【書籍化&コミカライズ】生贄として捨てられたので、辺境伯家に自分を売ります 〜いつの間にか聖女と呼ばれ、溺愛されていました〜

shiryu

第1話 生贄になり、身売りする



「ルアーナ、お前を辺境の地ディンケルに派遣することになった」




 アルタミラ伯爵家の当主、お父様の執務室に久しぶりに呼ばれたのだが、いきなりそんなことを言われた。




 お父様の隣にはお義母様がいるが、私をとても冷たい視線で見下している。




 だけど、辺境の地に私を派遣? よくわからない。




「どういうことでしょうか?」


「言葉通りの意味だ。辺境の地に我が伯爵家から派遣することになったが、お前を行かせることにした」


「……なぜ私なのでしょうか?」




 派遣ということは、伯爵家の代表として辺境に行くということだろう。


 お父様達は私を「アルタミラ伯爵家の人間ではない」と言い続けていたはずなのに。




「お前が一番、この派遣に相応しいと思ってな」




 そう言ったお父様の顔は、とても醜く歪んで笑っていた。


 何か裏があるらしいわね、そうじゃないと私にそんな大事な仕事を任せないはず。




「派遣って、いったい私は何をすれば……」


「うるさいわね! もうあなたに話すことはないわ! 早く失せなさい!」




 お義母様がいきなり私にそう怒鳴ってくる。


 私が婚外子だから、家族の中でお義母様が一番私を嫌っている。




「これであなたと一生顔を合わせないで済むんだから、せいせいするわ」




 お義母様の言葉に疑問が湧く。




 一生? 私はディンケルという辺境の地にずっと住むということ?


 わからないけど、またここで質問をするとお義母様に怒られる。




「……かしこまりました。失礼します」




 私はこれ以上お義母様を刺激しないようにそれだけ言って、部屋を出ようとする。


 部屋を出る直前、後ろから声をかけられる。




「何をすればいいか、と聞いたな。お前は何もしなくていい。ただ、私達の生贄となってくれればいいのだ」


「そうね、あなたは死んでくれれば、それでいいわ」


「……」




 私は困惑しながらも、最後に一礼してから何も言わずに部屋を出た。




 自分の用意されている部屋に戻るために廊下を歩きながら、さっきの言葉の真意を考える。




 生贄、死んでくれればいい?


 あの二人にそう言われたことに対しては、特にショックを受けているわけじゃない。




 仮にも両親だが、いつもそのくらいのことは言われてきた。




 お前を産んだことは失敗だ、死ねばいいのに……そんなことは何回も言われている。




 だけど今回のは、本当に私が死ぬことが確定して喜んでいる、というように感じた。




 辺境のディンケルに派遣とは、なんなのだろうか。


 そんなことを考えながら歩いていると、目の前に二人の男女が現れた。




 どうやら私のことを待っていたようだ。




「よう、ルアーナ」


「ふふっ、出来損ないの妹が来たわね」


「グニラお兄様、エルサお姉様」




 私はお義母様、デレシア伯爵夫人の娘ではないが、この二人はデレシア伯爵夫人の息子と娘。


 私よりもいくつか年上で、婚外子の私を汚いものとして見下している。




「何か御用でしょうか?」


「別に、お前の顔が見られなくなるから、最後にお前のアホみたいな顔を拝みに来ただけだ」


「ほんと、汚い妹がこれからいなくなると考えると、本当に嬉しいわね」




 二人も醜く顔を歪めながら笑ってそう言った。


 何のことか全くわからないから、私は何も反応が出来ない。




「私は辺境の地ディンケルに派遣されるようですが、それで一生会えなくなるのですか?」


「なんだ、お前知らないのか? ディンケルがどんな場所なのか」


「ああ、やっぱり無知で馬鹿な妹ね」




 私が外の状況を知らないことに、二人はまた馬鹿にしたようなことを言う。




 外の状況を知らないのは、家族のあなた達が私をずっとこの屋敷に出さずに何も情報を与えてくれないからなんだけど。




 まあもう家族だなんて、あっちも私も思ってないけど。




「しょうがない、馬鹿なお前に教えてやろう。ディンケル辺境というのは、魔物に襲われて続けている死地だ」


「襲われ続けてる?」


「最近になって魔物が活発になり、辺境のディンケルでずっと魔物の侵攻を止めてるのだ。そこで魔導士の一族である我がアルタミラ伯爵家の中でも一人、派遣しないといけないことになったのだ」


