3夜Ⅱ Lecture1

その日の授業はいつもと比べとても短いように感じた。いつもは授業中くだらないと思っていてずっと寝ているかぼんやりとしていた。しかし、今日はそんな気分になれずに教師から出てくる授業の言葉に耳を傾けていたが、これがとても面白い内容だった。特にやっていることはいつもと変わらないのだということは分かるが、授業を聞いて初めてそれが面白いと感じた。何かが変わった。


時間はあっという間にすぎ6時限目が終わり帰宅の時間となり荷物をまとめ施設へと帰ろうとした時、一日中クラスメートから囲まれていた琴宮が俺の前にやってきた。

「夕立くん、今日も家でお茶でも飲みませんか?」

クラスメートの視線がこっちに一斉に向けられる。

「悪いが琴宮、今日は君の家に行くつもりはない。君の家にはあの終夜が居るんだろ、あんな初対面の奴の頭を躊躇なくテーブルに叩きつけるようなナチュラルサイコパス生物と一緒の空間にはいたくない。」

昨日と今日の朝で俺は終夜に対する恐怖をすっかり植え付けられてしまっていたのでできればもう二度と会いたくないと思っている。

その一方で琴宮は初対面の人を急に殺そうとした人が言っても…というような顔で見てくる。

「それに…俺と一緒にいると変な噂立てられるぞ。新学校生活をだいなしにされたくないんだったら俺とは校内で関わらない方がいい。」

俺はクラスメートからの評価が良くないんだ。そのせいで琴宮の生活が悪くなるのは申し訳がない。

「ふふッ、夕立くんは意外と優しい人なんですね。でも、無駄ですよ。たとえ、夕立くんがどれほど私の家に来たくなくても結局は来てしまいますから。終夜先生から言われませんでしたか。」

一瞬、今朝の終夜の言葉が頭の中で蘇る『それが呪術だからだ。』

「ともかく、一緒に帰りましょう。先に校門で待ってるのですぐ来てくださいね。」

そういうと彼女は足早に教室を出ていった。

教室には呆然とその様子を見ていた俺と、その俺に降りかかる嫉妬や驚き、奇妙なものを見るような視線が集まっていた。


「そういえばさっき君は俺に『優しい』と言ったな。」

「はい、言いましたよ。」

俺は今琴宮と共に琴宮亭に向かって家路を歩いている。結局俺は何故か、琴宮亭に行くことにしていて、その道中でさっきの発言について聞いていた。

「自分を殺そうとした奴のことを『優しい』って言ったり。そいつの隣で平気な顔で歩いたり、おかしいと思わないのか。」

「?…でも、夕立くんは私の学校生活が駄目にならないように自分自身に近づかないようにって私を気遣ってくれましたよね。」

「でもあれは…」

違和感がある。本来俺はこの少女を殺そうとしていたなのになんで俺はターゲットの今後を心配しているんだ?

「そんな気遣いしなくても大丈夫ですよ。どうせすぐお別れするんですから。むしろ私は怖いんですよ、何を考えているのかも分からない信用出来ない人に近づかれるのは。」

「それを言うなら俺も十分信用出来ないと思うぞ、だって君を…」

「夕立くんは私を殺そうというはっきりとした目的がありますし、もしあなたが私を殺そうとしても終夜先生が何とかしてくれるので大丈夫です。」

それって思考が単純でわかりやすいってことなのではないだろうか。

「終夜と言えばあいつは一体何者なんだ。」

「私も詳しくは知らないんですが、私の父の古い友人らしいですよ。」

琴宮の父親ということは年齢は若くても40歳くらいだろう。しかし、終夜はそんなに歳を食ってるようには思えない、顔を見るにせいぜい30歳前後だと思う。

「小さい頃先生に1回だけ会ったことがあると聞きましたがその事は何も覚えていません。そういえば、この前父が言っていたんですが、終夜先生は魔術師の世界でいい意味でも悪い意味でも有名らしいですよ。」

確かにあの魔術使いなら有名そうだ、魔術使いのくせに物理を好んで使う人物と。

10月の空は2週間前よりも暗く感じ、太陽の光も皮膚には温度を残さず弱く感じる。そして、今日もまた夜の始まりが早くなる。


16時17分 琴宮亭


琴宮が玄関に入るのと同時に俺も入った。昨日は気絶させられたまま家に入れられたので見ていなかったが、彼女の家の玄関は時計や蝋燭立てなどの骨董品が置かれていてその場に完全に溶け込んでいる。森の中にある木のように、そこにあるのは当たり前だが、よく見てみると美しく感じる、そのような配置がされている。

