第2話 ジークハルト



「お前が使えるという希少魔法はなんだ?」


「それは――」




 答えようとした時、この部屋の扉からノックが響いてきた。


 ビックリしてしまい、一瞬だけ言葉が出なかった。




「辺境伯様、ジークハルト様をお呼びしました」




 部屋の外からそんな声が響き、クロヴィス様が「ああ」と忘れていたように声を出す。




「そういえば呼んだんだったな。入れ」




 クロヴィス様は扉の方に声をかけた。


 まだ私と喋っているんだけど……それだけ重要な人が来るのか、私が全く重要だと思われていないのか。




 扉が開いて入ってきたのは、男性だった。




 身長が高くスラっとしているが、顔立ちも整っているがどこかまだ大人っぽく見えない。


 青年という感じなのだが、どこかで見覚えが……あっ!




 私は正面に座るクロヴィス様を見てから、もう一度入ってきた男性を見る。




 クロヴィス様を少し幼くした顔立ち、髪の色も黒で全く同じだ。




 つまりこの人は……。




「ジーク、よく来たな。前線はどうだ?」


「いつも通りですよ、父上。何人かが怪我をして、何人かが死んで、魔物の侵攻を止めているだけです」




 クロヴィス様を父上と呼んだ、やはりこの人はクロヴィス様の御子息のようね。




 喋りながら私の隣に来た、ジークという男性。


 身長は結構高く、私と頭二つ分くらい違う。




 一瞬だけ私のことを見下ろしてから、クロヴィス様の方を見る。




「で、父上。このガキはなんですか?」


「っ、ガ、ガキって……」




 まさかそんな失礼なことを言われるなんて思わず、ショックを受けてしまう。




「その子はアルタミラ伯爵家から来た子だ」


「はっ? 魔道士が来るはずじゃなかったんですか? なんでこんなガキが?」




 に、二回も言われた……。


 この人、本当にクロヴィス様の子息?




 容姿は似ているのに、雰囲気は全然似ていない。




 クロヴィス様は厳かで威圧感ある雰囲気なのに、この人は口調などもあるのか軽い印象を受ける。




「その子は希少魔法を使えるとのことだ、魔道士としてはまだ未熟のようだがな」


「はっ、希少魔法なんてただ珍しいだけで、役に立たないことが多いでしょ」


「ずっとガキと言っているがジーク、お前と同い年だぞ」


「はっ!? 十五歳!? こんなガキが!?」




 とても驚いた様子で、私を見下ろしてくるジークという男性。




 この人も私と同じ十五歳なのね、容姿だけを見ると私よりも年齢が上に見えた。


 精神年齢はとても幼そうだけど!




「本当にお前、十五歳なのか? 嘘ついてるだけじゃねえの?」




 無遠慮に、そして敬語も外して私にそう聞いてきた。




 なんだか、少しムカっとするわね。


 クロヴィス様の御子息のようだけど。




「本当よ。証明することは出来ないけど」


「へー、お前みたいなチビがね」


「あなたも十五歳なの? 見た目は年相応かもしれないけど、言動がまるで子供ね」


「はっ? なんだと?」




 上から見下ろして睨んでくるけど、私も負けじと睨み返す。


 私はあのクソみたいな家で五年間も耐えたのよ、こんな奴の視線なんかに負けないわ。




「ふん、生意気な女だな」


「生意気で結構よ」


「ふっ、仲良くなりそうで何よりだ」


「「なりません!」」




 クロヴィス様の言葉を否定したら、私と同じ言葉を被してきた。


 また同時にお互いを睨む。




「それで、ルアーナ。お前の希少魔法を教えてもらっていいか?」




 あ、そうだ、まだクロヴィス様の質問に答えていなかった。


 ジークとかいう変な男が来たせいで。




「はい、私の希少魔法は、光です」


「っ……光、だと?」




 私の言葉を聞いた瞬間、クロヴィス様の目が鋭く光った。威圧感も増した気がする。




 私には光魔法が強いかどうか、私は全くわからない。


 というか正直、弱いかもしれないと思っている。




 屋根裏部屋の暗闇を照らすのにはとても役立ったのだけど。




 それ以外の使い道がわからない。




「それは本当に光魔法か? 違うものではないのか?」


「えっ? いや、多分そうだと思うのですが……」


「なぜ自分の魔法が光だと?」


「私は屋根裏……あの、暗い部屋で過ごすことが多かったのですが、その時に自分の魔法で光を出していました」


「火ではなく、光か?」


「はい、光の球です」




 なぜここまで疑われるのだろうか?