「そんな死地に行くなんて、死ねと言われているようなもの。私もグニラお兄様も死にたくない。そこで……あなたに行ってもらうことになったのよ」




 ……なるほど。


 魔物と前線で戦い続けることになるディンケル辺境に派遣される、ということか。




 魔導士一族と言っていたが、私はこの人達に魔法を一切教わってない。




 だけど行け、というのか。




「お前が家に来た時は邪魔だと思ったが、まさかこんなことで役に立つとはな」


「本当に、出来損ないの妹だけど、私達のために生贄になって死んでくれるのは、本当に嬉しいわ」




 心底安心してるように、二人は私のことを妹じゃなく、もはや人間として扱っていない言葉を普通に言い放つ。


 もうこの人達は、救えない人達だ。




「じゃあな、もうお前と会うことはないだろうが」


「あなたは死ぬくらいでしか役に立てないんだから、せいぜい前線でも味方の盾になって死になさい」




 とても醜い笑みを浮かべて、私の反応を見てくる。




 私が怖がって青ざめた顔を浮かべるのを期待しているのだろう。


 しかし私は出来るだけ綺麗な笑みを作る。




「教えていただきありがとうございます、お兄様、お姉様。前線で頑張ります」


「……ふん、つまらない奴め」


「あなたじゃどうせ、肉の盾にすらなれないわ」




 二人はそんな最低な捨て言葉を吐きながら、どこかへと行った。




 私は自分に用意されている部屋、屋根裏の部屋に戻った。




 私は婚外子で、平民の母親から生まれた。




 十歳の頃に母親が病気で亡くなり、その頃からアルタミラ伯爵家にやってきた。


 だから私だけ本当の家族ではない、ということでとても嫌われていた。




 アルタミラ伯爵家の家族の中で、一人だけ髪色が青色というのも嫌われる要素だった。


 家族全員が真反対の色、赤色の髪だったからだ。




 平民の子だから魔法の才能も一切ない、と罵られて、満足に食事もさせてもらえない日々。


 ほとんど毎日を屋根裏のほとんど光もないこの部屋に押し込められていた。




 自分でもよく耐えられたな、と思うほどだ。




 まあ、ちょっとした理由はあるんだけど。




 これから、私はアルタミラ伯爵家に生贄として捨てられる。




 だけど簡単に死ぬつもりは、一切ない。






 数日後、私は辺境ディンケルの地へ着いた。


 多少は準備時間があると思っていたのだけど、私はすぐに馬車に乗せられてここまで来た。




 さすがに王都からは距離があって、到着までは結構時間がかかった。




 その間、最初はアルタミラ伯爵家の馬車で移動していたんだけど、本当に身体が痛すぎた。


 あの人達は私に全く費用をかけたくないらしい。




 だけど途中からは、ディンケル辺境伯様の馬車になってからはとても快適だった。




 クロヴィス様は私がアルタミラ伯爵家の代表として派遣されていると思っているから、とても丁重に扱ってくれているのだろう。




 魔道士一族の伯爵家が戦場に派遣する人が生贄なんて、誰も思わない。




 ディンケル辺境に着き、まず私はクロヴィス様に挨拶することになった。




 とても広い城のような屋敷に入って、クロヴィス様がいるところに案内される。




「ルアーナ様、こちらです」


「は、はい」




 大きな扉の前に立ち、一度深呼吸をする。


 緊張するけど、私の人生はここで決まると言っても過言ではない。




 私はクロヴィス様に、自分を売るのだから。




 扉が開かれ、目の前には執務室にしては玉座のような豪華な部屋。




 そして正面に大きな机があり、そこに男性が座っている。


 黒髪で整った綺麗な顔立ち、とても鋭い視線で私をジッと見ていた。




 この人がクロヴィス・エタン・ディンケル様。




 確か年齢は私の父親と一緒くらいなはずだけど、恐ろしく顔立ちが整っていて威圧感もあり、とても若く見える。




