中で三人で食べ始める。




 食事はとても素晴らしいもので、量も多くて味も本当に美味しい。




「ルアーナ、どうだ? 口に合うか?」


「あ、はい、クロヴィス様。とても美味しいです」


「そうか、それならよかった」




 クロヴィス様は優しく微笑んでそう言ってくれた。


 無表情だったり、睨んだりすると怖いけど、微笑むと意外と優しい笑みを浮かべるらしい。




 ジークハルトも、同じような笑みをするのかしら。




「あっ? 何見てんだよ」




 大きな口を開けてお肉を食べようとしているところを見ていたら、そう言われてしまった。




「別に、見てないわ」


「そうかよ。というかお前、全然食べてないな」




 ジークハルトの言う通り、私の前にあるお皿はほとんど空いていない。


 本当に美味しくて、もっといっぱい食べたいのだけれど……。




「お前が食べないなら、俺が食べるからな」


「あっ……」


「んっ、美味いな。さすが俺の家の料理人だ」


「ジーク、はしたないぞ。それにお前の家じゃなく、私の家だ」


「んっ、ごめんなさいでした」




 ジークハルトが私のご飯を食べたが、今回は全く怒る気がしない。


 むしろ、ありがたかった。




「ルアーナ、大丈夫か?」


「はい、食べられたことは気にしてませんから、大丈夫です」


「そうではない。食べられないのだろう?」


「っ……」




 やはり、見抜かれてしまったようだ。


 初めて魔物と戦う戦場に出向いて、魔法を遠くから放っていただけ。




 でも魔物の死体、それに人の死体……それらを見るのは初めてで、こんなに美味しい食事の前でも、食欲が失せていた。




「すみません、せっかくこんな食事を用意していただいたのに……」


「気にするな、食事ならジークが全部食べられるだろう」


「……ん、まあ余裕ですよ」




 ジークハルトは私の前で身を乗り出して、また私のお皿から食事を取って食べていく。




 本当に全く問題ないようだ。


 私は壁の上から降りずに魔法を放っていただけで、彼は魔物を剣で斬って戦い、死体と距離が近かったはずなのに。




 そこは素直にすごいと思う。




「ルアーナ、あまり気にするな。歴戦の兵士でも最初はそうなっていた者が多い」


「そうなんですか?」


「ああ、ジークも初陣後は何も食べられず、無理して食べて戻していた」


「ち、父上! なんでそれを言うんですか!?」




 ジークハルトは恥ずかしさを隠すように立ち上がった。




「事実だろう?」


「じ、事実ですが、俺の初陣は三年前の十二歳で、こいつとは年齢が違います! 一緒にしないでください!」


「そうだったか? だがその日の夜は……」


「ああ! もう何も言わないでください!」


「ふっ、そうだな。もう言わんよ」




 何かもっと恥ずかしいことがあったようだが、それはさすがに言わないようね。




 だけど、なんだかとても羨ましい。


 二人のやり取りが、とても家族っぽくて。




 その後、私の食事をほとんどジークハルトが食べてくれた。



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