4夜 Ⅱ 行動開始

『神声教会』

その単語を聞き俺は昨日琴宮の家でこの人が言っていたことを思い返した。


時は少し遡る…


「『魔術協会』と『シンセイ教会』?

魔術協会は文字から分かりますが、神聖教会って一体なんなんですか?」

「『神声教会』だ。『神の声をきく教会』と書いて神声教会。元々は魔術協会も神声教会も同じ組織だったけど、ちょっとした方針の違いでね今ではわかれちゃったんだ。」

「具体的になんでその2つの組織は別れてしまったんですか?」

「理由は単純明快、それぞれの『奇跡』の捉え方のせいだ。まず、『魔術協会』これは『奇跡』を信仰しつつも人間でもそれが扱えるように『奇跡』を研究していった派閥で、その果てにできたものが『魔術』だ。次に『神声教会』、これは『魔術協会』とは違い『奇跡』を純粋に信仰する対象にしていた派閥だ。最初はどちらも互いの組織を容認していたけれど時が経つにつれて『奇跡』を研究することは『奇跡』自体に対する冒涜というふうに後者の派閥が捉えてしまってね、前者に所属するもの達を次々に粛清していった。そこから元々ひとつだった組織は2つにわかれてしまった。それと先に言っとくが心葉はこの2つの組織から狙われている。」

俺は終夜が急にそんな大事なことを言ったのを聞いて口に含んだ紅茶を吹き出しそうになりむせてしまった。

「ケッケッホ…なんでその組織の連中が琴宮を狙ってるんですか?ていうかそれならなんで魔術士の終夜さんが琴宮を守るんですか?あなただって魔術協会に入ってるんでしょう。」

「質問は1つずつにして欲しいなあ。」

不敵にわらいつつ、目の前の男は紅茶を啜った。

「まずは、最初の答えだ。琴宮家は日本の魔術師達の中でも5本の指に数えられるくらいの名門の家でね、魔術協会でも発言権が強いんだ。だから、心葉を殺せば『異端』も排除でき、いけ好かない『魔術協会』の一員にも嫌がらせができる。だから『神声教会』は心葉の命を狙っている。」

「それなら…」

「まぁ言いたいことはわかるよ。それなら、魔術協会に協力してもらえばいい、そう言いたいんだろ?

だがそうはいかないんだ。魔術協会も一枚岩じゃなくてね、100年前までは研究のためにと器の能力者達を捕まえまくって地下深くに監禁したり、人権を無視した実験なんかをやっていたんだ。今でこそ心葉の父のように器の能力者達にそのような扱いをさせないという魔術士も多くなってきたが、未だに水面下ではそういう扱いをしている魔術師も少なくない。だから魔術協会に頼る訳にもいかない。」

琴宮が抱えている問題は俺が思っていたよりも深く暗いもので、俺は終夜の近くにいる琴宮の方に目を向けた。こんなことの中心にいるにもかかわらず琴宮は怯えた表情も体の震えも見せていない。

「話を続けよう。2つ目の答えの前に3つ目の答えを言わせてもらうが、私は魔術協会に所属はしていない。10年以上前はその系列の学院で魔術を学んでいたが卒業前に魔術協会の方針とやり方に嫌気がさして抜けてきた。」

「終夜さんって集団行動向いてなさそうですし、当たり前って言えば当たり前ですね。」

先日会ったばかりの人に言う言葉出ないのは分かってはいるが、縛られたり煽られたりでいらついたので皮肉を投げつける。

「うん私は集団行動に向いていないんだ。...話を戻すが...」

皮肉は華麗に避けられた。

「2つ目の答えだが、さっき言ったように私は魔術協会に所属していない魔術師。『はぐれ術師』とか『フリーランス』とか言う人もいるけど、私は自身を『魔術使い』と言っている。魔術協会に入らないことは協会側からの支援を受けられないということだが、それなりに恩恵もある。それが...」

「琴宮のボディーガード...ってことですか?」

「そういうことだ。心葉の父⋯琴宮鏡次氏はこの1ヶ月急な出張でイギリスに行かなければならなかったが、能力が発現したばかりの心葉をおいていくわけにもいけず、かといって出張に同行させたら協会側に何をされるかわからない。琴宮家には親族がほとんどいない、だから昔からの知り合いである私にボディーガードの役目がまわってきたというわけだ。」

「なるほど…」

「教会側は 魔術…というより『異能』だったり『異端』には躊躇なく排除しようとしてくる。それこそが正義だと疑わない連中だ。しかも所属してる人数は計り知れない。魔術協会に頼ろうものなら最悪、解体されてホルマリン漬けだ。」

その言葉を聞き、さっきと違い琴宮は体を震わせる。

「だから、鏡次氏は私1人に依頼してきた。できるだけ隠密に外部に情報が流れない様にね。」



再び現在


「そいつらが昨日言ってた神声教会の連中っていうですか。」

もう事切れ冷たくなった肉塊をみながら問う。

「そうだ、早朝に使い魔に探索させた時に見つけて締めておいた。まさかこんなにも早く勘づかれるなんてなぁ。僕としたことが迂闊だった。」

「でも、もう殺したんですよね。なら大丈夫なんじゃ?」

「こいつらは武器こそ持っているがただの偵察隊、本部に情報を送るだけの非戦闘員。連絡が途切れれば、教会側からさらに人が送りこまれてくる。」

「なら、今すぐここから出て何処か遠くへ行ったほうがいいんじゃないんですか?」

「いや、今急いで動くのは帰って危険だ、逆にこの街で奴らの行動を妨害しつつ万全の準備をした上で比較的安全な場所へ移動する。あくまで比較的だけれど...」

そういうと終夜はコートのポケットからオレンジ色のタバコの箱を出し1本加えて火をつけた。

白い煙が舞いなんとも言えない苦い煙が蔓延する。

「終夜さんやめてください。受動喫煙ってやつですよ。迷惑です。」

「安心していい。これは特別製、ニコチンを初め有害物質が一切入っていない、ただ不味いだけのタバコだ。それに殺人鬼に迷惑と言われてもなぁ」

なんでそんなもん吸ってるんだろう?この人は数日見てて何となく変人だっと思っていたが、ここまで来ると理解し難い。

「今、私のこと変人だと思っただろう? まぁそれはいいんだが...君に命令だ、『私が学校にいない間、琴宮心葉を守り抜け』。」

「...クッ!」

体の中に電流が走ったような感覚、体の筋肉 骨 神経 いや細胞のひとつひとつが締まる感覚がする。

そのまま俺の体は床に倒れ込んだ。

「紋章の影響で君はこの命令に従わなければならない。」

「なんで俺がそんなことを...」

「大丈夫だ。学校の近くにいる教会の連中は私が全て処しておく。君はただ心葉の隣にいるだけでいい、では行動開始といこう。」

そう言いながら終夜は扉から外に出ていき階段を降りる。

終夜が出ていって数十秒して俺と傍に転がる肉塊、それ以外音さえ無くなった空間の中、俺はゆっくり立ち上がりその部屋を出た。

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