4夜Ⅰ壊れた歯車

 その日の夜も夢を見た。

 自分が殺してきた異端が次々に襲ってくるという夢だ。

 そいつらの顔は歪みきり、怒りと恨み 悲しみが混ざっていて、そして何よりもその眼には自身を殺したものへの殺意が込められている。

 俺は現実のように武器を作らずただその恐ろしい集団から逃げる。

 不気味な夜に紅色に染った木々を抜けるとまたもや湖にでて、そこから無数の異端の腕が伸びてくる。

しかし、俺はおそろしさと同時に安堵もしていた、これで罪を償えると心のどこかでほんの少し思う。

何故なのか?何故異端を狩ることに罪悪感を抱き、贖罪となるだろうことを受け入れる。そんな違和感はすぐに俺を包み込み先程まで感じていた恐怖も和らいでいく。

「戻れ。お前の居場所はそこではない、異端をかるのだ。二度と現れないよう駆逐するのだ。」

また声が聞こえる。

それは誰かの願い、生命が生命たりうるのならば決して消えることのない『己と違うものを消し去りたい』という終わりのない願い。

その声に身を任せればどれほど楽になるだろうか。

もういっその事前のように罪悪感など感じずに命を狩っていきたい、でもそんな俺の願いは俺自身のうちにある『なにか』に拒絶される。

その様はまるでサビつき砕かれ機能しなくなった歯車、俺を俺としていたシステムは既に破綻し始めている。

小さな歯車が壊れても最初のうちは大部分には影響しない、だがその変化の波はどんどん大きくなり最終的に全体を狂わせることになる。

おまけにこの歯車の代わりは恐らく見つかることはないだろう。根拠はないがそのことをひしひしと感じている。

身体は徐々に血の湖に沈んでいく昨日よりも深く、深く、深く。

それと同時に俺の意識は段々と薄れていった。


……………………………………………………………


「夕立くん、大丈夫ですか? 顔が大変なことになっていますよ。」

「琴宮か...俺はそんなに酷い顔をしているか?」

「はい、とっても。ほとんど眠れてないみたいに顔がやつれていますし、話す時もいつもより覇気がありませんね。」

「そっか...」

そんな琴宮の返事にすら今の俺はまともに返す気力がない。昨日の夢のせいで精神的に疲れているらしい。こんなに疲れるのは今までで初めてのことだ。

しかし、どんなに疲れていても学校には行かなくてはならない。夜な夜な街に繰り出して殺しを楽しむ狂人でもちゃんと高校は卒業したいし、出席回数はなんとかしなければならない。

そんなふうに歩いていると目的地の学校が見えてきた。

「じゃあ夕立くん、私は今日の日直なので先に教室に行ってますね。」

そういうと琴宮は学校の校門へ走っていった。

「あぁ、気をつけて...なぁ?」

なんで俺は殺害対象の琴宮に対して『気をつけて』なんて言葉が出たんだ。

そんな疑問が頭にとめどなく溢れてくる。

いったいなんで。

「おい、夕立君。」

疑問について考えながら校門を通る直前、俺は聞きなれたもっとも会いたくない人間の声を聞いた。

「なんだ、その会いたくなかったみたいな顔は。」

みたいなじゃなくて事実そうなんだよ。

校門の横には魔術よりも物理が得意そうな魔術使いが気だるそうに立っている。

「少し、来てくれないか。」

……………………………………………………………

「でっ、終夜さんなんですか?俺学校に早く行かなくちゃならないんですが...」

校門で終夜と鉢合わせしたあと俺は学校から僅か50メートルしか離れていない場所に位置するコンビニに連れてこさせられていた。

「まだ始業まで30分以上あるし、そんなに急ぐこともないだろう。これをあげるから少し付き合ってくれ。」

そういうと終夜さんはさっきコンビニで買っていたのかコーヒーを渡してきた。

「俺、コーヒー飲んだことないんですが。」

そう言って、缶コーヒーをあけると、蓋が空くと同時にコーヒー独特の匂いが広がる。口に缶をあて開いた部分から恐る恐る飲んでゆく。

黒く冷たい液体が口に入り食道へ通り胃に溜まるのがわかる、それと同時に広がるのは安っぽい苦味と不快感、大人たちはこれを好き好んで美味いやらコクがあるというらしいがその気が知れない。ぶっちゃけていうと、