琴宮が靴を脱ぎリビングに向かっていくのを見ながら俺もついて行き、リビングに入ったらソファーに腰掛けて待っていてくれと言われた。

「今お茶を入れてきますね……紅茶にしますか、それともコーヒーがいいですか?」

「…紅茶の方がいい。」

「分かりました。それじゃあ少し待っていてください。」

彼女は笑いながらキッチンの方に向かっていく。

なぜ俺は今日もここにきたのかが分からなかった。

俺は今日ここにくるつもりはなかったし、むしろきたくなかった。だけれど、琴宮と一緒にこの家まできて、今こうして考えるまでそれが必然であるかのように捉えていた。

今朝、終夜に学校の前で言われたことが妙にひっかかる。あいつは『呪術』と言っていた。『魔術』と『呪術』そして『器』これらにはなにかの繋がりがあるように思えて仕方がない。

「言っただろう、君は今日ここにまた来ると。そしてそれが、『呪術』だと。」

その声にびくりとしてしまった。後ろを見てみると終夜の顔が目の前にありすこし温かい息が顔にかかる。

「君が不思議に思うのは最もだ。なんせ昨日は『魔術』の原理 理屈 しか話してなかったからね。だから今日は『魔術』…いや『奇跡』のルーツや歴史についてを話そう。」

「『奇跡』?」

奇跡という単語の意味はわかる。しかしこの男が言っている『奇跡』というのは世間一般で知られている奇跡なんて言う曖昧なものでは無いのだろう。

「先生、コーヒーと紅茶どちらがいいですか?」

「私はコーヒーにしてもらおう。ちょうどいい心葉もこのことについては詳しくはしらないだろう。飲み物を持ってきたら、夕立くんと話を聞いて欲しい。」

「はい、分かりました。」


紅茶の苦いながらも温かく良い香りが口の中に広がっていく。今、俺と琴宮は終夜と向かい合うようにソファーに座っていて、終夜は先程自身の前に出されたコーヒーをゆっくり味わうように飲んでいる。

「終夜さん、早く話してください。『呪術』とか『奇跡』ってなんですか?それとその歴史って…」

「まぁ落ち着いて、物事には順序がある最初から全部話すなんてできない。1つずつだ、ドミノを並べるようにゆっくり丁寧に正確に話そう。」

そういうと、彼はカップの中に残っているコーヒーを全部飲み干した。

「さて…Lecture1だ。今から話す内容は『魔術』の歴史だけでなく私がなぜ琴宮心葉のボディーガードをしているかにも関わってくるからしっかり聞いてほしい。」

「「はい。」」

俺と琴宮は同時に返事をする

「まず最初に『奇跡』についてだ。早速で悪いが『奇跡』とはなにか分かるかい心葉?」

「はい。確か、大昔に『なにか』が起こした人知を超えた現象と父から聞きました。」

「そうだ、『なにか』っていうのは諸説がある。最近でも神の御業、悪魔の能力、天使の剣、はたまた純粋な『力』などと言われている、とある少数民族の中では『本』とも…けれど詳細は一切不明。だが、昔の人はそれを『強大な物』がもたらした力としてとらえ、その力、はたまたその存在を信仰しだしたんだ。今は、仮にその『強大な者』を『神』という存在に置き換えよう、そっちの方がイメージしやすいしね。」

ここまではなし、彼はコーヒーをもう一杯ポットから入れる。さっきからこの男が言っている、神やら悪魔やら天使というものが呪術や魔術とどう繋がるのかが全く分からない。

「それで、どんな風にその『神』が魔術や呪術に関わってくるんですか?」

「そう焦るな、今から話そう。

『魔術』というのがいつ頃からあったのかは謎だが、どういうために作られたのかはわかる。『魔術』は『神』がもたらした『奇跡』それの一部を再現するために開発されたものだ。元来、その『奇跡』がもたらされる前にも『魔祖』と呼ばれている『火を出す』 『風を作る』という技術は存在していたが、それをすることが出来るのは才能あるもの達のみで、また規模も小さかったのであまり役にたつものではなかった。しかし、『神』の『奇跡』に人々が触れた時、その人達はこぞってその『奇跡』を欲しいと願った。理由は、複数あるけど、『雨が欲しい』だったり『苦しみたくない』とかこの辺だろう。そう願われたから、当時の才能あるもの達は己の技術をより『奇跡』に近づけるため研究を行い始めた。だけれど藪から棒に研究するには技術の種類は多すぎる。だから、彼らは研究の効率をあげるためにそれぞれがなにか1つの技術だけを研究しようと『魔祖』をカテゴリーに分けたんだ。