 ここまで言われると、私も自分の魔法が光なのか不安になってくる。




 クロヴィス様は険しい顔で私を睨んでくるが、嘘をついていないので視線を逸らさない。




 しばらくしてクロヴィス様が睨むのをやめて、「ふむ」と頷いてから喋る。




「そうか、それが本当だったら、ルアーナ。お前は使えるかもしれない」


「っ、本当ですか?」


「ああ、すぐに前線へ行ってもらう、と言いたいところだが、まずはお前の魔法をしっかり調べよう。訓練所に向かおうか」




 クロヴィス様が立ち上がりながら、ジークに声をかける。




「ジーク、お前も来い」


「えっ、俺もですか? なんで俺がこんな奴のために……」


「いいから、来るんだ」


「……はいはい、わかりましたよ」




 ジークは頭をかいて、ため息をつきながら了承した。




 クロヴィス様にこんな態度を取っていいのかと思ったけど、彼は御子息だから大丈夫なのよね。


 なんだか、その関係性が少し羨ましい。




 私はアルタミラ伯爵家でもずっと堅苦しい雰囲気で、ふざけたり冗談を言ったりしたことは一度もなかった。




 家族と会話することもなかったし、使用人達も私をアルタミラ伯爵家と認めていなかったから、ずっと下に見られていた。




「おい、お前。名前は、ルアーナだったか?」


「えっ、あ、うん」


「訓練所に行くぞ」




 ジークはそう声をかけてから、私の前を歩いて部屋を出た。


 私も慌ててついていき、ジークの隣に立って歩く。




 クロヴィス様もジークも身長が高いので、私は早歩きをしてついていく。




「お前、さっきの話ってなんだ?」


「えっ、何の話?」


「屋根裏がどうこう、って話だよ」




 ああ、私が光魔法の説明をする時の話ね。


 言いかけてやめたけど、別に言ってもいいわよね。




「私がいつも光もほとんど当たらない屋根裏部屋で過ごしていたって話よ」


「はっ? どういうことだよ、伯爵家なら部屋は余ってるだろ」




 そういえばジークには私が婚外子だって言ってなかったわね。




「私は婚外子だったから、アルタミラ伯爵家の家族と思われてなかったのよ。部屋は当然余っていたけど、使わせてもらったことはないの」


「……そうかよ」




 ジークはそう言って黙って歩き始めた。




 私も別に不幸自慢をしたいわけじゃないから、一緒に黙って早歩きをした。






 数時間後、訓練所での私の希少魔法の検証が終わった。


 私も屋根裏部屋で明かりをつけるために使っていただけなので、いろいろ試せた。




 その結果、私は前線で戦うこととなった。




「ルアーナ、お前の力は優秀だ。役に立ってくれるか?」




 クロヴィス様が笑みを浮かべてそう言ってくださった。




「はい、もちろんです。その代わりと言ってはなんですが、衣食住を確保していただければと思うのですが……」


「もともと魔道士を受け入れる予定だったのだから、そのくらいは当たり前だ」


「ありがとうございます!」




 よかった、とりあえず野垂れ死ぬことはなくなったみたいね。




「ジーク、ルアーナを連れて行ってくれ」


「はぁ、やっぱり俺か。わかりましたよ」




 ジークはまたため息をついたけど、さっきよりは素直に私を案内してくれてるみたいだ。


 クロヴィス様に一礼してから、私はジークの後を早歩きでついていく。




「よかったな、父上に認められて」


「そうね、本当によかったわ」


「……気になってたけど、お前なんで俺にはタメ口なの?」


「えっ、同い年だから。それにジークもタメ口じゃない」


「本当に十五歳なのか俺はまだ疑ってるけどな、お前チビすぎるし」


「失礼ね。満足に食べさせてもらえなかったから、小さいだけよ」


「……そうか」




 あっ、また不幸自慢みたいになってしまったかな?


 だけどジークもそこまで気にしてないみたいだし、大丈夫よね。




「あと、俺の名前はジークハルトだ。ジークっていうのは父上と……母上だけが呼んでる愛称で、気軽に呼ぶんじゃねえ」


「……わかったわよ、ジークハルト」




 長くて呼びづらいけど、しょうがない。仲良くない人に愛称を呼ばれても、良い気はしないでしょう。




「ほら、着いたぞ。お前の部屋はここだ」




 ジークハルトが扉を開けてくれて、私は部屋の中に入った。




「わぁ……!」




 思わず私は感嘆の声を上げてしまった。


 とても広くて綺麗な部屋で、ベッドやソファも豪華で大きい。




 大きな窓もあって外の景色が見える、外は綺麗な庭になっていた。




「こ、ここを私が一人で使っていいの?」


「当たり前だろ、何言ってんだ」


「だってこんな素敵な部屋、初めてで……!」


「……ふん、そうか」




 ジークハルトが何か呟いたのが聞こえたけど、私は部屋の素晴らしさに感激してそれどころじゃなかった。




 真ん中に立って部屋中を見渡して、ソファに腰を下ろす。


 とてもふかふかで、そのまま沈み込んで埋まってしまいそう。




 すごすぎる……!




「はっ、ガキみたいだな、おい」


「むっ……」




 揶揄うように言ったジークハルト、確かに今のはちょっと否定出来なかった。


 少し恥ずかしくなって、ソファから立って咳払いをする。




「ルアーナ、明日からお前はすぐに前線に出るだろう。今のうちに部屋を楽しんどけよ」


「ご、ご忠告ありがとう」




 ジークハルトはそう言ってから部屋を出て行った。




 心配してくれた? 意外と優しいのかしら?