「辺境伯様、アルタミラ伯爵家の者を連れて参りました」




 私を連れてきてくださった執事さんがそう言った瞬間、クロヴィス様が眉を顰めた。




「なに? どういうことだ?」




 私の身体を下から上まで見て、子供だと思ったようだ。




 十五歳なのでそこまで子供ではないのだが、見た目はもう少し幼く見えるだろう。




「アルタミラ伯爵家からは魔道士が来るはずだが? この痩せ細った子がその魔道士だと?」


「私達は伯爵家から魔道士がこの子だと聞いて、連れて参ったのですが……」


「はぁ……どうやらアルタミラ家は皇室派閥ということで、調子に乗っているようだな」




 クロヴィス様は大きくため息をついた後、私をジロっと睨んでくる。




「お前、名前は? 歳はいくつだ」


「ルアーナ・チル・アルタミラと申します。今年で十五歳です」


「なに、十五だと?」




 身長も低く顔も童顔なので、やはり十五歳に見られなかったようだ。


 隣に立っている執事さんも驚いている雰囲気がある。




「アルタミラ家の家系は男が一人、女が一人でどちらも十八を超えていたはずだ」


「私は婚外子で、五年前からアルタミラ伯爵家で暮らしております。その事実はあまり知られていないかもしれません」




 あの人達のことだ、私の存在を他の貴族とかに隠していてもおかしくはない。




「婚外子だと? 隠していた子供を、自分達が戦場に行きたくないから送ってきたのか。チッ、クソだな」




 さらに苛立ちが増したクロヴィス様、やはり威圧感がすごくて少し怖い。


 だけど怖気付いている暇はない、私はこの人に自分を売りに来たのだから。




「さて、どうするか……」




 クロヴィス様が私の処遇か、それともアルタミラ伯爵家をどうするかについて考え始めた。




 このままだったら私はすぐにここを追い出されるかもしれない。


 お話をするなら、今だろう。




「クロヴィス様、発言の許可をお願いいたします」


「……ああ、なんだ?」


「ありがとうございます。私は魔道士としてはまだまだ未熟ですが、魔法は使えます。必ず戦場で役に立ちます」


「ほう、戦場で役に立てると? 魔道士として未熟だとわかりながらも? 魔法を使えるだけで戦えると思っているのか?」




 クロヴィス様は私のことを見下ろすように睨んでくる。




 言葉が詰まりそうになりながらも、私は話を続ける。




「き、希少魔法を使えます。四大魔法じゃないものです」




 私は伯爵家では全く魔法を教わらなかったけど、伯爵家に来る前に魔法を発現させていた。




 私を産んでくれた実母は魔法に少し詳しく、私が使うのが四大魔法じゃないということを教えてくれた。




 そして他人にあまり言わないようにした方がいい、と言われていた。




 希少魔法はその名の通り、四大魔法に属さない全く別の魔法で使える人が非常に少ない。


 貴族の中でもほとんどいないので、妬まれて面倒なことが起こる可能性が高い。




 だから他人には教えないようにと言われていたので、私はアルタミラ伯爵家の誰にも言ってはなかった。




 あの人達は家族じゃなかったから。




 クロヴィス様も他人だけど、ここで私は賭けに出た。


 そうしないと、私はこのまま追い出されて野垂れ死ぬかもしれないから。




「希少魔法? なるほど、悪くはないが戦闘に役に立たない魔法だったら意味はないぞ」


「っ……」




 そう、それが私にはわからない。


 希少魔法は珍しいだけで、強いわけじゃないこともあるらしい。




 私の希少魔法がどれだけ使えるものなのか、私にもわからない。




「お前が使えるという希少魔法はなんだ?」


「それは――」




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