第3話 パンが食べたい


「はぁ……パンが食べたい」


 どうやらこの異世界にはパンというもの自体が存在しないらしい。

 せっかく転生してパンが食べられる体になったというのに、その肝心のパンが存在しない。

 こんなことってあるの……?!??!

 だけど、昔の偉い人が言ってた気がする。

 なんだったっけ……パンがなければ――。

 そうだ! パンがなければパンを創ればいいじゃない!

 

「でも……パンってどうやって作るんだっけ」


 たしかイースト菌とかいうのが必要だったはずだ。

 でも、異世界にベーキングパウダーなんて売ってるはずもないし……。

 天然酵母でつくろうと思っても、異世界の衛生状態じゃ菌を扱うのは難しい。

 しょうがない、そこはなにか別の案を考えるとして、とりあえずは小麦を焼いてみよう。


「ねえお父さん、うちにオーブンってある?」

「オーブン? なんだそりゃ」

「その……こういうものを焼くためのやつだよ」

「かまどならあるが……それで構わないか?」

「うん……!」


 やった! かまどがあればなんとかなりそう。


「それで、なにに使うんだ? 危険だから、父さんといっしょじゃないとだめだ」

「パンを焼くの!」

「パン……? この前からなにを言ってるんだお前は」

「とにかく、他にも砂糖と牛乳と卵と、あと塩が欲しい!」


 私は満面の笑みで父におねだりしてみた。

 幸い、シャロンはめちゃくちゃ可愛い顔をしている。

 透き通った金髪と青い目、お父さんから見ても絶世の美少女だろう。


「はぁ……? お前、砂糖がいくらすると思ってるんだ……」

「え……」

「それに、塩も貴重だ。まあ粗悪品なら少しは使ってもいいが……。そうだな、まあ牛乳と卵くらいなら近くの牛農家から分けてもらえばなんとかなるが……」

「そっか……でも、牛乳と卵と塩だけでも……! ありがとうお父さん!」


 確かに、忘れてたけど、こんな時代だったら砂糖も塩も貴重品に決まってるよね……。

 だけど、とりあえずは今あるものでなんとかするしかない。

 私は父と即席のパン作りに挑戦することにした。





 かまどをオーブンのように工夫してセッティングして、そこに小麦粉を牛乳と卵と捏ねたものを入れる。

 味付けはほんのちょっとの塩と、その辺で採ったハーブ類。例のスープにもハーブは入っていたみたいだ。苦くて変な味だけど、ないよりはましって感じだ。

 とりあえず焼き上がるのを待つ。


「できたぁ……!」


 しばらくして、ようやく出来上がったものの……。

 取り出してみると、お世辞にもいい出来とは言えないものだった。

 ただ小麦粉を丸めて焼いただけの、残念なお菓子っていう感じ。

 だけど、これでもなにもないよりは前進したはずだ。少なくとも、あの例のまずいスープよりは……。


「本当に食えるのか? こんなの」

「大丈夫、食べてみる……!」


 父も怪訝そうな顔で見ていたので、私が先に味見する。

 がぶり。

 一口かじると、懐かしいあの小麦の臭いがふわっとひろがった。


「まずい……けど、普通にパンだ……!」


 例のハーブがいい感じに作用したのだろうか、思ったよりふんわりと焼き上がっている。もしかしたら、あのハーブにはイースト菌のような作用があるのかもしれない。そもそも異世界なんだし、菌の種類とかもいろいろと違いそうだ。

 それになにより、小麦粉いっぱいのパンに遠慮なくかじりつける。それだけでももう幸せだった。

 この体なら、私はこれをいくら食べても体調不良にはならない!

 あとはこれを改良して、おいしくできれば最高だ。

 でも、うちは貧乏だしなぁ……。

 そんなふうに考えていると。


「ちょっと俺にも食わせてみろ」

「うん」


 父は興味深そうにパンver1を眺めると、思いっきりかじりついた。大きな大人の口で、ぺろりとたいらげる。

 大丈夫かな……。異世界人ではじめてパンを食べた人ってことになるけど、感想はどうなんだろう……。

 もしかしたら、口にあわないかもしれない。私はパンを知ってるから脳内で補完できるけど、これはおせじにもおいしいとはいえない代物だし……。はじめて食べたパンがこれじゃあね……。

 でもそんな私の予想とはうらはらに。


「うまい! なんだこれは……!? これがパン……!?」

「え!? ほんと……!?」

「ああ! まさかあのスープをこねて焼くだけでこんなふうになるとは……! なんで今までだれも小麦粉を焼こうとしなかったんだ……? これはすごい発明だぞ!」


 よかった……! やっぱりあんなスープしかない世界だから、こんなパンでもおいしいのかな。

 でも、お父さんが気に入ってくれてほんとうによかった。これならこれからもパンをつくっても怒られなさそうだ。


「ねえお父さん、これを牛乳といっしょにたべてみて」

「お、おう……もぐもぐ……なんだこれは……!? うますぎる……!!!! 口の中でふわっとひろがって、消えていく……! シャロン、お前は天才か……!?」


 父はすっかりパンのとりこだった。


「よし、母さんにもたべさせよう!」

「そうだね。きっとよろこぶ」

「しかし、急にこんなすごいものを作るなんてなぁ。どうしたんだ? どこでこんなものを知ったんだ……?」

「う……そ、それはぁ……ゆ、夢でみたんだよ!」

「そうか、不思議なこともあるもんだなぁ」


 細かいことを気にしない父でよかった……。まさか異世界からやってきたなんて信じてもらえないだろうしね……。

 ちなみに、母もパンをいたく気に入って、今度から週に一度はスープのかわりにパンを焼いてもいいことになった。

 けれど、うちの経済状況では、塩も牛乳も卵も、そのくらいが限界だった。ほんとうはもっと、毎日でも食べたいんだけどね……。


「あ……! そうだ……!」

「シャロン、今度はなんだ?」

「ねえお父さん、このパンを売ったらどうかな……!?」

 

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