最初は『魔術』と『呪術』、次に『魔術』から『創造』と『操作術』、『呪術』から『霊媒術』と『占術』が派生した。このようにどんどんと『魔祖』は別れていった。これが『魔術』と『呪術』の始まりだ。まさに願われたから存在している技術…。」

なるほど、『魔術』や『呪術』がどうやって作られたのかはわかったが、俺には1つ疑問があった。

「それで、その『呪術』はどういう技術なんですか?わざわざ『魔祖』っていうのから最初に分けられたんですから、『魔術』とは根本的に何かが違うんでしょう?」

そういうと終夜は忘れていたものを思い出したような顔で俺を見た。絶対忘れていたよなこの人。

「別に忘れていないよ…その疑問への答えなんだが、『魔術』とは違い『呪術』は精神的なものや魂に作用する技術なんだ。」

「魂?そんなもの存在するわけないですよ。」

「『呪術』や『魔術』は信じるのに『魂』は信じないのかい君は。だけれど、『呪術』が魂に作用する以上、我々魔術を扱うもの達が定義する『魂』というものは存在しないと思わないかい?」

「……」

その解答に押し黙ってしまった。

「今回私が君にかけたのは『契り』と呼ばれる、精神の自由と意志を縛るのに関しては最も強力とされる『呪術』だ。これは被術者は術者の命令に従わなければいけないという効果を発揮する。その気になれば被術者の思想や行動をも操れる。そう、被術者が抱く疑問も当然のことのように受け入れされる。」

「だから、俺は琴宮の家に着いた時までなんの疑念も浮かべずに歩いていたのか。」

正確には少し疑念を浮かべていたが、その違和感を少しも気にしなかった、いや出来なかったといえばいいのだろうか。その事実もさることながら、そんなことが簡単に出来てしまう終夜に一段と恐怖を覚える。

「まぁ、縛る能力は加える魔力の質や量にもよるけどね。抵抗されたら、その分多くの量を持っていかれる。」

なら本気で抵抗すればこの『呪術』から逃れれられるかもしれない。

「言っとくけど、私の『契り』から逃れられはしないよ。君がどれくらい抵抗しても私はそのたびに魔力を加えられる。たとえ1000回、抵抗されてもそれを収められるくらいの魔力が私にはある。ちなみに、君には『琴宮心葉への直接的間接的な攻撃の禁止』『琴宮心葉と終夜新月の命令の服従』のふたつに対して自由と意志を縛らせてもらった。」

つまりこのウザったらしい『契り』が存在する限り俺はこの2人を殺せず、命令にも従わなくてはいけないのか。この男に従うと聞いただけで嫌な予感がする。

「ちなみに、この『契り』は心葉から君に対してもかけさせてもらった。序列で言うとファーストが心葉、セカンドが私だ。つまり同時に命令されれば心葉の方を優先するということだね。」

そういうと終夜は左の前腕、琴宮は右の上腕を見せてきた。2人の皮膚には淡く緑色に光る幾何学的な紋章が刻まれている。それぞれ、終夜は七芒星で琴宮には十字架が刻まれている。きっとこれが術者のあかしということだろう。

「あんた、人を勝手にそんなわけわからないもので従わせて、こんなことやって心とか痛まないんですか?」

ソファーから思いっきり立ち上がりつつテーブルに拳を叩きつけ怒鳴るが終夜は一切驚きもしない。

「人を、はてやクラスメートを殺そうとしてた君には言われたくないけどね。でも、まさか自分自身がこの方法をやるとは思わなかったよ。」

そう言われると黙ってしまう。

「まぁ、座りなよ。とりあえず『魔術』のルーツは話した。次の話をしようじゃあないか。」

男は表情を動かさずに新しくコーヒーをつぎゆっくりと飲む。その行動がとてももどかしく、不愉快だ。

「さて、次に話すのは『魔術』の歴史についてだ。今日話すことで重要なのはこっちの方でね、なぜ私が心葉のボディーガードになっているのかにも関わってくる。当然それは私の助手になる君にも関わってくることだからちゃんと聞いて欲しい。」

いつから俺はこんなやつの助手になったのだろうか。そんなのは死ぬ事の次にごめんだと思う。

「…失礼だな、君は。まぁ、いい。

まず、この世界には『奇跡』を追求する大規模な機関が2つある。ひとつは世界の優秀な魔術師達が集まり『奇跡』を再現しようと励む魔術の総本山『魔術協会』、もうひとつは神を現世に呼ぶことで『奇跡』を起こさせる『神声教会』」

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