 だけど彼の言う通り、しっかり前線で活躍しないと追い出されるかもしれないし、それよりも先に前線で戦って死ぬこともある。




 これからね、頑張らないと。




 ……そういえば、人とこんなに会話したのはいつ振りだったかしら。




◇ ◇ ◇




 あのチビの部屋を出た後、俺は父上の部屋まで向かう。


 扉をノックしてから、部屋の中へと入る。




 父上は机の奥で椅子に座っており、すでに仕事をしていた。




「父上、あいつを部屋に送りました」


「ああ、ご苦労。ルアーナは部屋を気に入っていたか?」


「もちろん、皇宮にでも案内されたかのように感動してましたよ」




 とても大袈裟に、だが反応を見る限り全く嘘ではなかった。




 この屋敷にはあの部屋よりも良い部屋なんて、いくらでもある。




 アルタミラ伯爵家と言っていたから、普通の令嬢だったらあれ以上の部屋に住むはず。




「父上、なぜあのチビがこの戦場に派遣されたんですか? 本当にあいつは、アルタミラ伯爵家の人間なんですか?」


「それはこれから確認する。婚外子という話だったが、どれだけ隠していても調べればわかるはずだ」


「自分の娘なのに、あんなに迫害しますか? 正直、俺と同い年というのも怪しいですよ」




 婚外子と言っても、娘なのは変わりないだろう。


 なのに十五歳に全く見えないほどチビで細いまま、どれだけ食べさせてもらえなかったのか。




「貴族の中でもクズな奴はいる。むしろ平民よりもクズな奴が多いだろう。お前はまだ社交界などにあまり行ってないからわからないだろうが」


「……」




 確かに俺はディンケル辺境からほとんど出ていない。


 王都も片手で数えるほどしか行ってないし、貴族の知り合いも少ない。




 辺境伯家に生まれた者として、ここで戦い続けてきたからだ。




「まあ今はルアーナの家族関係はどうでもいい。幸運なのは、ルアーナが光魔法を持っていたことだ」




 父上は口角を上げて、良い拾い物をしたというように話す。




「アルタミラ伯爵家はルアーナが光魔法を使えること知らなかったのだろう。ルアーナも誰にも話していない雰囲気だったし、なによりも光魔法を使える者をここに送ってくるはずがない」


「俺はわかりませんが、光魔法ってそれだけすごいんですか?」




 訓練場でチビの光魔法というやつを見たが、本当に手から光が出ただけだった。


 想像以上に強い光だったが、それだけ。




 使い道が俺にはまだよくわからない。




「明日になればわかるだろう。ルアーナはこの辺境の地で、聖女となるだろう」


「聖女、ね……」




 父上は確信を持っているようだ、あの父上が言っているのだからそうなるのだろうな。




「それに……噂によれば光魔法は、回復魔法にもなりえる」


「っ、それってまさか……!」


「ああ、アイルを治すための力になるかもしれない」




 アイルという女性は辺境伯夫人、つまり俺の母上だ。


 母上は一年前、この辺境の地の戦いで大きな怪我を負った。




 戦後処理で油断していた俺を庇って……!




「ジーク、何度も言っているが」


「わかってます。もう俺がこれ以上悔やんでも、何にもならないことは」


「……ああ、そうだな」




 父上には何度も何度も励まされたし、とても感謝している。


 俺のせいで自分の愛した女性が眠ったままにしてしまったのに。まず息子である俺の心配をしてくれた。




 素晴らしい人格者で、俺は父上のことを尊敬している。




 だがそれでも、俺は俺を許せない。




「まだルアーナの光魔法の熟練度じゃ、人の傷を治すのは無理だろう。だが鍛えていけば、もしかしたらありえるかもしれない」


「そう、ですか」


「ああ、だがまだルアーナに伝えるなよ。傷を治す力が秘めていることは伝えてもいいかもだが、アイルのことは絶対に」


「もちろんです」




 まだ信用しきれてないチビ相手に、母上のことを伝えるわけがない。


 だがもし、あいつが母上を治してくれたのなら……。




「ジーク、お前も明日に備えて休め」


「はい、では失礼します」




 俺は一礼してから、父上の部屋を出て自室へと向かった。




 ベッドに寝転がって休もうとしたが、まだ少しあのチビのことを思い返す。




 あいつは光魔法を長い時間ずっと扱えていた。


 普通の魔導士は長い時間保つための訓練はあまりしない。




 魔法は発動して魔物に当てればもう操らなくていいからだ。


 だがあいつは、その特殊な環境から長時間も光魔法を保てていた。




 真っ暗な部屋にずっといた、と言っていたな。


 おそらくそれは魔法の練度を見る限り、本当なのだろう。




 どれだけ寂しかったのか、辛かったのか、俺にはわからない。




 だがそれでも、あいつの両親や家族はクズだということは、俺でもわかる。




 明日はあのチビの初陣。


 ……多少は、構ってやるか。




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