「クソまずい...ですねこれ。」

「それは良かったよ。その不味さのおかげで君のその酷い面も幾分かマシになったみたいだからね。」

言われてみれば、先程まで抱えていた精神的な疲れは薄らいでいた。けれど、今度はコーヒーによる不快感が代わって心に居座っている。

「話を戻してください終夜さん。ただ嫌がらせするためにここに連れてきたわけじゃないでしょう。それとあと琴宮はどうしたんですか?あなた一応はボディーガードでしょう。」

「心葉のことは大丈夫だ、彼女には父親から不可視の使い魔が常時、彼女に近づく危険をはいじょしている...君の時はまともに働かずどこかに行ってしまったが...それに彼女には私の『守り』を付与している、簡単には攻撃されないし傷も負わない。

今回君を連れてきたのは見て欲しいものがあってね。」

「それってなんですか、早く見せてくださいよ。」

俺は終夜を急かしたが、彼はゆっくりコートからタバコを取り出し口にくわえ吸い出した。

ゆっくり吸って真っ白な煙を上に吐く、そんなことを3、4度繰り返しようやく俺の方を向き直した。

「着いてこい。」

そういうと終夜はコンビニ横の路地裏に入っていった。最初に会った時から思っていたが彼はどうもマイペースすぎる。

路地裏を終夜の後ろに着いて歩いていくと、ある建物の裏口の前で止まった。その建物は安くて美味いと評判の中華料理の店で部活帰りの男子高校生御用達の店であり、この店の麻婆豆腐は俺は食べたことないが、辛いが絶品ということで密かな人気を集めているというものだった。

「この店になにかあったんですか?」

終夜にそう聞くと彼は無言で建物に備え付けてある非常用階段を登っていくので、俺も後に続く。

この建物は4階建てになっており1階は中華料理の店、2階と3階は探偵事務所、4階は現在何も入っていないという状況だ。

終夜は階段を4階まで登り裏口の前で立ち止まった。

「入るぞ...」

そういうと終夜は裏口の扉を開け中に入っていく。

「待ってください。ここ勝手に入っていいんですか?」

そう質問を投げかけても終夜は聞こえてないのかはたまた無視をしているのか答えずにどんどんと進んでいく、俺も半ばやけになり中に入っていった。

4階の中は見る限り殺風景で何も無くただ少し汚れた白い壁が三方にあり、一方に備え付けられた窓からはちょうど通っている高校が見える。

何もないが至って普通の部屋だ。

「本当になんなんですか終夜さん。こんなところまで連れてきて。」

「そこから動くな。」

終夜から発せられたのは今まで聞いてきた声の中でもっとも冷たい声、その声 言葉 息遣いにさえ威圧的なものを感じる。

唖然として俺が動けない間、終夜は窓側によりしゃがみ込んだ。

「オープン 不可視のものはその姿を現す。」

そう終夜が呟いた瞬間、今まで何も無かった場所から白くて大きいものが出てきた。

いや、終夜の言葉から見えるようになったのが正しいのかもしれない。

最初それがなんなのかは分からなかった、しかし2秒3秒と時間が経つにつれそれが何かは分かってきた。そしてそれは異常なものだと理解出来た。

まず白いものは服だった。キャソックでフードが着いている真っ白な服、それを着こなしているのは恐らく体型から想像するに男性体はやや小さく164cm程であろうか。

だかしかし、特質すべきなのはそれが死体だということであろう。きゃソックの男は一切動いていなかった。それは眠っているだけとかではなく、全く動いていない。生命を繋ぐための肺の動きすらなく呼吸は完全に止まっている。

「終夜さん、この死体はどいうことですか?」

あまりに信じられない...飲食店の上の階で人が殺されたという光景を見て出た言葉はそんな曖昧なものだった。

「やったのは私だ。口を布で抑えて叫べなくなったところをナイフで頸動脈を斬って殺した。」

その割にはキャソックに血が全く付着してないのが気になったが今はどうでもいい。

「なぜこんなことを?」

「こいつの装備を見てくれ。」

終夜は男の服に手を突っ込み中に入っているものを出して見せてきた。コンバットナイフが2本に拳銃が一丁それに双眼鏡、そして極めつけは琴宮の写真。数こそ少ないがそれらはある個人を見つけ出しかくなる上は殺すために用意されたということは理解出来た。

「こいつは昨日説明した心葉を狙う組織の1つ『神声教会』その尖兵だ。」

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